第五話 帝竜
白い煙が渓谷を這うように覆っていく。
レグナたちは六騎の中型機を東西に分け、その様子を崖上から見守っていた。
渓谷の北側に乾燥したカリュウタケを山積みにし、火を放つ役目は主に新米たちからなる部隊に任せる事となった。
作戦の成否に関わる重要な任務ではあったが、主戦場となる崖上に戦力を集めざるを得なかったからだ。
幸い、ナトラたちは上手くやったようだ。
交戦している気配もなく、火を放った後は無事に北へ退いたのだろう。
レグナはコクピットの中で人知れず安堵のため息をついた。
煙は濁流のように、されどゆっくりと押し寄せる。
群生相と化した竜たちは煙から逃げる事もせず、その中で平然と動き回っているようだ。
その動きは不規則なようでいて、統制されている。
中心はやはりこのエリアだ。
しかし、崖下に目を凝らしても走竜が渦を巻くように走っているばかりで帝竜らしき姿は見えない。
間も無く煙が目標地点に到達するというところで、レグナは連弩の照準を煙の高さのやや上に合わせた。
それを見て、リヴィアを含む他五機も谷の両側から連弩を構える。
走竜の渦が、煙に飲まれた。
咆哮。
天地を揺るがす咆哮が鼓膜を叩く。
それとほぼ同時に、渓谷を覆う煙を貫いて巨大な影が空へと昇る。
煙から出た瞬間を狙っていたが、余りの速さに反応できなかった。
それでもレグナは即座に上空の影に照準を合わせて矢を放つ。
太い弦によって弾き出された矢は風を裂いて飛ぶ、が、影はさらに加速して矢を躱し、翼を広げて静止した。
二枚の翼に、屈強な四肢。
一般的な飛竜より一回り以上大きく、翼を除いても中型騎と互角だろう。
頭からは大小二対、漆黒の角が稲妻のように天を衝く。
赤黒い鱗に包まれた身体は筋肉質で、広げた翼は太陽を覆い隠し巨きな影を落とす。
細められた瞳孔が、黄金の光を放つ瞳の中でこちらを値踏みするように見下ろしていた。
その姿を目掛けてレグナは第二射を、他は一射を放たんとした刹那。
——咆哮。
先ほどとは違う声色だった。
その声は球状に広がり、大地を飲み込み——世界の色を塗り替えた。
咆哮に怯まず放たれたレグナの矢が、上空の竜の胴を捉えた。
されど、致命の一撃には程遠く、直後に放たれた味方の矢は躱され、竜は射程の外へと逃れた。
地響き。
「走竜が来る!! 迎撃しろ!!」
普段はあまり使うことのないことのない通信機を点ける。
狩猟騎に積まれた通信機は単体での広域通信が出来ず、軍用騎に搭載された親機を介してのみ可能になる。
よって、監察官が同行しない小中規模の狩猟ではごく短距離での通信しか出来ない仕様になっている。
これも全て、アタランテによる帝国への反抗を恐れての仕様だ。
崖上に続く隘路へと、走竜が殺到している。
前が詰まり、仲間を踏みつけ、崖上を目指す姿は正しく狂乱としか形容のしようがない。
先程の咆哮で指向性を与えられた人間への攻撃本能が、レグナたちアタランテに注がれていた。
無数の殺意。
一匹一匹はそう大した事はない。小型騎でも容易く対処できるだろう。
しかしそれが数百、数千ともなれば話は別だ。
「小型騎は走竜を崖上に上げるな!! 中型騎は俺に続け!! 帝竜を追う!!」
レグナの矢を受けた帝竜は僅かにふらつきながら、戦場の上空を飛んでいる。
その傷口から赤い血が滴っているのが見えた。
「……矢が通るなら殺せる」
帝竜との距離を詰め、その後にリヴィアとウルクが続く。
「リヴィア、火砲を当てられるか?」
「無礼だぞ! 名を……それも呼び捨てなど!」
「当てられるかって聞いてるんだ! どうなんだ?」
「ぐ……舐めるな! 容易い事だ!」
「俺とウルクで援護する、絶対に外すなよ!」
レグナが目配せすると、ウルクが頷いた。
