第三十六話 選択
「帝都で……叛乱?」
翌朝、再び白月の元へ集められたレグナたちが聞かされたのは、耳を疑うような報せだった。
ナトラとルフスは息を飲み、レグナを見る。
「正確には帝都の南、ウルズ要塞をアタランテの一団が占拠。帝都周辺で狩猟していた竜狩りの一部が、これに呼応したとの報せだ。帝都では戒厳令が敷かれ、出入りも制限されている」
カイランが帝都を中心とした地図を指し示しながら説明する。
「……特区はどうなってる?」
レグナが投げかけたのは、家族を特区に残しているナトラやルフスが、最も気になるであろう質問。同時にその質問にはシデラの諜報網が、どれほどの規模と精度を持っているのかを量る意図もあった。
「封鎖され、軍の管理下に置かれている。首謀者とされる三名の家族は拘束されたようだが」
「首謀者? 誰だ?」
「まぁ待て」
書類に目を走らせ、答えようとしたカイランを止めたのはルクスだった。
「それを知り如何にする? 帝国へ戻り叛乱に与するか? それとも帝国に与し、造反者を叩くのか?」
「……知らん。まずは今何が起きているか把握しないと、何も決められない」
「ふむ、それは尤もよ。カイラン、教えてやれ」
「はっ。——首謀者とされるのは6号、8号、9号の三名だ」
「イーギル、シン、アクィラか……」
三人ともレグナより年長の、経験豊富な龍狩りだ。
そして、竜狩りならその身分や帝国そのものに不満や怒りが無いはずもない。
しかし、彼らは皆実力者ゆえに多くの家族を抱えている。その家族を帝都に置いたまま、叛乱などするだろうか。
アタランテを道具として使い捨て、虐げながら竜騎という兵器を与え、野に放つ。この制度を何百年も成立させている一因こそが、家族という鎖なのだから。
「知っているのか?」
「一桁を知らない竜狩りはいない。だが……、こんな無謀な叛乱など起こすような連中だったか……?」
長く戦い、生き延びてきた竜狩りの多くは保守的だ。
帝国の作り上げたシステムに身を預けることこそがアタランテが生きていく唯一の道だと、嫌という程分からされるからだ。
特に、その中で最年長のイーギルはレグナが知る限り悪く言えば俗物的、良く言えば超が付くほどの現実主義者だ。
帝国側に付いて、叛乱軍の鎮圧に従事する方がイメージし易い程度には。
「そして、もう一人重要人物が」
「誰だ?」
「リヴィア・ノクティルカ。監察官として狩猟隊に参加しており、殺されたか、人質にされたか——共謀者かは現時点で不明だ」
「な——」
よく知った名に、レグナは絶句する。隣に立つナトラもまた、青ざめた顔をしていた。
「私どもも、これを単純な、アタランテによる叛乱とは考えておりません。なので、これをあくまで一つの契機として受け止めています」
割って入ったのはシグネだ。
「契機? おい、まさか——」
「帝国内部に不穏分子が生まれ、歪みが生じております。これは、竜を犠牲に栄える帝国を打ち破り、世界にその過ちを知らしめる千載一隅の好機である、と」
おっとりとした口調は鳴りを潜め、凛とした声はまるで別人のようだった。
「まるで——あんたらが仕組んだかのようだな」
「信じていただけるかは分かりませんが、私どもは何もしておりません。恐らく糸を引いているのは——」
「黒月。あやつじゃろうな」
頬杖をついたルクスが、シグネの言を継ぎ面倒臭そうに言う。
「黒月ってのは帝国の建国にも関わってるんだろ? なんで今更その帝国を壊そうとする」
「知らんよ。大方、必要になったのじゃろうな。一度、拵えた卓をひっくり返すことが」
黄金の瞳が遠くへと向けられる。
その視線に、悠久の時が滲む。
「して、ぬしらは如何にする? ここへ残ると言うなら衣食住は保証しよう。仕事はしてもらうがの」
「帝都へ戻る」
レグナはルクスが言い終わるより早く返答した。
「即答か。戻ってなんとする? もうぬし一人に止められるような事態ではあるまい」
「あそこには知った顔が多すぎる。救えるだなんて自惚れちゃいないが、知らん間に死なれたら目覚めが悪い」
「ふむ。ぬしらは?」
「私は先生について行きます」
ナトラもレグナに負けず劣らず、即答で返す。
「俺も家族が心配なんでね。帰る一択ッス」
「……俺は……姉ちゃんとここに残る。残らせて欲しい。どんな仕事でもするから」
ずっと俯いていたフォロが、顔を上げて言う。握りしめた拳は小刻みに震えていた。
「——ええじゃろう。小僧、わしに刃を向けた分、たっぷりこき使ってやるから覚悟しておけ」
ルクスは、にっしっしと歯を剥いて笑い、フォロは背筋を震わせた。
その背中をレグナが手のひらで叩く。
「お前が自分で選んだんだ。背筋を伸ばして胸を張れ」
「……うん。……えっと……」
「サペのことが気になるか?」
「……身寄りのない俺をどうするか、ずっと揉めてて。村長が面倒見てくれてたけど、俺、どうにも居心地が悪くて。死んだってことにしたら、きっと皆ホッとするんじゃないかって」
「子供が変な気を回すな。——姉が生きてて、フォロはそこに残ったと、事実をそのまま伝えておく」
むしろ、厄介払い出来た上に罪悪感も抱かず済む、村人にとり最善の結末と言えるだろうが。
「……分かった。そしたら、村長に礼を言っておいて欲しいんだ」
「任されてやる」
「俺も……あんたみたいに強くなれるかな。姉ちゃんを、守れるように」
「……俺くらいならすぐ追いつけるだろうよ」
それでは、大切なものを守れるかは保証できないが。と、続く言葉は口にしなかった。
「それでは皆様、竜騎までご案内いたします」
「随分すんなり帰らせてくれるんだな」
レグナは足を止めてルクスを見る。
「わしらの目的は既に達せられたからの」
「なんだ、それは」
「ぬしらは世界の成り立ちを識り、理を垣間見た」
「……あんたらの話を鵜呑みにするつもりはない」
「それで構わぬ。その先に生まれる選択にこそ、価値があるのじゃから」
ルクスの抽象的な物言いに、レグナは首を振り、踵を返す。
「ゆくがよい、特異点よ。いずれまた、転換点で相見えようぞ」
その背に投げかけられた言葉の真意を、レグナたちは知る由はない。




