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最初から、壊れていたんだ  作者: 栗須帳(くりす・とばり)


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6/11

006 告白

 


 その日から、俺の生活は一変した。

 真夜(まや)は毎日俺の家に通い、家事をこなしてくれた。

 療養期間を終えて仕事に復帰してからも、彼女の日参は続いた。





 そんな日々を送る中、俺は疑問を抱き続けていた。

 いくらなんでも尽くしすぎだ。自己犠牲が過ぎる。

 彼女にも自分の生活があるはずだ。大切なものがあるはずだ。

 それなのに今の彼女を見ていると、そんなことに()く時間があるように思えなかった。


 彼女は言った。生きる希望を持ってほしいと。

 でもそれだけの理由で、ここまで自分を犠牲にできるものだろうか。

 とてもじゃないが理解できなかった。

 そして。

 そんな考えと同時に俺は、今のこの奇妙な生活を楽しんでいることを自覚していた。

 仕事から帰ると、家に電気がついている。

 いつも玄関前で待っていた彼女を申し訳なく思い、合鍵を渡していた。

 それを手にした時、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべ、鍵を握りしめていた。


 誰かが待つ家に帰る喜び。その初めての感覚に身を委ねた。

 それは彼女が夜勤の時、明かりのない家に入った時に強く感じた。いつの間にか彼女との生活を受け入れ、依存している自分に。

 そしてその感情の行きつく先に、俺は狼狽(ろうばい)した。


 ――俺は彼女、水無月真夜(みなづき・まや)を一人の女として愛している。


 その事実に困惑した。


 だが。

 俺にその資格はない。

 受け入れたい自分と、拒絶する自分。

 その相反する思考に挟まれ、苦悩した。





 そして。

 ある日、いつものように二人での夕食を楽しんだ俺は、彼女に話しかけた。


「……聞いてほしいことがあります」


 いつもと違う雰囲気に気づき、片づけを済ませた真夜がテーブルにコーヒーを置き、静かにうなずいた。


「……正直俺は、真夜さんの自己犠牲の姿勢に困惑してます。どんな理由があったとしても、真夜さんが俺に尽くしてくれる説明にはなりません。はっきり言って、真夜さんの行動は異常です。理解できません。でも……

 あなたの善意に甘えるようになって三カ月、そんな真夜さんに対し好意の感情を持ってる自分に気づきました」


「……」


 コーヒーをひと口含み、真夜が真剣な眼差しを向ける。


「これまで俺は、他人に対してこういう感情を向けてきませんでした。避けてきた、と言った方がいいかもしれません。そんな俺を哀れに思い、真夜さんは真っ当な感覚になるよう尽くしてくれました」


「そうですね。最初にそう言ったと思います」


「でも今の俺はあなたに対し、一人の女性として(よこしま)な感情すら抱いています。もし俺が普通の男であったなら、この気持ちを赤裸々に伝えていたはずです。そして受け入れてもらえるよう、必死になっていたと思います」


「何か……あるんですね」


「はい……それがあることで、俺は生きる喜びを捨てたんですから」


「それで修司(しゅうじ)さんは、どうしたいと思ってるんですか。私にどうしてほしいと思ってるんですか」


「分かりません。ただ俺はもう、あなたに隠したくないと思ったんです。自分の醜悪な過去を」


「……ご自分のことをそこまで否定し、卑下されているんです。きっと辛い過去があったんでしょう。でも、それを私が聞いてもいいんですか」


「この数日、ずっと考えてました。そしてあなたに伝えたい、そう覚悟が決まったんです。

 勿論それを話すことで、同情されたい訳ではありません。ただ俺は、あなたにだけは伝えておきたい、そう思ったんです」


「……」


 真夜が震える俺の手を握り、微笑んだ。


「聞かせてもらえますか」






「高校時代、俺には親友がいました」


 その言葉を吐くと同時に感情が溢れ、嗚咽(おえつ)した。


「……彼は本当にいいやつでした。毎日バカやって、いつも笑いあってました。互いに成績のことで頭を抱えたり、将来の不安を朝まで語り合ったりしました。俺にとって彼は、最高の親友でした」


 だんだんと声が震えていくのが分かり、落ち着こうとコーヒーを飲み干す。

 真夜はカップに新しいコーヒーを注ぎ、続きを待った。


「学生時代、本当に楽しかった。そしてそれは間違いなく、彼がいたからだったんです。でも……

 ある時から、彼がいじめを受けるようになったんです。理由は分かりませんが、きっとくだらないことだったと思います。

 最初の頃は、軽い嫌がらせ程度のものでした。ですが次第にエスカレートしていき、俺の知らないところで暴力を受けるようになっていきました。金銭を巻き上げられることもあったようです。

 彼をいじめていた中心人物は、クラスの中でもカースト最上位のやつでした。そんな男に逆らうこともできず、クラスのやつらも彼を避けるようになっていきました。俺以外、みんな」


 その言葉に一瞬、真夜が微笑んだように見えた。


「俺だけは彼に寄り添い、励まし続けました。一緒に教師に掛け合ったりもしました。こんなくだらないこと、いつまでも続く訳がない。大丈夫、時間が経てばなくなるはずだ。だからその日まで、一緒に耐えていこう、そう励ましました。そんな俺の言葉に涙ぐみ、彼は力強く手を握ってくれたんです。でも……

 ある時から、俺自身もいじめの対象になっていったんです。当然ですよね。ターゲットに唯一寄り添っている訳ですから。

 その仕打ちは、想像以上に過酷なものでした。いざ自分が当事者になって初めて、こんなに辛いものなのかと思いました。これまで彼を励ましてきた言葉、その全てが中身のない、薄っぺらい詭弁だったと痛感しました」


 そこまで言って、俺はテーブルに顔を押しつけ、泣いた。




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