第三十七話 帝都への帰還
帝都カエレルム竜狩り特区。
普段は昼夜問わず開き放しのその門は、今や固く閉ざされていた。
「何者だ!」
門の上から高圧的な声が投げられる。声の主は帝国兵、それも制服から見るにあれは憲兵だろう。その両脇にはこちらへ銃口を向ける兵士が二人侍っている。
「13号、110号、志願27号だ。北方、サペでの狩猟任務を終えて帰投した」
レグナはハッチから身を乗り出し、両手を頭上に掲げて応答する。
「……そのまま待て」
面倒臭そうに顔を顰めると、憲兵の男は視界から消えた。
現時点でシデラで聞いた話が全て事実である確証はないが、帝都が非常事態に置かれていることは間違いなさそうだ。
「何があった? こんな厳重な警備、ただごとじゃない」
今尚こちらへ銃口を向ける二人に問う。何も知らない体で放った言葉は、少しばかり白々しく響いたかもしれない。
「静かにしていろ! おかしな真似をしたら撃つ!」
「……そうかい」
その過剰なまでに神経質な反応を見るに、「何を言われてもそう返せ」、そんな指示を受けているのだろう。それを察したレグナはすぐに大人しく引き下がることにした。
それからたっぷり三十分ほどが経ち、ようやく憲兵の男が戻って来た。
「三名とも竜騎を降りろ。保安検査の後、特区へ入れてやる」
レグナたちは指示通り竜騎を降り、門上へ声を上げる。
「竜騎はどうなる?」
「軍で保管する。狩りの際は返却されるが……当分ないものと思え」
「……そいつは参るな」
レグナの騎体に施された違法な改造は、規定の検査では分からないよう巧妙に隠されている。
竜骨に住み着いたマイアについても、それで見つかるようなヘマはしないだろう。
しかし、騎体ごと解体されたりすると取り返しがつかない。
何より、竜騎無しには帝都を出ることすら叶わないのだ。
やはり帝都に戻ったのは失策だっただろうか。
しかし、要塞にいるイーギルたちに合流すればもう、叛逆者として帝国と戦う他なくなってしまう。
また、帝都に戻らずどこかに身を潜めるにしても、狩猟任務の期限を過ぎて帰還しなかった場合、逃亡者と規定され、死亡が確認されるまで軍に追われることになる。
現状を把握し、今後の行動を決めるためにも、やはりここは一度帝都に戻る他はないと、そう判断しての帰還だった。
「おい、その娘は誰だ。竜狩りじゃないだろう」
竜騎を明け渡す以上隠し通せるはずもなく、堂々と隣に立たせていたマナに兵士が詰め寄る。
「俺の妹だ。……竜騎の中に隠れてついて来てたんだ」
「……」
兵士にジロリと睨まれたマナが、レグナの服の裾を掴んでその背に隠れる。
「……まあいい。くれぐれも妙な動きはするなよ。これ以上薄汚いアタランテの血で、神聖な帝都を汚さんためにもな」
「胸に刻んでおく」
いつになく念入りな保安検査が終わり、ようやく門が開いた。
その先に広がるのは、いつものじめじめとした特区の光景だが、入り口には軍用竜騎が並び、そこかしこで銃を持った兵士が巡回している。
「お前らは家へ帰れ。俺は少し、寄るところがある」
「了解ッス! じゃあまた!」
ルフスは居ても立ってもいられない様子で駆け出した。
「わっ……私は先生について行きます!」
「カーラさんに早く顔を見せてやれ。心配してるだろ」
「う……。そうですね……そうします……」
ナトラはレグナの方をチラチラ振り返りながら帰路についた。
「……さて、と」
「どこへ行くの?」
マナがレグナを見上げる。
「旧い……知り合いのところだ」
無秩序に立ち並ぶ荒屋の間を進み、特区の奥へと進んでいく。
入り口付近に比べると兵士の数は幾分少ないように思えたが、やはりどこにいても視線を感じる。
レグナはやがて、一軒の小さな家屋の前で足を止めた。
息を吸って、ゆっくりと吐き、毛羽立った木製の扉を手の甲で三度叩く。
「……誰だ?」
少しの間を置いて低く、くぐもった声が響いた。
「……レグナだ」
「——入れ」
ノブに手をかけ、引く。
ギィ、と少し不快な音と振動を手の中に残してドアが開いた。
薄暗い室内は、むっとした酒の匂いで満たされていた。
その奥に、椅子に深く身を預け、両足をテーブルの上に投げ出した隻腕の男。
男の名はグラード。
“シレンスの悲劇”を生き延びた、伝説の竜狩りその人だった。




