第六話 竜を駆るもの
レグナは操縦桿の裏に隠されたトリガーを強く引いた。
背部の固定具が音を立ててパージされ、長い尾が姿を現す。
脚部の装甲がスライドし、踵として大地を踏み締めていたパーツが浮き、逆関節へと変形する。
竜騎の背部には通常、尾の骨格が格納されている。
設計思想上、あるいは尾の骨格に損傷があれば取り除かれる場合もあるが、竜骨が竜騎の動力源を兼ねている都合上その物理的な量が騎体の性能を左右するからだ。
一方で竜騎はあえてヒトの形に寄せて造られる。
尾を隠し、逆関節を順関節に正し、ヒトの手を模したマニピュレーターを搭載する。
『神は自らに似せて人間を創り、神に仇なす邪なる者が竜を造った』
これはエストレラにおいて広く信仰されている思想であり、歴史的事実として扱われている。
この宗教思想に基づき、忌まわしき竜を資源として利用するための方便として用いられてきたのが、『竜をありうべき姿に正す』という大義名分だった。
しかし本来その尾は竜にとり姿勢を制御し、機動性を補強し、時に武器として振るわれる必要不可欠な器官だ。
つまり、竜の骨を兵器の内骨格にし、純粋に性能を求めるのであればこれを利用しない手はないはずだ。
禁忌の機構。
それはレグナがユーリと共に中型騎へ施した奥の手だった。
背に固定された尾の骨格には本来必要のない人工筋肉が取り付けられ、そのしなやかな動きを妨げないよう多層装甲で覆われ、その装甲の隙間からは竜骨の放つ赤い光が漏れ出す。
「赤い……? 帝竜の影響か?」
通常、赤色変異した竜骨は出力の制御が効かず、動力源として利用できない。
しかし今、この騎体の出力は極めて高い値で安定していた。
「……今だけ持ってくれれば構わない」
空を睨む。
帝竜はじっと、姿を変えたレグナの騎体を見下ろしていた。
いや、様子を窺っている?
あるいは、見た目以上に消耗しているのかもしれない。
尻餅をついたまま動かないリヴィアの騎体に寄り、その左腕から火砲を奪う。
「……ッ!? 何をする!! そんな事をしたら軍法会議……殺されるぞ!! それになんだその騎体は!?」
我に帰ったリヴィアが大声でレグナを咎める。
「怒鳴るな。ここであいつに仲良く殺されるか? お前が黙ってりゃ済む話だ」
「ぐ……」
火砲がレグナの騎体に渡るのを見た帝竜が小さく唸る。
やはり火砲を警戒しているようだ。
帝竜は翼を畳むと、頭部を下にしてレグナを目掛けて急降下を始めた。
「そうだ、こっちへ来い。こいつは痛かったんだろ?」
レグナは左腕の火砲を空へ向け、見せびらかすようにしてリヴィアから離れる。
降下する帝竜の閉じた牙の隙間から炎が溢れて後ろへと流れていく。
その直後、ドンドンドンと三度音が響き、火球が放たれた。
レグナは右、左、右とステップを踏むようにそれを躱す。
通常、竜騎ではなし得ない軽やかな動きで。
紅蓮の火球が大地を穿ち、三度爆炎と轟音が上がる。
三射目を回避し終えたその着地で、射撃態勢に入る。
そのまま、高度の下がった帝竜が再浮上を始めるその瞬間、爆煙の中で狙い澄ます。
ドッ。
火砲が火を吹き、反動で機体がブレるのを押さえつける。
初めて撃つ感触だが、計算通りだ。
放たれた砲弾は帝竜の背に直撃し、炸裂した。
そのまま狼の遠吠えを思わせる声を長く上げながら、崖下へと落下していく。
行方を確認する間もなく、レグナは騎体を反転させた。
視線の先には右腕を切断された大型走竜と、騎体の両腕と右脚をもぎ取られ、自らも額から血を流すナトラの姿だった。
弾切れの火砲を捨て、駆けながら連弩を放つ。
最後の一矢が尾に突き刺さり、走竜が吠え、レグナを睨む。
真っ直ぐに、信じられない速度で駆けてくる師の姿にその顔に微かな笑みが浮かんだ。
「せん——」
——振るわれた巨大な尾が空気を切り、ナトラの騎体を横薙ぎにした。
脚すら失った小型騎は抗う事もできず、弾き飛ばされる。
「くッ……!」
逆関節がバネのようにしなり、騎体を前へと運ぶ。
完全に動かなくなったナトラの騎体を追おうとした竜の身体が大きく傾ぐ。
