第三十八話 隻腕の元竜狩り
「随分とご無沙汰じゃねぇか。今更この俺に何の用だ?」
グラードはぶっきらぼうに言い、酒瓶に口をつける。
「……帝都で何が起きてる? あんたなら何か知ってるんじゃないか?」
荒っぽく瓶をテーブルに置き、グラードは髭についた酒を手の甲で拭う。
「知らねぇよ。お前こそどうなんだ。”最強の竜狩り”さんよ。その娘は? お前、子供はいなかったはずだろう」
片眉を吊り上げてギョロリとした眼が睨むが、当のマナはそれを無表情で見つめ返している。
「……”最強”はやめてくれ。こいつは妹だ。狩りで北地に行って、戻って来たらこの有様だ。些細なことでも構わないから情報が欲しい」
「へぇ、妹ねぇ。……まぁいい。イーギルの野郎は荒っぽいバカだが、叛乱なんて起こすタマじゃねぇ。他の一桁二人もそうだ」
「同感だ。何者かに唆されたか、あるいは——」
「——ハメられたか。ま、そうなるわな。問題はその何者か、だが」
「心当たりがあるのか?」
「心当たりと言うほどのもんじゃねぇ。あいつらが帝都を発つ前の晩に、アクィラがうちに来た」
「アクィラが?」
「ああ。帝竜狩猟の指令下りてきたってな。お前が殺り損なったヤツだ」
「帝竜……」
青に体色を変え、森の中静かに佇むあの竜の姿を思い出す。
奴が動き出したというのだろうか。
「その指令の中身が妙だ、とアクィラは相談に来たわけだ。百騎規模の編成でありながら参加者以外には極秘。道中、ウルズ要塞で全騎に火器を貸し出すってな」
「火器を? それは……」
帝竜を狩るなら火器は必要だ。それをレグナは身をもって知っている。
一方で、竜狩りに火器の使用が許可されることはほとんどない。というより、レグナの知る限り存在しない。
事実、前回の帝竜狩りの際レグナは火器の配備を要請したが、ヴァレリウスは一考もすることなく拒絶した。
その火器が帝国に向けられることを恐れてのことでもあるし、そもそも火器を使えば竜骨はほぼ確実に損傷するからだ。
畢竟、竜狩りに使うには火器は不適正であるということに尽きる。
無論、帝竜に関してはそんなことを言っていられる相手ではないが、それならそれで軍が対処すればいい。
百騎もの竜狩りに火器を渡すとなれば、帝国にとって間違いなく保安上のリスクとなるのだから。
だが、今回に限りその禁は破られた。
「おかしいだろ? シレンスの時も、お前が帝竜狩りを命じられた時も、検討すらされなかったはずだ。ま、そもそもシレンスは帝竜だとは思われてなかったが」
それだけ帝国が帝竜の存在を重く見ている、と考えることもできる。だが、それが今回の騒乱に繋がっているのだから何か裏があるはずだ。
「……ちなみに、今回の狩猟はどこから下りてきたものだ? 帝竜討伐、それも火器使用許可となると、皇帝の勅令か、元老院か?」
「特区管理局長官——アクィラが言うにはな」
「ヴァレリウス・ヴェルナー……」
すとん、とその名が腑に落ちる。
竜狩りに火器を与え、叛乱を誘発させる。その意図はまだ見えないが、あの男が裏で糸を引いているというなら妙に納得できた。
「俺はそいつとは会ったこともねぇがな。局長になったのもここ最近だろ? えらく若ぇようだが、先帝の落胤だって噂はホントなのかね」
「どうだかな……。どの道明日、狩りの報告をしに行く予定だった。その時探りを入れてみるか」
「ああ。用が済んだらとっとと出て行くんだな」
「もう、竜騎には乗らないのか?」
去り際、レグナは振り返らず訊ねる。
「この身体でまだ戦えってのか?」
「あんたほどの乗り手なら、片腕でもそこらの連中よりやれるんじゃないか?」
その問いに、グラードは大きく息を吐いた。
「……お前も気付いてるはずだ。あのチンケなレバーやペダルだけで竜騎が動くはずがねぇってな」
それについては、レグナも常々感じていた。
物を掴んだり、咄嗟に反応したり、身を捩って攻撃を躱したりするのは、単純な”操縦”で実現できる動きではない、と。
故に、レグナはそれを竜骨が自動制御しているのではないか、と仮説を立てていた。
「その顔、図星だろ? 俺もずっとなんかスッキリしねぇ気持ち悪さを感じてた。頭ン中を竜騎に覗かれてるような感覚だ。けど、こいつは俺ら乗り手にとっちゃ都合のいい話だ。むしろそれが無いと、竜となんてやり合えねぇ」
そこまで言うと、グラードは左腕のあった所を右手でさする。
「確信したのはこいつを失くしてからだ。お前の言う通り、俺は片腕でもやれると思ってた。ユーリの野郎に操縦系を片腕でも動かせるように改修させてな。けど——」
グラードは酒瓶を口に運び、喉を鳴らして中身を飲み干した。
「動かせなかった。全く動かないわけじゃない。操縦した通りにしか動かなかった」
レグナは左の手首を押さえる。
その感覚をレグナは知っている。
左手首にある小さな逆鱗が、竜骨と繋がり、共振する感覚。
つまり、乗り手と竜騎を逆鱗が繋げている、ということだろうか。
「……ま、そういうことだ。俺はもう竜騎には乗らねぇ。その資格を失ったからな」
そう言って浮かべた笑みは、自嘲と寂寥に塗れていた。
「——それでも俺は、あんたのお陰で今ここにいる」
「……ケッ。そんなもん飯の種にもなりゃしねぇ。感謝してるってんなら、カミヤのババアの茶でも差し入れろ」
「……そうだな。でも、酒はほどほどにしておけよ」
「クソデケぇお世話だ」
レグナはそれ以上、何も言わずドアノブに手を掛ける。
「最後に偉大な先輩から、一つだけ教えを授けてやる。十年も前のことを未だに引き摺る馬鹿野郎にな」
その背中に投げかけられた言葉に、レグナは振り返る。
「罪滅ぼしなんざねぇ。今更何をしたって、過去は変わらねぇしお前がお前自身を許せる日も来やしねぇ。だからそのつもりでこの件に首を突っ込もうとしてるならやめとけ」
この騒乱は、このまま進めば全てのアタランテを巻き込み、多くの犠牲を出すことになるだろう。
なんとかしてそれは食い止めたい。その意思はある。しかしそれが、あの日から渦巻く罪の意識から来ているのかは、自分でも分からないでいる。
グラードの言葉通り何人の生命を救おうが、ノアを死なせた事実は小揺るぎもしないのだから。
「それでも、やれるだけのことはやる」
それだけ言い放ち、ドアを開いて外へ出る。
そうしないと、呼吸ができない。
酸素を求めて水面を目指すように、救いを求めて必死にもがいている。
水面まで、あとどれくらいだ?
水面に顔を出したとしても、そこに空気があるのかも分からない。
それでもただ、もがいている。




