第四十二話 滅びの刻限
レグナは差し出された手を取らず、ヴァレリウスの肩越しにその後ろに佇む黒月を見る。
「あんたの目的はなんだ? 帝国を滅ぼしてこいつと世界を統べる? 本当にそんな陳腐な野望があんたの望みなのか?」
挑発するような口調に怒りを露わにしたのは、眼前に立つヴァレリウスだった。
「もう一度言ってみろ。陳腐な野望だと……? 僕と母さまの願いを……」
胸ぐらを掴む手を意に介さず、レグナはあくまでノクスへと視線を向けている。
「貴様ッ……!!」
その態度に、ヴァレリウスは腰の剣に手を掛けた。
それを制止するように、ノクスが口を開く。
「——刻限が近づいている。停滞した時を前に進めなければならない。そのために、人類を一度軛から解き放つ必要がある」
「刻限……? 帝国はあんたが作ったようなものだろう。そいつが邪魔になったってことか?」
「当初の計画では、人類は第二次対竜戦争の終結から五百年程度で第一宇宙速度に到達する予定だった。しかし帝国は進歩よりも安定を、発展よりも支配の固定化へと進んだ」
「だいいち……うちゅうそくど?」
座り込んでマナの肩を抱いたナトラが首を捻っている。
「——結果、供与した竜騎を含む竜骨の利用技術を発展させることもなく、七百年の時が過ぎ現在に至る」
「つまり、帝国を滅ぼして技術を進歩させると? なぜ急ぐ。刻限と言ったな。それが来たらどうなる」
「滅びだ」
その問いに答えたのはヴァレリウスだった。
「……人類が滅ぶと?」
「この星の死だ。避ける術はない」
「どうせ滅ぶなら、何を急ぐ必要がある」
「星は死ぬ。しかし人類は生き残る。かつて、我らの祖先がそうしたように」
つい先程聞かされた話が頭をよぎる。
「……他の星へ逃れるつもりか?」
「そう。それが可能な段階へニ百年で到達させる」
ノクスは事もなげに言ってのける。
「そして僕らは、人類の救世主になるんだ」
ヴァレリウスは恍惚の表情を浮かべている。
「行く当てはあるのか?」
人類が居住可能な惑星がそう簡単に見つかるとは思えない。
そもそもマナは、それを見つけられずこのエストレラまで遥々旅をして来たと言うのだから。
「——ネビュラ」
つい先ほど耳にした名。
かつて人類が地球を離れ、第二の母星と定めた星。
「おい。そこには先客がいるんじゃないか?」
「ああ、勿論。だからこそ、力が必要なんだ」
ヴァレリウスが笑みを深める。
「侵略するつもりなのか……? 同胞だろう、そこに住んでるのは」
「原生地球人の遺伝子から母さまの手によって創り出された僕らこそ、正統なる地球人の後継なんだよ」
「……トカゲとの混ぜ物だがな。あんたはそれでいいのか? 人類を生かすのがあんたの仕事なんだろ?」
「——淘汰と選別の先に、より強い種が生き残る。それは宇宙の摂理」
ノクスはさらりと答える。最初からそのような情など持ち合わせていないように。
「……これだから神様って奴は……。悪いが俺は二百年も先のことに責任なんて負えない。帰るぞ、ナトラ、マナ」
「……僕たちの……母さまの誘いを断るつもりか?」
レグナは腰が抜けたようにへたり込んだままのマナを背負い、立ち上がる。
「クーデターも人類の救済も勝手にやってろ。そんなもん、俺の手じゃ掬いきれん」
「莫迦な!! 憎いはずだ!! 帝国が!!」
「そうだな……けど」
レグナは肩越しに振り返る。
「——あんたらも、その帝国の一部だ。俺にとってはな」
「……ならば、女神を置いていけ!! 貴様には必要ないはずだ!!」
「こいつ自身が望むなら。——どうする?」
背中のマナに問いかけると、無言のまま首を横に振った。
「だ、そうだ」
レグナは小さく跳ねてマナを背負い直すと、再び歩き出す。
「待て!!」
「——構わない」
追おうとしたヴァレリウスを、ノクスが制止する。
「しかし母上!!」
「現時点ではORPHENAの身柄は必要ない。いずれ因果の交錯点で相見えよう。計画を次の段階へ進める」
「……御意のままに」
跪くヴァレリウスの横を通り過ぎ、黒月はその透き通るように青白い顔を天へ向ける。
「——白月」
されど、視線の先に月は無い。
深い地の底からは、月は見えない。




