↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/54

断章12 おかえりなさい


 アタランテが請け負う竜の狩猟には、大きく分けて三つある。


 一つは、計画狩猟。

 国や特区管理局などの機関が竜狩り(アタランテ)を徴発して、大規模な群れや大型の竜を狩るものだ。

 予め設定された成功報酬が番号(ナンバー)や立場により不等分に分配され、その際得た竜骨などの利益がそこに加算される。

 危険度が高く、基本的に参加への拒否権は無い。

 先のシレンスでの任務はこれに当たる。


 二つ目は、依頼狩猟。

 個人や民間組織、自治体などが、主に駆除を目的に依頼を出し、管理局で取りまとめた後竜狩り向けに掲示される。

 これも依頼時に定められた成功報酬に加え、採取物の利益が得られるが、集団で請け負った場合その分配で揉めることも少なくない。

 また、狩猟そのものが目的ではなく、輸送や野外調査の護衛として依頼されるケースもある。

 管理番号二桁前半ともなると、実力を買われ、依頼者から直接指名される場合もあるという。


 三つ目は、自由狩猟。

 これは単純に、猟場として認可された場所で竜を狩るというものだ。

 当然報酬など無く、獲物の買取額がそのまま収入となる。


 俺はたまたま、一つ目の計画狩猟が初陣だった。

 けど、大抵の新人(ルーキー)は先輩に連れられ自由狩猟に向かう。比較的危険が少なく、小型の竜で経験を積めるからだ。

 それでも、新人の半数は三年以内に命を落とす。

 油断、慢心、ケアレスミス。

 そんな理由のある死も確かにあるが、ほとんどは避け難いものだ。なぜなら、そもそもヒトの身で竜と戦うという無理難題を、竜騎(ドラグレム)という過ぎた力(オーバーテクノロジー)でねじ伏せているだけなのどから。


 竜狩りになってから二年が経った今、それを強く実感する。

 あれから俺は、ほぼ単独で自由狩猟を続けている。

 基本は徹底して小型の走竜、それも群れからはぐれた個体や、極力小さな群れを狙う。

 入念に地形を調べ、猟場の地図を作った。これは帝国の軍規に抵触するから、誰にも見せられない。


 危険を最小限に抑え、獲物に固執しない。

 竜骨の状態も二の次としていたが、そこに関しては最近は少し上手くなったと思う。

 この旨を徹底してなお、危険な場面は何度もあった。

 予期せぬ大型個体との遭遇。小さな群れと交戦中に、他の群れが乱入してきたこともある。他の竜狩りが仕掛けた罠に掛かって身動きが取れなくなった時は、祈ったこともない神を呪ったものだ。


