第三十三話 霧に沈む
帝国陸軍南方駐屯軍第2師団・第3竜騎旅団。
百五十騎からなる、竜騎を主軸に構成された部隊だ。
その主たる任務は、帝国領南に広がるベルスス大森林以南より帝国を脅かす敵の監視である。
敵とはすなわち、”禁足地”を含む大森林の南に位置するラクーナ皇国軍及び、大森林内で発生した竜を指す。
だが、この度帝都より下された指令は、そのいずれにも当てはまらないものだった。
「……!! 前方に騎影!! 数は……霧が濃く、正確な数は不明!!」
「五十騎ほどと聞いていたが……それよりは大分多そうだねぇ」
旅団長アルベルト・フロンデスは口髭を撫でながら双眼鏡を覗く。
「……本当に火器装備してんじゃないの」
アタランテ反乱分子がウルズ要塞を襲撃し、火器を強奪して南方へ向かった。第3竜騎旅団はこれの南進を阻止せよ。
目を疑うような指令だった。
帝国は完全にアタランテを飼い慣らしている。アルベルトはそう考えていたからだ。
事実、アタランテによる大規模な叛乱などアルベルトの知る限り、百年単位で起こっていない。
精々が単独、あるいは少数の他国への亡命騒ぎ程度だ。
「……ん? ちょっと待って。あれ、ノクティルカの旗印じゃない?」
濃霧の中、風に揺らぐ旗へ目を凝らす。
薔薇冠の紋章。
見紛うはずもない。あれは名門ノクティルカ家の紋章だ。
——強い違和感を覚える。
直感、というよりはむしろ、経験から生まれる強い違和感だ。
「警戒はそのまま。ワタシが指示するまで絶対に撃つんじゃないよ」
短く指示し、通信機をオープンチャンネルに切り替える。
「前方のアタランテ隊へ告ぐ。こちらは南方駐屯軍第2師団・第3竜騎旅団旅団長、アルベルト・フロンデス大佐。あんたらを討てと言われてる。けど、何か誤解があるんじゃない? 代表者と話がしたいんだけど」
返答を待つ。
が、通信機は沈黙したままだ。
通信機のステータスを確認するが、異常はない。
一方で、前方に並ぶ騎影も行軍を止め、こちらの様子を伺っているように見える。
おかしい。
その確信は強まっているが、答えに辿り着けない。
睨み合いが続く。
霧は晴れず、風が吹いても流れることなく留まっている。
「何……? あれは」
霧が——手毬ほどの大きさに白く集まると青い光を放つ。
その塊は意思を持つようにフラフラと飛ぶと、前衛に立つ一騎に吸い込まれるように消えた。
その騎体の左腕が、不気味に軋みながら上がる。装甲の継ぎ目からは、赤い光が漏れ出ていた。
左腕はまっすぐに、前方の騎体へ狙いを定める。
「……! 待ちなさい!」
「き……騎体が勝手に……!!」
その腕へアルベルトが手を伸ばした時にはもう、火砲は放たれていた。
それに続くように、一斉に砲火が上がる。
アルベルトは必死に制止したが、一度開かれた戦端は瞬く間に燃え広がる。
アタランテも即座に応戦し、辺りは瞬く間に地獄絵図と化した。
数で勝る第3騎竜旅団はしかし、アタランテたちの無軌道な動きに翻弄され、まともに砲撃を当てられない。
一方で、火砲を得たアタランテたちは反動や取り回しにもすぐ適応してきた。
南方ではもう、何十年も戦など起きていない。
あったのは、狩りだけだ。それも、数を頼りに火砲を叩き込む一方的な虐殺だ。
それに対し竜狩りたちは限られた武器、性能の劣る竜騎で数で勝る竜と日夜戦い続けてきたのだ。
その圧倒的な経験の差が、戦場を支配していた。
しかし、1.5倍にも達する数的有利は、じわりじわりと戦況を第3旅団へと傾けつつあった。
指揮官たるアルベルトがこの不可解かつ不条理な戦場にあって、狼狽することなく冷静かつ正確な指揮を執っていたのも大きい。
アタランテたちは徐々に後退し、18騎を喪失したところで撤退を開始した。
それに対し、アルベルトは追撃を許可せず、その場に留まることを選択した。
「中大破54騎……ね。いやぁ、やられたね。懲戒モノだよ」
いつの間にか霧は晴れていた。
辺りに散らばる竜騎の残骸。
火砲により、穴を穿たれた平野。
立ち昇る黒煙。
青く晴れ渡った空を見上げて、アルベルトは深く嘆息する。
何か、得体の知れない意思が動き出した。
そんな予感に。




