第七話 潰走
天地を揺るがした咆哮が止む。
帝竜を失い、蜘蛛の子を散らすようにこの場を離れようとしていた竜たちの足が止まり——
その眼が、アタランテたちを見る。
一度は失われていた、赤い光を灯しながら。
「——ッ!! 全騎戦闘態勢を取れッ!! 来るぞッ!!」
レグナが言い終わるより早く、竜たちは最も近くにいた竜騎へと殺到した。
背後から小型騎に飛び乗った走竜の大きく開いた顎が乗り手の頭を襲う。
レグナは、後ろを振り向こうとしたその哀れなアタランテと一瞬目が合い、口が閉じる。
後に残されたのは上半身を失った肉塊と鮮血。操縦者を失ってその場へ倒れる騎体だった。
竜は口の中のそれを咀嚼するでもなく吐き出し、小型騎から跳び下りると次の獲物へと向かう。
「リヴィア!! 撤退命令を出せ!!」
眼前に迫る走竜を切り裂きながら叫ぶ。
「しかしさっきの咆哮は!! 奴はまだ死んでいない!!」
「それでもだ!! 皆殺しにされるぞ!! 一度退いて立て直す!!」
無事撤退できたとして、残存戦力で帝竜を狩るのはもはや不可能だろう。
しかし、狩猟の総責任者たるリヴィアに撤退を決心させるには『まだ狩りが失敗に終わったわけではない』とする理由付けが必要だった。
狩猟隊の指揮官はレグナなのだから、作戦失敗の責など適当におっ被せて自身はさっさと後方へ退けば済む話だ。
彼女は帝国軍人にして、貴族なのだから。
しかしそれは彼女の武門としての誇りが許さないだろう。
「奴は俺が必ず狩る。だから今は退け」
レグナの言葉にリヴィアは唇を噛み、苦渋の決断を下す。
「……総員撤退ッ!! 散開して北へ向かえ!! 第一キャンプを合流地点とする!!」
その時、渓谷の底から天に向かって赤い光の柱が上がった。
光は瞬く間に雲を貫き、熱風が同心円状に広がる。
思わず口を開いてその光を見上げていると、それが——こちらへ向けて傾く。
立ち昇る可視化された殺意が、レグナを捉えた。
「——ッ!! 全騎回避!! 上だ!!」
天へと伸びていた光の柱は塔が倒れるようにこちらへと向かう。
間も無くその根元が崖を切り裂く。回避が間に合わなかった竜騎と走竜をまとめて飲み込み、蒸発させた。
それでもなお光は止まることなく、大地をも溶融させながら深く切り裂いていく。
熱線は足の下を通り、地表へと現れる。更にそこから横に薙いだそれを跳躍して躱す。
四方から包囲するように迫っていた走竜たちが、その一撃で薙ぎ払われた。
レグナはそのまま騎体を南へと走らせる。
リヴィアは深く切り裂かれた台地の向こう側だが、まだ辛うじて通信は生きているようだ。
「リヴィア!! 奴の狙いは俺だ!! 俺はこのまま南へ向かう!! お前は生存者を纏めて撤退しろ!!」
その背後で光が一閃し、切り裂かれた崖が崩落する。
「……を認め……生き……帰れ」
途切れ途切れだった通信も完全に途絶した。
レグナは計器を睨む。
「一帯の竜素濃度が下がってやがる。帝竜が吸い上げてるのか?」
文字通り桁違いの火力だ。竜素の消費量も尋常ではないだろう。
周囲の竜素を取り込み、竜素通信が成立しなくなるレベルまで濃度を下げられてしまった。
しかし、最も驚異的なのはそれだけの竜素を取り込める竜骨の容量だ。
「あれの骨があれば……」
眼前から襲う走竜を薙ぎ払いながら呟く。
「先生……?」
コクピット後ろのスペースにはまり込んでいるナトラがその声に何かを感じ取ったようだ。
「……独り言だ」
熱線が背後から垂直に振り下ろされる。
やはり奴は、明確にレグナを狙っている。
「ぐッ!!」
人工筋肉がバネのように撓んで、騎体を左へ運ぶ。
刹那、騎体が右へと振れた。
犬ほどの大きさの、竜の幼体が脚部に飛びついたのだ。
着地の直前、僅かに均衡を崩した騎体は右へ傾き——そこへ赤い光が振り下ろされた。
「くそッ!!」
レグナは咄嗟に騎体の尾を振るい、左へと重心を逸らした。
叩きつけられた熱線が騎体を掠め、その右腕を消滅させる。
腕を失い崩れたバランスを即座に立て直し、更に前へと走る。
目の前には鬱蒼と生い茂る森林が——
“禁足地”が迫っていた。




