第三十五話 無力
ランプが照らす執務室に、静寂が満ちる。
橙色の灯りが、その色味に反してやけに冷たく映った。
四人はただ立ちすくみ、信じられないものを見るようにヴァレリウスへ視線を注ぎ、そして、反芻する。
叛逆者という言葉を。
「彼らは……彼らは叛逆などしていません! 誤解から軍が先に攻撃し、やむを得ず反撃を……監察官として私が証言します!」
静寂を破ったのはリヴィアだった。
「——ノクティルカ監察官」
必死の形相で言い募るリヴィアは、その一言で凍りつく。
「問題は結果と、現状です。あなた方は南方駐屯軍に甚大な被害を与え、逃亡。これは疑いようのない事実だ」
その言葉に激昂したシンが一歩、前へ出た。
「ならオレらは大人しく殺されてりゃ良かったってのかよ!! 冗談じゃねぇ!!」
「落ち着けシン。長官、あなたには聞かねばならないことが山ほどあるが——」
アクィラがシンを制止し、左手で眼鏡を押さえる。
「なぜここにおられる。南方から帝都まで通信は届かない。我々が帝国軍と交戦したことはまだ帝都には伝わっていないはずです。少将らを殺したのもあなたなのか?」
ヴァレリウスの口角が、吊り上がる。
「てめェ!! ハメやがったな!?」
イーギルが机越しにヴァレリウスに掴み掛かろうと前へ踏み出す。
その刹那、どこからともなく現れた暗器がその首筋に当てられ、イーギルは動きを止めた。
刃の切先から、血が一筋伝う。
その刃の主は全身を黒装束で覆い、顔は見えない。まるで闇の中に溶け込んでいたかのように、突然そこに現れたのだ。
「……何を企んで……いや、俺らに何をさせるつもりだ」
イーギルの問いに、ヴァレリウスは笑みを深める。
「この要塞はあなた方へのプレゼントだ。帝国に抗するにも、拠点は必要でしょう」
「……彼らを帝国にぶつけようと……? まさか、最初からそのつもりで火器を彼らに……。しかし、なぜ……?」
顔面蒼白のリヴィアが、震える唇でなんとか言葉を紡ぐ。
「名門ノクティルカ家の令嬢がアタランテを唆して帝国に反旗を翻した——そんなシナリオも面白い。君の父上と兄上も、汚名を雪ぐため動くだろう」
「……ッ!!」
リヴィアは口を両手で押さえたまま、耐えきれなくなったようにその場にへたり込んだ。
「それでは、私は帝都へ戻るとしよう。母上が待っているのでね。——君たちには期待しているよ」
ヴァレリウスが立ち上がると、執務室の隅に吹き溜まっていた闇の中から、さらに三人の黒装束が現れた。
「さあ、抗って見せたまえ。帝国に。その呪われし運命に」
四人の黒装束に守られながら、しかし一人分だけの足音を鳴らしてヴァレリウスは去って行った。
呆気に取られたように、リヴィアたちはその場を動けずにいた。
「くそッ!!」
シンが扉を開き、廊下へ出た時にはもう、ヴァレリウスたちの姿は無かった。
「——投降すべきだ」
最初に口を開いたのはアクィラだった。
「投降して、事象を詳らかにし、誤解を解く他ない。幸い、ノクティルカ女史の証言も得られる」
「そんなの、奴らが信じてくれるか?」
執務室に戻ったシンが言いながら、床に胡座をかく。
「……俺たちはアタランテだ。裁判にかけられる権利すらねぇ。弁明の機会なんて与えられるわけがねぇ。南方軍をやったのは事実だからな。良くて極刑。悪くて子供まで皆殺しだ」
「待て、早まるな! 私が……私がなんとかする! どうか……信じてくれ!」
イーギルの言葉に、リヴィアが咄嗟に歯止めを掛けようとする。
「あんたに何ができる? ノクティルカの人間だっつっても、まだ19の小娘。しかも末子だろ? 誰が耳を貸すっつーんだ」
「父上なら……父上なら聞いて下さるはずだ!」
「どうやって将軍に接触する? あんたももう、叛逆者として指名手配されてるだろうよ」
リヴィアの父セヴェルスは今は帝都にいるはずだ。
しかし確かに今、のこのこ帝都へ向かえばすぐに捕えられてしまうだろう。
「……なら、どうするつもりだ! よもやこの要塞に陣取って帝国軍とやり合おうと? 無謀を通り越して、笑い話にもならんぞ!」
「……死ぬだろう。一人残らず」
アクィラの声には確信があった。
同時にどこか、覚悟を決めたような響きがあった。
「上等じゃねぇか」
イーギルが、先ほどまでヴァレリウスが掛けていた椅子にどっかと座る。
「一人でも多く、帝国の連中を道連れに死んでやろう。竜に殺られるよりよっぽどいい。なんの不満もねぇ、上等な終わり方だ」
「それだけでは不足だ。限界まで抗い、我々の投降と引き換えに家族の処分を免じてもらう。そのためにも、可能な限り大きな戦果が必要だろう」
ああ、駄目だ。
私では……私ではもう止められない。
彼らを——彼らの破滅を。
「へっ。ずっと、あいつらに一矢報いてやる機会を待ってたんだ。こうなったらとことんやってやろうぜ!」
巨大な流れに飲み込まれ、私は無力だ。
帝竜に敗れたあの日から、この無力感を味わいたくなくて必死で抗ってきたというのに。
何も変わらない。
何も、変えられない。
私に、父や兄のような力があれば
——彼らを救えたのだろうか。




