第四十三話 決意の夜
竜狩りの一団がウルズ要塞に立て篭もってから、三週間が経とうとしていた。
当初、南方軍は速やかに要塞を包囲し、竜騎による攻城戦を開始した。
しかし、要塞の各所に配された対竜砲による防御と、なるべくなら無傷で要塞を奪還したい南方軍の思惑が重なった結果、戦力で圧倒するはずの帝国軍はその射程外から遠巻きに半包囲するに留まっている。
兵站の要衝であるウルズ要塞には必然、十二分な物資が蓄えられていた。
一方で、南方軍はそのウルズ要塞を押さえられ、そこを迂回するルートで補給を行わざるを得なくなった。
アクィラはオルサンデル少将が所持していた詳細な地図から、東西に張られたそのルートを割り出し、イーギルとシンに遊撃隊を率い輜重隊を襲撃するよう指示を出した。
二つの遊撃隊はアクィラの思惑通り、包囲の穴を突いて補給線に到達。
籠城する竜狩りが打って出てくると想定していなかったためか、最低限の護衛しか付けられていなかった輜重隊は、火器で武装した熟練の竜狩りたちの前にあえなく壊滅。
イーギルたちは強奪した物資を持ち帰り、要塞は一時の勝利に沸いた。
その三日後、叛乱の噂を聞きつけ、遠方で狩りをしていた竜狩りたちが集結し、要塞を包囲する帝国軍の一部隊の背後を攻撃した。
それを受け、イーギルが一隊を率いて要塞を打って出ると、挟撃される形となった帝国軍は潰走を余儀なくされた。
新たに合流した竜狩りたちとイーギルの凱旋に、大きな歓声が上がった。
だが、足りない。
局所的な勝利を積み重ね、しかしその一方で物資も、戦力も着実にすり減らしている。
巨竜の鱗を何枚か剥がしたところで、竜は殺せない。
そしてこちらは、鱗一枚剥がすのにも命を賭さねばならないのだ。
詰まるところ、この叛乱に最終的な勝利はない。
そのことはイーギルたちもよく理解している。
彼らはこの戦いの出口を、帝国軍に甚大な被害を与えた上での降伏と定めている。
交換条件に、彼らの家族の罪が減免されることを求めて。
リヴィアは自室で一人、ベッドに腰掛け頭を抱える。
彼らに叛乱の意思はなかった。それは紛れもない真実だ。
最初に攻撃を加えたのは帝国軍であるし、要塞に入ったのも決して占拠するためなどではなかった。
しかし、現実はどうだ。
竜狩りたちは要塞を占拠し、輜重隊を襲い、帝国軍に大きな被害を与えた上、オルサンデル少将殺害の罪まで被せられている。
今や南方軍は薇国や竜への警戒を緩め、このウルズ要塞へ戦力を集めているはずだ。
帝国の法に従えば、国家に叛逆した者は一族連座での処刑。これは貴族や、一族の範囲を限定しつつ皇族にすら適用され得る。
それがアタランテともなれば、果たして彼らが望むような取引の余地などあるのだろうか。
要塞に入った日にアクィラはリヴィアに向けてこう言った。
「貴女は我々叛乱軍によって、人質として捕らえられた。故に、貴女の罪は叛乱を事前に防げなかったこと、となる」
リヴィアは反論しようしたが、何も言えなかった。
この配慮を無碍にして、叛逆者として共に戦うことが彼らの助けになるのだろうか、と。
それに、恐れていた。
家名に泥を塗るどころではない。
リヴィアが叛逆者となれば、ノクティルカ家は滅ぶのだ。
帝国が誇る名将として名を馳せる父や兄も、誇り高い母も、幼い弟も、慕ってくれる傍系の子供たちも、一人残らず死ぬことになる。
ならばこのまま、全てが終わってから被害者の顔をして帝都に帰る?
『私は何も知らなかった。アタランテたちが突然私の身柄を拘束し、帝国に反旗を翻したのだ』
その言は彼らの証言とも一致し、リヴィアは叛乱を予見できなかった責のみを負わされ、それで終わり。
叛乱に加担したアタランテたちは一人残らず処刑され、あるいはその家族も。
こうして叛乱は幕を下ろし、真相は闇へと葬られる。
——それでいいはずがない。
そんな終わり方、許されるはずがない。
リヴィアは立ち上がる。
茨の紋章が刺繍された外套を羽織り、物資を詰めた鞄と小銃を背負う。
静かにドアを開き、暗い廊下に視線を走らせる。
誰いないことを確認すると、するりと闇の中へまろび出た。
見張りの目は基本、平原の先へ向けられ、要塞の内部には向いていない。
北側の外郭からロープを垂らし下を見ると、眼下には黒々と夜闇が滞っていた。
竦む脚を奮い立たせ、じわりと滲んだ手汗を拭ってからロープを掴む。
子供の頃、こんな風に屋敷を抜け出したことがあった。
あの時はすぐさま追いかけて来た兄に捕まって、屋敷へ連れ戻されたのを思い出す。
その兄の身のこなしたるや、人間業とは思えないものだった。
慎重にロープを伝いながら、懐かしい記憶に思わず笑みが漏れた。
足先から濃い闇へ浸かる。
この闇の底へ降りたら後戻りはできない。
リヴィアは上を見る。
今ならまだ、登れる距離だ。
でも、行かなくては。
ヴァレリウスの陰謀を暴き、彼らの罪を晴らすために。
それができるのはきっと、自分だけなのだから。




