断章12 おかえりなさい
アタランテが請け負う竜の狩猟には、大きく分けて三つある。
一つは、計画狩猟。
国や特区管理局などの機関が竜狩りを徴発して、大規模な群れや大型の竜を狩るものだ。
予め設定された成功報酬が番号や立場により不等分に分配され、その際得た竜骨などの利益がそこに加算される。
危険度が高く、基本的に参加への拒否権は無い。
先のシレンスでの任務はこれに当たる。
二つ目は、依頼狩猟。
個人や民間組織、自治体などが、主に駆除を目的に依頼を出し、管理局で取りまとめた後竜狩り向けに掲示される。
これも依頼時に定められた成功報酬に加え、採取物の利益が得られるが、集団で請け負った場合その分配で揉めることも少なくない。
また、狩猟そのものが目的ではなく、輸送や野外調査の護衛として依頼されるケースもある。
管理番号二桁前半ともなると、実力を買われ、依頼者から直接指名される場合もあるという。
三つ目は、自由狩猟。
これは単純に、猟場として認可された場所で竜を狩るというものだ。
当然報酬など無く、獲物の買取額がそのまま収入となる。
俺はたまたま、一つ目の計画狩猟が初陣だった。
けど、大抵の新人は先輩に連れられ自由狩猟に向かう。比較的危険が少なく、小型の竜で経験を積めるからだ。
それでも、新人の半数は三年以内に命を落とす。
油断、慢心、ケアレスミス。
そんな理由のある死も確かにあるが、ほとんどは避け難いものだ。なぜなら、そもそもヒトの身で竜と戦うという無理難題を、竜騎という過ぎた力でねじ伏せているだけなのどから。
竜狩りになってから二年が経った今、それを強く実感する。
あれから俺は、ほぼ単独で自由狩猟を続けている。
基本は徹底して小型の走竜、それも群れからはぐれた個体や、極力小さな群れを狙う。
入念に地形を調べ、猟場の地図を作った。これは帝国の軍規に抵触するから、誰にも見せられない。
危険を最小限に抑え、獲物に固執しない。
竜骨の状態も二の次としていたが、そこに関しては最近は少し上手くなったと思う。
この旨を徹底してなお、危険な場面は何度もあった。
予期せぬ大型個体との遭遇。小さな群れと交戦中に、他の群れが乱入してきたこともある。他の竜狩りが仕掛けた罠に掛かって身動きが取れなくなった時は、祈ったこともない神を呪ったものだ。
けど、その全てを俺は生き延び、その上で次こそは死ぬかもしれない。その繰り返しだ。
詰まるところ、今生き残っている竜狩りは皆同じだ。
今日までは生き残り、けど明日はどうか分からない。それでも明日を生きるため、竜を狩るのだ。
「……! 母さん!」
狩りを終え帰宅すると、母さんが床に倒れていた。
「あ……。おかえり、レグナ。ごめんね、ちょっと……フラッとして」
脈を計ろうと握った手首の冷たさにギョッとなる。
病気がちだった母さんは、寝込むことも多かった。
それでも今は、多少なりとも俺が稼げるようになったから仕事を減らし、無理をしないよう強く言い含めていた。
脈が速い。
ふと、握った手首の逆鱗に目が留まる。
青い。
誰もが持つそれは、元々青みがかった色をしているが、その色味が明らかに濃い。
漠然とした不安が鎌首をもたげる。
「医者を連れて来るから、母さんは寝てて」
母さんをベッドへ運びそう言うと、母さんは慌てて体を起こそうとする。
「お医者だなんてそんなお金……、私は大丈夫だから……」
「それくらいの金ならあるから、大人しく寝てて」
そう言い残し、俺は家を出た。
アタランテ特区に医者はいない。
必要とあらば、特区管理局に申請して来てもらう他なかった。
管理局の支部への道を走っていると、母さんの青くなった逆鱗が頭をよぎる。
