008 雪解け
気づくと朝になっていた。
どうやら俺は、あのまま眠ってしまったようだ。
テーブルから顔を上げると、少し腰が痛かった。
そして。
肩に掛けられたブランケットに微笑んだ。
「……」
正面には俺と同じく、テーブルに顔を埋めて寝息を立てている彼女、真夜がいた。
ずっと傍にいてくれたのか。
そう思うと、胸の奥が熱くなった。
静かに立ち上がり、自分のブランケットを彼女の肩に掛ける。
しかしその仕草に気づいたのか、彼女が目を開けた。
「……おはよう、修司さん」
「お、おはようございます、真夜さん。起こしてしまってすいません」
「大丈夫ですよ。仕事柄眠りが浅いので、気にしないでください」
そう言って微笑んだ彼女に赤面した。
「……修司さん?」
「ああいえ、なんでもないです。真夜さん、お仕事は」
「今日は休みです。珍しく明日も」
「そう、なんですね。俺と同じですね」
「ふふっ。こうして休日が合うのも久しぶりですね」
そう言って立ち上がり、軽く伸びをした。
「朝食、食べられそうですか」
「ああいや、それなら俺が」
「いいんですよ。こういうのも習慣になってますし、気にしないでください。パンでいいですよね。修司さんはゆっくりしててください」
いつもと変わらぬ笑顔を向け、真夜は台所へと向かった。
「……」
昨日のことが気になって、食事の味がしなかった。
話を聞いて、真夜はどう思ったのだろう。
そもそも、俺はどうして話してしまったのだろう。
これまで誰にも話したことのない、大いなる罪。
それを、ついこの前出会った他人に話してしまった。
そう思うと、後悔の念が押し寄せてきた。
しかし同時に、こうも思った。
親にさえ話していない秘密を打ち明けたことで、随分と心が軽くなっている。
清々しささえ感じている。
こんな気持ち、久しぶりだった。
そんな俺に気づいたのか、コーヒーのお代わりを持ってきた真夜が俺を見つめ、囁くように言った。
「昨日の話、聞けてよかったと思ってます」
「え……」
「どんな過去があったとしても、修司さんのように自暴自棄になる人はそんなにいない。ずっと思ってました。だから気になっていたんです。
きっとこの人は長い間、苦しみに耐えてきたんだ。そしてそれから逃げたくて、死を渇望しているんだと」
「……」
「それがあの日、通り魔に刺されたことで、ようやく解放されるんだと安堵した。それなのにお節介な発見者、お節介な医療関係者のせいで生き永らえることになってしまって……ふふっ、あの時のあなたの反応、今なら理解できる気がします」
「……あの時は本当、すいませんでした」
「初めてあなたと話した時、思ったんです。この人は苦しんでいる。そしてそれはきっと、この人がそれだけ真面目に生きてきたからなんだって」
「そんなことは」
「お友達のこと、確かに辛かったと思います。でも話を聞いた私からすれば、そこまで自分を否定しなくてもいいんじゃないか、そう思ってしまいました」
「……」
「でも修司さんは誠実だから。何事にも真正面から向き合い、全てを受け止めようとする人だから。ここまで苦しんでしまったんだと思います」
「それは買いかぶりすぎです。俺はそこまで誠実ではありません」
「そう思ってしまうのは、誠実な人だからですよ」
そう言って微笑んだ。
そして自分の手を、俺の手にそっと重ねた。
「今まで辛かったですね。他人の私が簡単に言ってはいけないと思いますが、私は修司さん、あなたはもう十分に苦しんだと思います。そろそろ自分を許してあげてほしいです」
「……」
「修司さんは言いました。どうして私が、あなたにここまで尽くすのか分からないと。正直言って、私もよく分かってませんでした。でも話を聞いた今なら、答えられる気がします。と言うか、その勇気が生まれました」
「それは」
真夜が少し頬を赤らめ、うなずいた。
「初めて会ったあの時から、私はあなたに惹かれていたんだと思います」
「え……」
自分の中にあった感情。それと同じものを彼女も持っている。そのことに狼狽した。
「修司さん。私はあなたのことが、一人の男性として好きです」
その言葉に。
涙が頬を伝っていった。
昨日とは違う、温かい涙だった。
「俺も、俺もです……俺もあなたのことが好き、です……」
その言葉に、真夜が幸せそうな笑みを浮かべた。
静かに立ち上がり、俺の元へと近づいてくる。
俺も立ち上がり、彼女の手を取った。
「大好きです、修司さん。どうか私を受け入れてください」
そう言って頬にキスする。その仕草に動揺し、思わず彼女を抱きしめた。
「きゃっ」
「あ……す、すいません、驚きましたよね」
「いえ、大丈夫です……なんて言うか修司さん、今までで一番生きているって気がしたものですから」
その言葉が嬉しくて。もう一度、今度は優しく抱きしめた。
「……こんな俺でもいいんですか。俺は親友を見殺しにした、最低な男なんです」
言葉が終わらないうちに、真夜が唇を押し当ててきた。
初めて感じる、女性の唇。
温かくて柔らかい、全身が溶けていくような感覚。
俺はそれを受け入れた。
「好きです、真夜さん。これからもずっと、俺の傍にいてください」
真夜の口から吐息が漏れる。
そして。
頬に一筋の涙が伝っていた。