 けど、その全てを俺は生き延び、その上で次こそは死ぬかもしれない。その繰り返しだ。

 詰まるところ、今生き残っている竜狩りは皆同じだ。

 今日までは生き残り、けど明日はどうか分からない。それでも明日を生きるため、竜を狩るのだ。


 「……! 母さん!」

 狩りを終え帰宅すると、母さんが床に倒れていた。

「あ……。おかえり、レグナ。ごめんね、ちょっと……フラッとして」

 脈を計ろうと握った手首の冷たさにギョッとなる。

 病気がちだった母さんは、寝込むことも多かった。

 それでも今は、多少なりとも俺が稼げるようになったから仕事を減らし、無理をしないよう強く言い含めていた。


 脈が速い。

 ふと、握った手首の逆(・)鱗(・)に目が留まる。

 青い。

 誰もが持つそれは、元々青みがかった色をしているが、その色味が明らかに濃い。

 漠然とした不安が鎌首をもたげる。

「医者を連れて来るから、母さんは寝てて」

 母さんをベッドへ運びそう言うと、母さんは慌てて体を起こそうとする。

「お医者だなんてそんなお金……、私は大丈夫だから……」

「それくらいの金ならあるから、大人しく寝てて」

 そう言い残し、俺は家を出た。


 アタランテ特区に医者はいない。

 必要とあらば、特区管理局に申請して来てもらう他なかった。

 管理局の支部への道を走っていると、母さんの青くなった逆鱗が頭をよぎる。

 その症状に、思い当たるものがあった。けど、その嫌な予感を振り払うように俺は走った。


 幸い、医者はすぐに手配してもらえた。

 金額はざっと、ここ二ヶ月の狩りで稼いだ額と同程度だった。

 黒い鞄を手に上層から昇降機で降りて来た小太りの医者を連れて、俺は急いで家を目指す。医者の歩みの遅さに、少し苛立っていた。


 「……ふむ」

 医者はしばらく、ベッドの縁にぐったりと腰掛ける母さんの目の前で蝋燭(ろうそく)を揺らしたり、脈を計ったりしていたが、最後に当てた聴診器を外して息をついた。

「竜血病だな」

 視界がぐらりと揺れる。


 竜血病。

 感染者には竜の解体作業の従事者が多いため、こう名付けられた。

 発症すると骨が竜骨のように青白く染まり、徐々に衰弱する。手首の逆鱗が濃い青色を発するのも典型的な症状だ。

 その症状や、解体現場で感染することから”竜の呪い”と呼ぶ者もいる。

 そして、罹れば遠からず、死に至る。


 「気の毒だが、治療法は無い。アカヨモギが症状を和らげ、進行を遅らせる。アタランテの家ならどこでも置いてるだろう。あれを朝昼晩、煎じて飲ませなさい」

 医者は立ち上がり、上着を羽織る。特区(ここ)では見られないような、上等なシロモノだ。

「ま……待ってくれ! あるんじゃないのか!? 本当は!! 貴族にだけ使える薬や治療法が!!」

 立ち去ろうとする医者の肩を掴み、俺は必死で言い募る。

「……そんなものは無い。貴族は竜血病など患わんからな」

 医者は俺の手を振り払うと、乱れた上着を直してから出て行った。


 鈍い音を残して閉じたドアを、俺はただ呆然と眺めていた。

「レグナ」

 背後から呼びかけられてようやく我に返る。

 静かだけど、力強い声だった。

 子供の頃から何度も聞いた声だった。

「いいんだよ」

「……そんな」

 言葉が続かなかった。

「これでも、あの人より随分長く生きられたからね。それに——」

 その目がふっと細められる。

「もう、約束も果たせたからね」

「……約束?」

「あんたを立派な竜狩りにするって、あの人との」

「……竜狩りなんて、明日死ぬかもしれないだろ」

「そうさ。だからレグナ、あんたは死なない竜狩りになるんだ。あの”シレンスの悲劇”すら生き残ったんだから」

 そう言って、確信したように微笑む。

 

 母さんは勝手だ。

 一人で納得して、俺を一人置いて行こうとしている。

 けど、子供みたいに駄々を捏ねたところで、現実は何も変わらない。


 竜血病が殺された竜の呪いだというのなら、呪われるべきは俺たち竜狩りだ。この国だ。人類そのものだ。

 なぜ母さんが死ななきゃならない。

 なぜ俺から、何もかも奪おうとする。


 鳩尾(みぞおち)の底から湧き出した感情が、どす黒い渦を巻く。

 なのに、母さんは満足そうに微笑んでいた。

「……どんな人だった?」

「……?」

 唐突な問いに、母さんは首を傾げた。

「……父……さんだよ」

 俺と母さんを置いて死んだ男を、その時俺は初めて父と呼んだ。

 そんな俺に、母さんは父の話をほとんどしなかった。

「ふふ、不器用な人でね。そういうところも、あんたによく似てた」

「俺は不器用なんかじゃ……」

 気恥ずかしいような、不貞腐れたような気分で俺はそう漏らした。

「あはは、その顔! ほんと、あの人にそっくり」

 母さんは楽しそうに笑い、ふっと遠い目をした。

 

 「——おかえりなさい」

 そう呟くと、窓の外を見る。

 薄暗い、特区の街並みを。

「そう、言いたかったな。何百回でも、何千回でも」

 見送り、そしてそれが最期になってしまったあの日を想い、母さんは泣いた。


 やっぱり、父が憎い。

 帰って来なかった父が。

 こんな風に母さんを泣かせる父が。


 だから俺は生きて帰って来る。

 帰って来なくちゃならない。

 

 何度でも、母さんが「おかえりなさい」を言えるように。


 

 

 

 

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。