断章8 湮滅
草木がパチパチと音を立てて燃え、光によって穿たれた巨大な溝を夜闇に浮かび上がらせている。
恐らくは発生源であるシレンスから、俺たちのいる地点、そして、その先まで。
世界の終末を思わせる光景に、俺はただ茫然と揺れる炎を見つめていた。
ノア——ノアはどこだ。
横倒しになった騎体をなんとか立ち上がらせると、通信機を操作する。
監察官の騎体はあの光に飲まれて、跡形もなく消えた。
もう広域通信はできないけど、ノアはまだ近くにいるはずだ。
「ノア! どこだ! ノア!」
俺は通信機に向かって必死に呼びかけた。
ザ……ザザ……。
「……グナ! 生きてたか! 丘の……だ! 三匹!」
俺はすぐに街道右手の丘を向いた。
騎体がギシギシと軋み、重たく感じられる。衝撃で内部骨格が歪んだのかもしれない。
一歩一歩、丘を登る。
一秒が恐ろしく長く感じる。
なのに心臓は壊れたみたいに早く鳴って、俺はただ、祈るように操縦桿を前に倒していた。
ようやく、目線が丘を越える。
——二つの月に照らされて、ノアの騎体が舞っていた。
竜の突進を躱し、矢を撃って足を鈍らせ、斬りつけて、また距離を取る。
思わず俺は見惚れていた。
グラードの戦いを見た時みたいに。
すでに一頭は血に塗れ、倒れている。
ブレードが弧を描き、正面の一頭を斬り伏せる。
俺は深く息を吸うと、その背後の一頭に狙いを定めた。
矢が夜の冷たい空気を切り裂き、頸へ突き刺さると、竜はギャッと声を残して力尽きた。
「遅いぞ! ほとんどボク一人でやっちゃったじゃないか」
「悪い。故障だ」
ノアの軽口に応えつつ、俺は心底安堵してた。
まだこの窮地を脱したわけじゃない。けど、あの光の攻撃を俺たちは生き延びた。ならきっと、ここで死ぬ運命じゃないんだ。
「前衛はどうなったんだろ……」
ノアの騎体に支えられるようにして丘を降り、街道に戻った俺たちは帝都へ続くその道に目を凝らした。
炎は草木を焼き尽くしながら、少しずつ街道から離れつつある。
「……道を開いてくれたと信じて、先へ進むしかないな」
あの光は恐らく、前衛の左翼を直撃したはずだ。
ハディトたちはそれでも止まらず戦っただろうが、今どうなっているか知る術はない。
「グラードさんは?」
「……分からない。直前の立ち位置からして、熱線を食らったとは思えないけど」
俺はあの瞬間の状況を必死に思い出して言う。
「とにかく、前へ進もう。なーに、竜が出たらみんなボクが倒してやるよ。レグナは矢で援護でもしてなよ」
「……悔しいけど、今はそれくらいしかできないな。それに、さっきの……」
月明かりの下、踊るように竜を狩るノアの姿が蘇る。
その姿に、正直俺は見惚れていた。やっぱりノアはすごい奴だと改めて思った。
「さっきの?」
「……なんでもない」
けど、認めるのはなんか癪だったし、それを言うときっと図に乗るだろうから言わなかった。
「なんだよ。はっきり言えよ」
そんな、いつも通りのやりとりが今、地獄にいるってことを忘れさせてくれた。
けれど、地獄は決して、俺たちを手放してはくれなかった。
「こ……れは……」
街道を進んだ俺たちが目にしたのは、鋼鉄の装甲ごと両断された騎体、騎体、騎体。
その、乗り手諸共。
その中心に転がる中型騎は、コクピットのあるコアブロックを切断されていた。
鮮血に塗れたコクピットが露出し、そこには見覚えのある顔があった。
ハディトだ。
「信じられない」。そんな顔で硬直し、下半身を失っていた。切断面からは、外壁を失った臓腑が大量の血と一緒にこぼれ落ちている。
「な……なんだよ……これ」
ノアの声が震える。
俺は吐き気を抑えるのに必死だった。
近くに竜の死体はない。
つまり、ハディトたち精鋭が、一方的に殺されたということだ。
そして、これをやった奴が、きっと、まだ近くにいる。
俺は左手首に強い熱を感じた。
逆鱗が赤く、熱く、光を放っている。
震えている。
その震えは悪寒と共に全身へ伝わる。
共振している。
その指し示す先を見る。
丘の上でそいつが——俺たちを観察するように、じっと見ていた。
ふた振りの刃に、ふたつの月が透けている。




