第四章 『警部・真中優一郞の推理』⑤
大手広告会社の専務が殺害され、次の日にはその婚約者が怪我をして入院した。
マスコミが放っておくようなネタではないはずなのに、総合病院は、院内はもちろん、その敷地内も閑散としていた。朝霧雄介のマンションに記者やカメラがきていたことを考えれば、小百合の怪我の情報は、雅子によって塞き止められ、まだマスコミの知るところとなっていないのだろう。
優一郎と小山は、城崎小百合の病室へと急いだ。
五〇一号室。院内で最も広く、南側に大きな窓がある個室が、小百合の病室だった。
五階でエレベーターを降りた二人は、ナースステーションでその場所を聞くまでもなく小百合の病室を見つけることができた。ドアの前に、スーツ姿の男が二人、立っていたからである。
私人に相応しくない厳戒態勢を目にし、小山が優一郎にたずねた。
「病院にまでボディガードつけていますね。やはり、城崎小百合は、何者かに襲われたのでしょうか?」
「分からない。とにかく本人に聞いてみよう。話ができる状態だといいが」
小百合の病室へと近づく二人に、ボディガードの一人が行く手を遮った。
「申し訳ありません。お見舞いであっても、入室はご遠慮ください。親族以外は通すなと厳命されておりますので」
その物腰は柔らかだが、思わず立ち去ってしまいたくなるような威圧感を、男は出していた。
多少物怖じしつつ、それでも優一郎は警察手帳を取り出した。
「県警本部の真中です。現在、殺人事件の捜査中で、城崎小百合さんの怪我が事件に関係しているのではないかと考え、伺いました」
ボディガードは少し考えている様子だったが、
「暫く、お待ちください」
そう告げると、室内へと入って行った。
程なくして、ボディガードが出てくる。
「お会いされるそうです。ただし、つい先ほど睡眠導入薬を飲まれたそうですので、面会は五分間でお願いしたいと」
「分かりました。ご協力、感謝します」
会釈をしてから優一郎は、ボディガードの脇を抜け、病室のドアをノックした。
すると、
「どうぞ。お入りになってください」
小さな返事が聞こえてきた。城崎小百合の声だ。繊細で、落ち着きのある声だった。
「失礼します」
僅かな緊張を隠しながら、優一郎はドアを開けた。
南向きの窓の近くにベッドがあった。上半身を自動で起こせる可動式だ。
背を起こした状態で、小百合はそこに座っていた。白いシルクの寝間着が、可憐な彼女をより一層清楚に引き立てていた。
「すみません、こんな恰好で。警察の方だそうですね」
胸の辺りまで布団を引き上げ、小百合は言った。
「はい。県警本部の真中です。ご容体は如何ですか?」
「もう大丈夫です。ちょっと指を怪我しただけなのにこんな騒ぎになってしまって、恥ずかしいです」
布団から右手を出すと、小百合はそれを二人に見せた。本人は大丈夫だと言っているが、巻かれた包帯が痛々しかった。優一郎の後ろで会話を聞いていた小山は、思わず顔をしかめた。
「いったい、何があったんですか? よろしければ、話を聞かせてくださいませんか?」
雅子の話では「何があったのか教えてくれない」とのことだったが、この問いに小百合はあっさり、
「はい」
と返事をした。
聞き出すのに苦労するだろうと思っていた優一郎は、予想外の反応に、心の中で密かに安堵の息をついた。
おもむろに小百合は口を開いた。
「私、雄介さんを殺害したのは、久保真澄さんだと思ったんです」
「え? 久保真澄さんって?」
優一郎はたずねた。捜査前に野々宮から事件のあらましを聞いていた彼だが、久保真澄は初めて耳にする名前だったのだ。
「久保さんは、私の高校時代の同窓生で、雄介さんの元婚約者です。でも、雄介さんは、私を選んでくださいました」
小百合は頬を赤らめた。
元婚約者。小百合が言っていることが本当ならば、今回の事件の最も有力な容疑者は、紛れもなくその久保真澄となる。「野々宮さんは、こんな重要な情報を摑んでいなかったのだろうか?」優一郎は不思議に思った。
小百合は続けた。
「お話を伺おうと、今朝、私は彼女のお家に行ってみました」
「運転手の斉藤さんとご一緒に?」
「いいえ。私の車で、ひとりで行きました。久保さんのマンションまできた時、木箱を抱えた彼女の姿を見つけました。丁度、タクシーに乗り込むところでした。それで私、彼女のあとを追ったんです。タクシーは郊外に向かって三十分ほど走り、森に着きました。彼女はタクシーを待たせると、森の中へと入って行きました。私は、見つからないように迂回して、彼女をつけました」
「無茶なことを……」優一郎は、喉まで出かかったその言葉を飲み、先を促した。
「森の中で、彼女は穴を掘りました。ランドセルほどの大きさの穴です。そして、そこに木箱を埋めました。丁寧に土をかけると彼女は、再びタクシーに乗り、去って行きました。彼女が居なくなったのを確かめたのち、私は木箱を掘り返しました。箱は桐箱で、中には赤い着物の日本人形が入っていました。驚きで目を見開いたような、変な表情をした人形でした。気味が悪くなった私はすぐにそこから立ち去ろうとしたのですが、突然、野犬に指を咬まれて……」
小百合の話の中に「人形」のキーワードが入っていた。そのことに気づいた小山はちらりと優一郎を見たが、彼の表情に変化はなかった。
「それで、この病院まで治療にこられたのですね?」
優一郎の問いに小百合は、
「はい」
と頷いた。
「そうですか。……あ、最後にひとつだけいいですか?」
「はい。どうぞ」
「これ、ご存知ありませんか?」
優一郎はアンクレットを取り出した。その瞬間、小百合の肩がびくっと動いた。
「知っています。日本人形の首についていたのと同じ物です」
「なるほど。人形の首に。因みに、何だと思いますか? これ」
「人形用のチョーカーではないのですか?」
「そうです。チョーカーです」
「お話は、それだけですか?」
「はい。お休みになられるところだったのに、押しかけてしまってすみません」
「いいんです。それよりも、一刻も早く犯人を、久保さんを捕まえてください」
清楚なその雰囲気に似合わぬ語気を強めた口調で、小百合は二人にそう懇願した。
「真実は、必ず明らかになります。今は、ゆっくりと休まれてください」
優一郎が言うと、彼女は、
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
と、ベッドの背を倒した。
その姿を見守ったのち、優一郎と小山は静かに退室した。
病室のドアが閉まると、小百合は横になったまま、包帯の巻かれた自分の右手を見つめた。
「真実は、必ず明らかになります」そんな刑事の言葉を思い出す。
ふふっと笑い、彼女は呟いた。
「真実は、……闇の中よ」