その症状に、思い当たるものがあった。けど、その嫌な予感を振り払うように俺は走った。
幸い、医者はすぐに手配してもらえた。
金額はざっと、ここ二ヶ月の狩りで稼いだ額と同程度だった。
黒い鞄を手に上層から昇降機で降りて来た小太りの医者を連れて、俺は急いで家を目指す。医者の歩みの遅さに、少し苛立っていた。
「……ふむ」
医者はしばらく、ベッドの縁にぐったりと腰掛ける母さんの目の前で蝋燭を揺らしたり、脈を計ったりしていたが、最後に当てた聴診器を外して息をついた。
「竜血病だな」
視界がぐらりと揺れる。
竜血病。
感染者には竜の解体作業の従事者が多いため、こう名付けられた。
発症すると骨が竜骨のように青白く染まり、徐々に衰弱する。手首の逆鱗が濃い青色を発するのも典型的な症状だ。
その症状や、解体現場で感染することから”竜の呪い”と呼ぶ者もいる。
そして、罹れば遠からず、死に至る。
「気の毒だが、治療法は無い。アカヨモギが症状を和らげ、進行を遅らせる。アタランテの家ならどこでも置いてるだろう。あれを朝昼晩、煎じて飲ませなさい」
医者は立ち上がり、上着を羽織る。特区では見られないような、上等なシロモノだ。
「ま……待ってくれ! あるんじゃないのか!? 本当は!! 貴族にだけ使える薬や治療法が!!」
立ち去ろうとする医者の肩を掴み、俺は必死で言い募る。
「……そんなものは無い。貴族は竜血病など患わんからな」
医者は俺の手を振り払うと、乱れた上着を直してから出て行った。
鈍い音を残して閉じたドアを、俺はただ呆然と眺めていた。
「レグナ」
背後から呼びかけられてようやく我に返る。
静かだけど、力強い声だった。
子供の頃から何度も聞いた声だった。
「いいんだよ」
「……そんな」
言葉が続かなかった。
「これでも、あの人より随分長く生きられたからね。それに——」
その目がふっと細められる。
「もう、約束も果たせたからね」
「……約束?」
「あんたを立派な竜狩りにするって、あの人との」
「……竜狩りなんて、明日死ぬかもしれないだろ」
「そうさ。だからレグナ、あんたは死なない竜狩りになるんだ。あの”シレンスの悲劇”すら生き残ったんだから」
そう言って、確信したように微笑む。
母さんは勝手だ。
一人で納得して、俺を一人置いて行こうとしている。
けど、子供みたいに駄々を捏ねたところで、現実は何も変わらない。
竜血病が殺された竜の呪いだというのなら、呪われるべきは俺たち竜狩りだ。この国だ。人類そのものだ。
なぜ母さんが死ななきゃならない。
なぜ俺から、何もかも奪おうとする。
鳩尾の底から湧き出した感情が、どす黒い渦を巻く。
なのに、母さんは満足そうに微笑んでいた。
「……どんな人だった?」
「……?」
唐突な問いに、母さんは首を傾げた。
「……父……さんだよ」
俺と母さんを置いて死んだ男を、その時俺は初めて父と呼んだ。
そんな俺に、母さんは父の話をほとんどしなかった。
「ふふ、不器用な人でね。そういうところも、あんたによく似てた」
「俺は不器用なんかじゃ……」
気恥ずかしいような、不貞腐れたような気分で俺はそう漏らした。
「あはは、その顔! ほんと、あの人にそっくり」
母さんは楽しそうに笑い、ふっと遠い目をした。
「——おかえりなさい」
そう呟くと、窓の外を見る。
薄暗い、特区の街並みを。
「そう、言いたかったな。何百回でも、何千回でも」
見送り、そしてそれが最期になってしまったあの日を想い、母さんは泣いた。
やっぱり、父が憎い。
帰って来なかった父が。
こんな風に母さんを泣かせる父が。
だから俺は生きて帰って来る。
帰って来なくちゃならない。
何度でも、母さんが「おかえりなさい」を言えるように。




