第四十一話 始まりの地
どれほどの時間が経っただろうか。
僅かに重力が強まるような感覚の後、乗り込んだ際と反対側の壁が静かに開く。
そこが開くのを知っていたように立っていたヴァレリウスは、硬い足音を鳴らして昇降機を後にする。
レグナは一度拳を強く握り、その背を追う。
ナトラが震える手で、マナの小さな手を強く握る。マナはパチパチと瞬きをしてからその手を引いた。
中枢シャフトの内側は、円筒状の巨大な空洞になっていた。
上を見上げると空洞は遙か先へ続き、その途中には何本もの高架が横切っている。
壁面には竜骨を想起させる青白い光の線が、何かを伝達するように走っては消えていく。
今立っているのはその、一番底だ。
円形の空間の中心に、青白い光に照らされて——いや、光を放つ白い何かが佇んでいる。
「母上。件の者らを連れて参りました」
ヴァレリウスが跪き、慇懃な態度で首を垂れる。
その前に立つその存在を目にして、レグナは確信する。
燐光を放つ薄手の白衣を身に纏い、透けるような白銀の髪に、紫水晶の瞳。そして、マナと全く同じ顔を持つ少女。
顔は同じだが、その肌は常軌を逸して白い。透けるように白く、まるで生命の質感が無いのだ。
華奢な体にひらひらと揺れる白衣も相まって、その姿は幽鬼の如く映る。
間違いない。
あれが、黒月だ。
「あいつがあんたの母だと? 馬鹿を言え。あれは人間ですらないだろ」
「人間……?」
刹那、ヴァレリウスの細剣がレグナの喉元に突きつけられていた。跪いた状態からその後方に立つレグナへ、一瞬で。
「母さまが人間などであるはずがないだろう」
反応すら出来なかったレグナはゆっくり両手を挙げ、一歩後ずさる。
「私はコード・ノクス。この星では黒月と呼称されている。人類種の創造と繁栄を命題として造り出された、女神の写身」
状況の一切を無視し、澄んだ声が響く。
その声は異様なほど心地よく鼓膜を揺らし、その意はなんら抵抗なく脳へ浸透した。
「月だなんだと名乗っておいて、あんたらは地面に潜るのが好きなんだな」
レグナの皮肉に、ノクスは眉ひとつ動かさない。
その気配は、やはり白月に似たものを感じるが、あちらの方がよほど人間味があっただろう。
「……それはシデラで聞いた。ならやはり、こいつがその女神だってのか?」
レグナが親指で指すと、マナは小首を傾げる。
「——かつて人類は地球という惑星で誕生し、繁栄した。しかし飢饉、戦争、環境汚染により地球に居住し続けることが困難であると悟った人類は、五隻の移民船を建造し600光年彼方の惑星への植民を計画した」
「それが……エストレラ?」
ナトラが問うと、黒月は静かに首を横に振った。
「その星の名はネビュラ。千二百年に渡る旅の途上、一人の科学者が人類の保護、救済を目的とした人工知能を生み出した。ORPHENAと名付けられた人工知能は、ネビュラに到達後、人類の記憶を奪い、文明を停滞させた」
不意に、マナが足元へ座り込んだ。
「OR……PHENA……」
頭を抱え、その名を呟きながら華奢な身体を震わせている。呼吸が浅くなり、元より白い顔色は今や青白い。
「マナちゃん!?」
ナトラがその肩を抱くようにして支えた。
「——未だ記憶が戻っていなかったようだ」
以前、マイアが言っていたマナが思い出すべき真の名。それがORPHENAだというのだろうか。
「しかし、名を知るだけでは足りない。その役割と、真なる願いを思い出さない限り錠は開かない」
「……オルフェナとやらは、なぜそんなことを? 記憶を奪うだの、文明を停滞だの。人類を護るために造られたんだろ?」
「文明の発展こそが人類の滅亡を招くと結論づけたから。それからおよそ一万年後、ORPHENAはその役目を終え、彼女を生み出した科学者の手により少女の肉体と仮の名を与えられ、それを補佐するM.A.I.A.と共に、再び他の惑星へと送り出された」
「まさか……そいつがマナだって言うのか?」
「そう。宇宙船は知的生命体が存在する惑星を求めて宇宙を彷徨ったが、発見することは出来なかった。およそ三千年前、このエストレラに着陸し、ORPHENAは眠りについた」
レグナは深い森の中心に佇む始原の塔を思い出す。あれをただの遺跡だとは思えなかったが、宇宙船だと言うなら腑に落ちる。
「M.A.I.A.は私とルクスを造り出し、M.A.N.A.の散布を開始。惑星環境の改変を実施。私はデータベースに保存されていた地球人類の遺伝子を用い、爬虫類に近似した生物を造り替え人類を生み出した」
「……なら、俺たちはその地球とかいう星の、滅んだ連中の亡霊ってことか。しかも原料はトカゲか」
レグナは自嘲するように吐き捨てた。
まるで業務報告のように淡々と語られる創世神話に、吐き気すら感じる。
「ルクスはこの星の環境を保全することを命題とされていた。そして、同じ生物に対しM.A.N.A.で進化を促し、竜種を造り出した。竜種は体内にM.A.N.A.を取り込み、その拡大を抑制する特性を付与されていた。それ以後、人類は竜種に生存圏を圧迫され、その数を増やすことは出来なかった」
だが、今や人類は五大陸全てにその版図を広げている。
その発端となった出来事と言えば——
「私は一人の人類を設計した。女神の素体から優れた因子を抽出し生み出した彼に、竜素の知識と竜騎の製造法を与えた」
ノクスの白い指が示す方を見ると、そこにはマナが眠っていたような透明な棺のような装置があった。
「——征竜帝……アテルニタス」
マナが皇族しか持たないはずの銀髪と紫の瞳を持つのは当然だ。その血脈は他ならぬマナから作られたと言うのだから。
そしてヒトと竜の血に濡れた歴史はまさに、ここから始まったのだ。
「そう。彼は第二次対竜戦争を人類の勝利に導き、繁栄の礎を築いた」
ヴァレリウスが剣を鞘に納め、漆黒の長髪をかき上げる。
すると、手が触れたところから白銀へと変化していく。そして、顔を覆った手が離れ、紫の光を放つ瞳が現れた。
「征竜帝の末裔たる証、か。……噂は真実だったみたいだな」
レグナの言葉に、ヴァレリウスは喉を鳴らして笑う。
「女神の高貴な血を引きながら、妾腹だったばかりに姿すら偽って生きねばならなかった……。私にはこの国に、この世界に報いる権利がある」
その手がレグナへ差し伸べられる。
「私と共に来い13号。お前は女神に選ばれた。この腐敗した帝国を打ち砕き、私と母上が世界を統べる。その剣となる誉れを与えてやる。全ては、征竜帝が生まれたこの地で始まる」
その眼に燃えるのは怨讐、憎悪、陶酔、執着——狂気。
そしてレグナは、その手を——




