第五章 『死を与えし者への代償』①
第五章 『死を与えし者への代償』
五年前。
帰国したばかりの小百合は、その年に本社へと異動してきた雄介に、ずっと恋い焦がれていた。「待ってさえいれば、雄介さんは、何時か私の想いに気づいてくれるはず」そう考えた彼女は、そのころ、月に十件ほどの割で持ち込まれる見合い話の全てを断り続けていた。そのため、雄介に真澄という婚約者ができたことを知った時には、三日三晩寝込むほどに落ち込んだ。
雄介婚約の事実に、一度は彼を諦めようと思った小百合だったが、父、淳一の病状を知らされた時、ある妙案を思いついた。
それは、自分の雄介への想いを、淳一を通して彼に伝えるというものだった。
会議の時間すら忘れている父なのだから、雄介の婚約など覚えていないだろう。そんな小百合の予想は見事に的中し、彼は二つ返事で娘の頼みを聞いた。淳一も雄介のことを気に入っており、「社を継がせるなら彼しかいない」と考えていたのも、彼女の都合どおりに歯車が回る潤滑油となった。
「二者択一になれば、きっと雄介さんは私を選ぶ」小百合は、そう自信を持っていた。「もし、私を選ばなければ、父に頼んで、彼には会社を去ってもらうことにしよう」そんなことまで彼女は考えていた。
だが、それは杞憂に終わり、雄介は真澄と別れて小百合の婚約者となった。
幼いころから小百合は、欲しいと思う物は何でも手に入れてきた。ゆえに、雄介のことも、“付き合う”というよりは“手に入れた”という表現のほうが適切だった。たとえ好きになった相手であっても、彼女にとっては、単なる所有物にすぎなかったのである。
そのため、雄介の遺体を発見した時に小百合が流した涙は、愛する者を亡くした辛さではなく、朝霧雄介という所有物を壊されてしまった悲しみに因るところが大きかった。
小百合には、雄介を殺した犯人の目星がすぐについた。結婚式直前で婚約を破棄されている久保真澄だ。
真澄に殺されたことで、朝霧雄介を永久に奪われてしまった。
これは、今までずっと奪う側の人間であった彼女にとって、初めての経験となる、耐え難い屈辱だった。
小百合が雄介の菩提を弔いもせず、高校時代の友人を伝に真澄の現住所を突き止め、彼女のマンションへと単身乗り込んだ理由は、雄介を想う気持ちによるものでは決してなく、所有物を奪った者への言わば、復讐のためだったのである。
優一郎が真澄のマンションへ向かっているころ、ようやく睡眠導入薬が効き始めた小百合は、眠りに落ちそうになっていた。
思ったよりも早く刑事が病室にきたのには慌てたが、小百合にとって、それは逆に好都合であった。お陰で彼女は、鉄壁ともいえるアリバイを手に入れることができたのだから。
あとは、刑事が真澄の家を訪問するのを待つだけだ。
夢と現の狭間にある小百合の脳裏には、赤い着物を着た日本人形の姿が、鮮明に浮かんでいた。