レグナのブレードがその足首を大きく切り裂いていた。
竜は残された左腕を振るうが、レグナの騎体は一撃目の勢いのまま回転しその腕をも斬り落とす。
それでもなお倒れず、巨大な顎で喰らいこうとするが、その横面に装甲で覆われた尾が鞭のように叩き込まれた。
走竜が白目を剥き、地鳴りを残して巨体が地に伏す。
すかさず首に刃を突き立てると鮮血が噴き出し、やがて竜は動かなくなった。
レグナはハッチを開き、騎体を降りてナトラの元へと駆ける。
周囲では帝竜の統率を失ったためか、小型走竜たちが縦横無尽に駆け回っている。
「おい!! 生きてるか!!」
ひっくり返った小型騎によじ登って、コクピットを覗く。
「……せ……せんせぇ……」
衝撃を受けて膨らんだ空気袋の下から小さな声が聞こえた。
これもユーリと共に施した、新人たちを生き延びさせるために施した改造だった。
「……意味はあったみたいだな」
「今なんか言いましたか!? 早く引き上げてください!!」
空気袋に包まれてくぐもった声が響く。
レグナがその中に手を突っ込むと、小さな手がそれを掴んだ。
力を込めてそれを引き上げると、
「いだだだだだだだ!! 痛いです!! 脚が!!」
悲鳴が上がった。
コクピットの縁に座らせると、ナトラはズレたゴーグルを首元に下ろす。
「折れてるな」
「……うぅ」
目尻に涙を溜めるナトラに背を向ける。
「早く乗れ、まだ狩りは終わってないぞ」
「——ッ!」
ナトラは声にならない声を上げて、片足で踏み切って勢いよくその背に飛び乗った。
「ッと。危ないだろ、急げとは言ったが」
ナトラは何も言わず、鼻をすする音だけを返した。
小さく、軽い身体が震えている。
「……お前は良くやったよ。大型相手に小型騎であれだけやれるアタランテはそうはいない」
「……怖かったです」
「当たり前だ。それに、恐れない奴から死ぬ」
「先生も、怖いんですか?」
「……どうだろうな」
多分、いつだって恐れている。
けれど一体、自分が何を恐れているのか分からなくなってしまっていた。
「……今回は漏らさなかったので褒めてください」
「漏らしてたらおぶってないけどな。引きずってる」
「ヒドい!」
まだ狩りは終わっていない。
そう自分にも言い聞かせるが、ナトラとこうしているとどうにも気が抜けてしまう。
自分の騎体の後部にナトラを乗せる。
まずは被害状況と、生存者の確認をしなければ。
実数はリヴィアにまとめさせればいいが、死人が出ればその関係者には報告をせねばならない。
それが大規模狩猟任務の統率者に課せられた、何より気の重たい仕事だった。
それに、帝竜の死体をまだ確認できていない。
走竜たちが攻撃性を喪失している事からも死んだものと推測できるが、やはりこの目で確認しなければならない。
それに、帝竜の骨を持ち帰らねば帝国の連中は納得しないだろう。
騎体をリヴィアの近くまで動かし、ハッチを開く。
「俺は崖下に降りて帝竜の死体を回収して来る。こいつをお前のシュトーレンに乗せてくれないか。脚を折って歩けない」
「嵐の冠だ! いい加減覚えろ! ……ハァ。その娘は預かろう」
リヴィアは大きなため息をつき、意外にもすぐにレグナの頼みを受け入れた。
「えー! 先生の後ろがいいです」
「意外だな。アタランテを乗せるなんて、もっと嫌がるかと思ったが」
レグナは後ろで不満の声を上げるナトラを無視した。
「……結局、私は役に立てなかった。あれだけ大口を叩いておきながら、だ。おまけに——」
リヴィアが空を見上げた。
気づけば日が傾き始めている。
「82号に、命を救われた」
言い終えると、ぎゅっと唇を噛み締めた。
「ウルクだ」
レグナの声にリヴィアがそちらを見る。
「覚えていてやってくれ。番号じゃなくな」
リヴィアは俯き、暫し考え込んでいた。
「……ああ」
そして、噛み締めるようにそれだけ言った。
——咆哮。
音として感知できない咆哮。
振動。
衝撃。
波動。
腑を揺さぶられるようなそれが、天地を覆う。
狩りはまだ、終わっていない。




