第三十二話 動乱の幕開け
帝国領南部に広がるウルズ平原を、竜狩りの隊列が進む。
夜中から降り始めた雨のせいで辺りは濃い霧に包まれ、前を進む竜騎の背も霞むほどだ。
その数は百と一騎。二個大隊に相当する大戦力である。
「しっかしよ、火器使用許可とは太っ腹なこって」
通信機から響く荒っぽい声の主はイーギル。番号は6号の、熟練の竜狩りだ。
「あのレグナが仕留め損ねた相手だ。無理もないだろう」
それに返答したのはアクィラ。イーギルと同様、一桁の9号を当てられている。経験に裏打ちされた冷静な判断で、他の竜狩りからの信頼は厚い。
「けッ! レグナの小僧、”最強”だのと持ち上げられて天狗になっちまってたんじゃねぇか? で、ヘマしやがったと。オレらで帝竜を仕留めてどっちが上かはっきりさせてやらねぇとなぁ!」
「……そうなることを願うが」
「なぁ、監察官殿。レグナ……じゃわからねぇか。13号じゃ狩れねぇと判断して、オレらにお呼びが掛かったんだろ? ま、期待しててくれよ。なにせ、一桁が三人もいるんだ。帝竜相手と言えど遅れをとるつもりはこれっぽっちもねぇ」
イーギルは言葉に不安の色を滲ませるアクィラから、その矛先を監察官へ移した。言いながら指で「これっぽっちも」のジェスチャーを取るが、通信機越しの会話で、当然誰にも見えていない。
「……ん? ああ、期待している」
一人、考えに耽っていた監察官——リヴィアは突然呼びかけられ、思わず気のない返事を返した。
「んー? あんた、レグナの小僧と随分仲が良いって噂だが、まさか……デキてんのか? やめとけやめとけ! 竜狩りになって十年も経つのに子供も作らねぇ甲斐性なしなんか!」
「……ッ!? 何を言う! 私とレグナはそんな関係では——」
咄嗟に反論し、名前を呼んでしまったことに気づき口を噤む。
「レグナ……ねぇ?」
イーギルの口角が吊り上がる。
退屈な行軍だが、貴族の小娘を揶揄って暇が潰せそうだな、などと考えていた。
「……おい、あれはなんだ?」
先頭を行くシンが合図を出し、全隊が停止する。
霧の先に黒い影が立っている。
それも、一つや二つではない。
「竜……? いや、竜騎か?」
アクィラが眼鏡の位置を直して目を凝らす。
「竜騎だな、ありゃ。けどあの数は竜狩りじゃねぇな。軍か?」
「私が確認しよう」
リヴィアは竜素通信機を操作し、広域のオープンチャンネルへ接続する。
「前方の竜騎隊へ。こちらはリヴィア・ノクティルカ。帝国陸軍少尉、アタランテ特区管理局所属の監察官だ。我々は帝国領南部に発生した竜の狩猟任務に従事すべく南下中だ。通行を許可されたい!」
少し待つが、返答はない。
「繰り返す! こちらは——」
「回避しろ!! 撃ってくるぞ!!」
「なにッ!? くそ!!」
シンが通信に割り込み、百機のアタランテが即座に不規則な回避行動に入る。
「莫迦な!! あれは——」
霧の向こうで閃光が連続し、ドン、ドン、と轟音が続く。
「——帝国軍だぞ」
足元へ着弾した砲弾が炸裂し、土煙が上がる。
爆音に脳が痺れ、足場を穿たれた騎体が体勢を崩す。
一体、何が起こっている。
遠のきかけた意識を引き摺り上げて、思考を巡らせる。
その間にも砲弾が竜狩りたちを襲い——その内一つがリヴィアの騎体を捉えた。
「……ッ!!」
左腕の連弩と一体化した盾でなんとか防ぐが、強い衝撃に騎体は転倒した。
「監察官!! 応戦するぞ!! 許可を出せ!!」
イーギルが叫ぶように言う。
「ま……待て!! あれは帝国軍だ!! 何か誤解があるはずだ!!」
「ならオレたちにこのまま殺されろって言うのか!? もうやるしかねぇ!! やらねぇとあんたもここで死ぬぞ!!」
「くッ……!!」
リヴィアは祈るように通信機を操作し、声を上げた。
「帝国軍!! 我々は敵ではない!! 攻撃をやめてくれッ!!」
だが、砲弾の雨が止むことはなかった。
その一発がリヴィアの斜め前に立つ小型騎に直撃する。
剥き出しのコクピットに乗る若い竜狩りは、リヴィアの目の前で跡形もなく消し飛んだ。
ドン。
リヴィアの隣に立っていた騎体から砲火が上がった。
放たれた砲弾は前方の一騎へ吸い込まれるように飛び、爆炎が上がる。
「やめろッ!! 撃つなッ!!」
リヴィアの必死の叫びも虚しく、堰を切ったように次々と火砲が炸裂する。
竜騎たちは平野を縦横無尽に駆けながら、火砲を放っていく。
もはや、リヴィアに止める術はない。
ただ茫然と、目の前で始まった殺し合いを眺めていた。
聖歴761年11月20日。
この日、帝国の歴史を揺るがす騒乱の幕が上がったのだった。