「嬢ちゃん、あんたは撃つことだけに集中しろ! そのシュト……ナンタラには指一本触れさせねーからよ!」
「嵐の冠だ! 二度と間違えるな!」
帝竜を射程に捉える。
レグナとウルクがリヴィアの左右に陣取り、連弩を構える。
リヴィアは火砲を装填し、膝をついて砲撃体勢に入った。
トリガーに指を掛けたその時、視界の左端に巨大な影が揺れた。
「くッ……!!」
大型の走竜だ。
どうやら崖をよじ登ってきたようだ。
咄嗟にブレードを抜き、その鋭利な爪を受け止めようとした瞬間、間に割って入った何者かが竜の爪を受け止めていた。
「ナトラ!! 下がれと言っただろ!!」
それは、任務を果たし後方に下がったはずのナトラの小型騎だった。
「他のみんなは下がらせました!! こいつは私がやります!! 先生は帝竜を!!」
ナトラのブレードが見上げるような大きさの走竜の腕を切り裂く。
その必死の声で、レグナは上空の帝竜に集中する。
小型騎で大型走竜と相対するのは困難だ。
レグナならまだしも、今のナトラでは歯が立たないだろう。
ならば——
帝竜が急降下し、リヴィアの騎体を襲う。
その爪をウルクが左腕の装甲で受け、ブレードを振るうが翼を大きく羽ばたかせて上空へと回避する。
僅か一撃で装甲を抜かれ、アクチュエータが剥き出しになっていた。
早く討たなければナトラも、走竜と交戦しているアタランテたちも死ぬ。
再び連弩の照準を帝竜に合わせる。
放たれた矢が帝竜の心臓を目掛けて直進する。
微かに風の影響を受け、しかし宙を舞う竜の心臓へ。
しかし直前で身を捩った竜の、左翼の付け根に突き刺さる。
すかさず射られたウルクの矢は、右脚へ。
轟音。
二矢により、磔にされたようにその動きが止まったところへ、腹の底に響く音を残して砲弾が放たれ——帝竜の胴を捉えた。
爆炎に包まれた竜は落下し、地面に叩きつけられて土煙を上げた。
「今だ!! 止めを刺せ!!」
「言われずとも!!」
立ち昇る煙に向けて、リヴィアが火砲を再装填する。
あれで止めを刺せば、竜骨は使い物にはならなくなるだろうが仕方ない。
レグナは騎体を旋回させて、ナトラの援護へ向かおうとしたその視界の端——帝竜を包む煙の中に赤い光を見た。
「——ッ!! 避けろ!!」
リヴィアの騎体に向けて真紅の閃光が走る。
閃光は立ち込めていた煙を穿ち、空気を灼き、プラズマと化し、遅れて轟音が響いた。
爆炎が上がり、直撃した光は軌跡を残して四散する。
そこに残されていたのは、中型騎の下半身。
そしてそれは、ウルクの騎体のものだった。
「な……なぜ、私を庇って……」
呆然とするリヴィアに向け、再度大きく開かれた帝竜の口が赤い光を湛える。
「撃て!! リヴィア!!」
レグナの声で我に帰ったリヴィアが震える指で咄嗟に引き金を引く。
火薬が爆ぜ、砲弾が迫ると竜は光を噛み潰すように口を閉じ、空へと舞い上がった。
レグナは素早く周囲をぐるりと見回す。
小型走竜に小型騎のアタランテが一人、頭を噛み砕かれた。
ナトラはまだ大型走竜と戦っている。
竜は体のあちこちから出血しているが、動きが鈍った様子はない。
一方、ナトラの騎体は左腕を失い、武装も折れたブレードを残すばかりだ。
帝竜は空に留まり様子を窺っているようだ。
先程の吐息を見るにリヴィアを最も危険な敵と見做したようで、火砲はもう当たらないかもしれない。
残る三騎の中型騎は崖の向こう側で走竜の群れに囲まれている。合流は困難だろう。
瞬時に思考を巡らせ、判断する。
戦況は限りなく、最悪に近い。
この状況を覆し得る手段はやはり一つだけだった。
「……帝竜を殺す」
それも、可能な限り迅速に。
左手首の鱗が赤く光を帯び、熱を放つ。
レグナの騎体の竜骨もまた、同じ色の光を帯びていた。




