005 要求
「……おいしかったです。ありがとうございました」
買い物に付き合った真夜は、そのまま家までついてきた。
家に入るなり窓を全開にし、手際よく掃除をしていく。
「修司さんは座っててください。病み上がりですし、無理しないでほしいです」
その後台所に立ち、昼食を作り一緒に食べた。
「手抜きメニューだったんですけどね。満足してもらえたのならよかったです」
満面の笑みでそう囁く。
「夕食は少し手の込んだものを作るつもりですから、楽しみにしていてください」
皿を片づけながらそう話す真夜。当の俺は、このおかしな状況に困惑していた。
全く意味が分からない。
患者と看護師、それだけの関係だったはずなのに。
自分の退院日に休暇を取って待ち伏せ、部屋に上がり込んできた。
掃除をし、手料理を振舞い。そして夕食まで作ると言っている。
なんなんだ、この状況は。
混乱する思考を整理しようと、無意識に煙草に火をつけた。
「煙草、ほどほどにした方がいいですよ」
コーヒーを差し出し、再び正面に座る。
「健康が一番だってこと、この仕事をしてて痛感してます。まして修司さんは、死ぬかもしれない事件に巻き込まれたんです。今こうして生きてることに感謝して、自分を大切にしてほしいと思ってます」
「……」
この言葉が嘘じゃないのは理解できた。でもどうしても、彼女の目的が分からなかった
「どうして真夜さんは、ただの患者でしかない俺にここまでしてくれるんですか。さっき説明されましたけど、あれでは納得できません」
その言葉に再び微笑む。
「納得できない、ですか……でも残念ですが、これ以上の説明は難しいです。私はあなたに、生きる喜びを感じてほしいんです。人生に希望を持ってほしいんです」
「どうして」
「どうして、なんでしょうね。自分でも分かりません。でもあなたのこと、放っておけないと思ってるんです」
「……」
「私がこうすることで、あなたに何かを求めることはありません。怪しい宗教に勧誘したり、お金を騙し取るつもりもありません」
さっき俺が言った言葉を繰り返し、意地悪そうに微笑む。
「修司さんが元気になって、生きていきたいって思うようになってほしい。理屈じゃない、私の感情がそう望んでるんです」
「でもそれは、真夜さんにとって何のメリットもないと思うのですが」
「そうかもしれません。でも、嫌でなければ許してほしいです」
真摯な表情に心が揺れる。
「修司さんに今、特別な女性はいますか」
「え? ああいえ、今と言うか、これまでそういった気持ちになった人はいません」
「そうなんですね。まあ、そう思える人のお見舞いもなかったですし、分かってはいましたが」
「聞いてどうするんですか」
その問いに微笑む。
「さっき言った通りです。修司さんが笑顔になるまで、こうして生活のお手伝いをすること、許してほしいんです」
「……」
これは告白なんだろうか。
女性と付き合ったことのない俺には分からなかった。
「許してもらえませんか」
首を傾げてそう囁く。
その仕草は反則だ。そう思いながらも、その要求に抗えない自分を感じていた。
初めての感情に戸惑い、ただただ狼狽えるだけだった。




