第四話 狩りに非ず
地面を蹴って飛び掛かる走竜目掛けてブレードが一閃する。
肩口から両断された竜は鳴き声も上げる事なく地に伏せた。
レグナはすぐに騎体を降りると、斬り殺した竜の死体を見る。
「……変異が始まってるな。まだ距離があるはずだが」
切断面から覗く骨は青白い中に赤黒く血のような色が混ざりかけていた。
群生相に変異した竜骨には価値がない。
つまり、普段の狩りと異なり、骨を毀損しないよう殺す必要は無くなる。
レグナにとり、この条件であれば走竜に遅れを取る事はあり得ない。
しかしその後に続く四十二名の、特に後方の十一名にとってはそうではない。
ヴァレリウスがレグナに与えた部隊は延べ四十三名から成る。
その中にレグナより上の管理番号を持つ者は一人もおらず、内十一名は着任して一年未満の完全な新米アタランテだった。
そしてその十一名の中には、ナトラも含まれていた。
群れとの会敵を避けつつ森の中を進むレグナ達は、ここに来て初めて竜と遭遇した。
竜は単独だったが、帝竜の影響下にある事は間違い無い。
「これほど広範囲に影響を及ぼすとは……」
リヴィアが唸る。
大規模な狩猟の際は監察官が同行する規則になっている。
基本的に狩りには参加せず、軍用騎を駆り後方で離反や逃亡を監視する役割だ。
「この分だと既に群れはかなりデカくなってるはずだ。事態が事態だ。いざとなれば、あんたにも戦ってもらう」
唯一火器を搭載するリヴィアの軍用中型騎は、この絶望的作戦の切り札だ。
「言われずとも、ノクティルカの名に賭けて帝竜の首は私とこの嵐の冠が取る」
右手を機体に、左手を胸に当て、ギラギラと光る目でレグナを見上げる。
「……頼もしい事で」
予想外に前向きなリヴィアにレグナはたじろいだ。
今までの監察官なら断固として参戦を拒否していただろう。
「先生!」
「今は指揮官と呼べ」
前方へ偵察に向かわせていたナトラが息を切らして戻って来た。
ナトラは荒い息を整えてから言い直す。
「……指揮官、森を抜けた先の渓谷に走竜が集結しつつあります。上から視認できた数は三百ほどで、帝竜の姿は認められませんでした」
その声は緊張からか僅かに上擦っていた。
「……時間がないな。本命を討つのに手こずれば集まって来た竜に包囲される事になる」
「しかし居場所が分からん事には……散開して索敵するか?」
リヴィアの問いに、予め考えていた策で答える。
「煙で炙り出す」
「煙?」
「乾燥させたカリュウタケの煙だ。竜が嫌がる匂いで空気より重く、低地に留まる。群生相の竜には効かないが帝竜はたまらず飛び上がるはずだ」
「そんなもの、軍学校では教わらなかったぞ! そんな便利な物があるならなぜ都市の防衛に使わない?」
「猛毒だ。人間には」
リヴィアが息を呑んで沈黙する。
レグナは地面に地図を広げ、ナトラがその四方に石を置いた。
「ウルク、風向きは?」
「この時期は北から南だ。渓谷はちょうど風下だな」
ウルクはレグナより二歳若いベテラン竜狩りだ。
飛び抜けた戦闘技術は持たないが、情報の収集や処理、罠の使用に長けている。
「おあつらえ向きだ。残る問題は帝竜をどうやって仕留めるかだが——」
渓谷という地形と、そして風向きも味方している。
これなら北側から煙を流せば、確実に帝竜に届くだろう。
「飛竜種だって事しか分からねぇんじゃな。ただ、相変異の範囲から潜伏位置は恐らくこの辺りだな」
ウルクが指差した地点をレグナは丸で囲う。
帝国はアタランテに正確な地図など供与しない。
反乱に用いられる可能性や、敵国に売り渡される可能性を考慮し、あえて誤った情報が盛り込まれているのだ。
それでも今は、この地図だけが頼りだ。
群生相の竜がうろつくこのエリアを歩き回って地理を調べるなど不可能に近いし、何より時間が無い。
禁足地にほど近いここは、戦略的価値無しとみなして正確に描かれている事を祈る他はない。
「この地点を挟み込むように、連弩装備の中型騎五騎を崖上に配置する。煙を嫌がって飛び上がったところを一斉掃射で仕留める。崖上に墜ちたら監察官、あんたが仕留めてくれ」
「言われずとも、武門の名に賭けて奴の首を取って見せる。だが、渓谷に墜ちたらどうするつもりだ?」
「その時は俺が降りて止めを刺す」
「自惚れるな13号! 竜がひしめく谷底で、貴様一人で何ができる!」
リヴィアがレグナに食ってかかる。
「なんだ、心配してくれるのか?」
レグナはそれを揶揄うような口調で躱す。
「誰が貴様の心配などするか! 私が監督する狩りで死人など出すわけにはいかんと言っているのだ! 第一、崖下には猛毒の煙が立ち込めるのだろう」
リヴィアの言葉はレグナを微かに苛立たせた。
その言葉は本心だろうが、決してアタランテを慮ってのものではなく、友の亡骸を竜の屍の上に積み上げて運んだことのない者の傲慢さの発露だったからだ。
「……中型騎の気密性なら5分くらいは問題ない。それに——」
「中型騎全騎で降りるべきだな」
「ウルク……?」
意外な横槍に、レグナは困惑する。
「その嬢ちゃんの言う通りだ。いくらあんたでも一人じゃ無茶だ。けど、確実に帝竜を仕留められるとしたらあんたしかいねぇ。だから俺たちを使え」
“嬢ちゃん”呼ばわりされたリヴィアが憤慨するのを意にも介さず、ウルクが言い切る。
他三名の中型騎乗りも頷き、レグナを見た。
「どうせあんたが仕損なったら俺らが降りるしかないんだ。そうなったら、あんた込みで降りるより遥かに成功率は下がる。要は、一緒に降りた方が生き残れる可能性が高いってこった」
ウルクの言葉を受けてレグナはしばし黙考する。
「……分かった。帝竜が谷に墜ちたら五騎で降り、お前たちは周囲の走竜を斃して道を開け。俺が奴に止めを刺す」
「貴様らだけで話を進めるな! その時は私も——」
「駄目だ」
レグナの視線がリヴィアを射抜く。
「生き残って、俺たちが奴とどう戦い、どう死んだか仔細に報告しろ。それが皇帝陛下から与えられた、あんたの仕事だろ?」
「くッ……」
万一、監軍として派遣されたリヴィアが戻らず、他のアタランテたちも帰って来ないとなれば、帝国は監察官を殺害しての敵前逃亡を疑うだろう。
そうなれば、帝都に残った者たちが見せしめに処刑されるなどという事にもなりかねない。
「……貴様の言う通りだ。功を焦るあまりアタランテに諭されるとはな」
リヴィアは数度、深呼吸を繰り返してから一際大きく息を吸った。
「隊を率いる者として命じる! 必ず帝竜を討ち——可能な限り生還しろッ!!」
よく通る声が、その場にいる全員の耳に届いた。
「はッ!!」
そして、その場に揃う全員がリヴィアに向け敬礼する。
ヒトと竜。
これは狩りに非ず。
種の生存を賭けた戦争が始まる。




