006 告白
その日から、俺の生活は一変した。
真夜は毎日俺の家に通い、家事をこなしてくれた。
療養期間を終えて仕事に復帰してからも、彼女の日参は続いた。
そんな日々を送る中、俺は疑問を抱き続けていた。
いくらなんでも尽くしすぎだ。自己犠牲が過ぎる。
彼女にも自分の生活があるはずだ。大切なものがあるはずだ。
それなのに今の彼女を見ていると、そんなことに割く時間があるように思えなかった。
彼女は言った。生きる希望を持ってほしいと。
でもそれだけの理由で、ここまで自分を犠牲にできるものだろうか。
とてもじゃないが理解できなかった。
そして。
そんな考えと同時に俺は、今のこの奇妙な生活を楽しんでいることを自覚していた。
仕事から帰ると、家に電気がついている。
いつも玄関前で待っていた彼女を申し訳なく思い、合鍵を渡していた。
それを手にした時、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべ、鍵を握りしめていた。
誰かが待つ家に帰る喜び。その初めての感覚に身を委ねた。
それは彼女が夜勤の時、明かりのない家に入った時に強く感じた。いつの間にか彼女との生活を受け入れ、依存している自分に。
そしてその感情の行きつく先に、俺は狼狽した。
――俺は彼女、水無月真夜を一人の女として愛している。
その事実に困惑した。
だが。
俺にその資格はない。
受け入れたい自分と、拒絶する自分。
その相反する思考に挟まれ、苦悩した。
そして。
ある日、いつものように二人での夕食を楽しんだ俺は、彼女に話しかけた。
「……聞いてほしいことがあります」
いつもと違う雰囲気に気づき、片づけを済ませた真夜がテーブルにコーヒーを置き、静かにうなずいた。
「……正直俺は、真夜さんの自己犠牲の姿勢に困惑してます。どんな理由があったとしても、真夜さんが俺に尽くしてくれる説明にはなりません。はっきり言って、真夜さんの行動は異常です。理解できません。でも……
あなたの善意に甘えるようになって三カ月、そんな真夜さんに対し好意の感情を持ってる自分に気づきました」
「……」
コーヒーをひと口含み、真夜が真剣な眼差しを向ける。
「これまで俺は、他人に対してこういう感情を向けてきませんでした。避けてきた、と言った方がいいかもしれません。そんな俺を哀れに思い、真夜さんは真っ当な感覚になるよう尽くしてくれました」
「そうですね。最初にそう言ったと思います」
「でも今の俺はあなたに対し、一人の女性として邪な感情すら抱いています。もし俺が普通の男であったなら、この気持ちを赤裸々に伝えていたはずです。そして受け入れてもらえるよう、必死になっていたと思います」
「何か……あるんですね」
「はい……それがあることで、俺は生きる喜びを捨てたんですから」
「それで修司さんは、どうしたいと思ってるんですか。私にどうしてほしいと思ってるんですか」
「分かりません。ただ俺はもう、あなたに隠したくないと思ったんです。自分の醜悪な過去を」
「……ご自分のことをそこまで否定し、卑下されているんです。きっと辛い過去があったんでしょう。でも、それを私が聞いてもいいんですか」
「この数日、ずっと考えてました。そしてあなたに伝えたい、そう覚悟が決まったんです。
勿論それを話すことで、同情されたい訳ではありません。ただ俺は、あなたにだけは伝えておきたい、そう思ったんです」
「……」
真夜が震える俺の手を握り、微笑んだ。
「聞かせてもらえますか」
「高校時代、俺には親友がいました」
その言葉を吐くと同時に感情が溢れ、嗚咽した。
「……彼は本当にいいやつでした。毎日バカやって、いつも笑いあってました。互いに成績のことで頭を抱えたり、将来の不安を朝まで語り合ったりしました。俺にとって彼は、最高の親友でした」
だんだんと声が震えていくのが分かり、落ち着こうとコーヒーを飲み干す。
真夜はカップに新しいコーヒーを注ぎ、続きを待った。
「学生時代、本当に楽しかった。そしてそれは間違いなく、彼がいたからだったんです。でも……
ある時から、彼がいじめを受けるようになったんです。理由は分かりませんが、きっとくだらないことだったと思います。
最初の頃は、軽い嫌がらせ程度のものでした。ですが次第にエスカレートしていき、俺の知らないところで暴力を受けるようになっていきました。金銭を巻き上げられることもあったようです。
彼をいじめていた中心人物は、クラスの中でもカースト最上位のやつでした。そんな男に逆らうこともできず、クラスのやつらも彼を避けるようになっていきました。俺以外、みんな」
その言葉に一瞬、真夜が微笑んだように見えた。
「俺だけは彼に寄り添い、励まし続けました。一緒に教師に掛け合ったりもしました。こんなくだらないこと、いつまでも続く訳がない。大丈夫、時間が経てばなくなるはずだ。だからその日まで、一緒に耐えていこう、そう励ましました。そんな俺の言葉に涙ぐみ、彼は力強く手を握ってくれたんです。でも……
ある時から、俺自身もいじめの対象になっていったんです。当然ですよね。ターゲットに唯一寄り添っている訳ですから。
その仕打ちは、想像以上に過酷なものでした。いざ自分が当事者になって初めて、こんなに辛いものなのかと思いました。これまで彼を励ましてきた言葉、その全てが中身のない、薄っぺらい詭弁だったと痛感しました」
そこまで言って、俺はテーブルに顔を押しつけ、泣いた。




