断章7 煉獄
「ノア! 左だ!」
「でぁぁぁああ!!」
ノアが突き出した左腕は、襲いかかる走竜の口へと正確に捩じ込まれ——放たれた竜穿杭がその頭部を刺し貫く。
そこへさらに飛びかからんとする一頭を俺は左腕で引きずり倒し、即座にブレードを振り下ろして首を刎ねた。
コクピットの上で返り血を浴び、肩で息をするノアが見える。
街道を進む鋒矢陣の後列は、左右から波状的に竜の襲撃を受けて崩壊しかけていた。
ハディト率いる前衛は、前方から迫る群れを切り裂くように進んでいるが、後列の崩壊によりその勢いも削がれつつある。
俺とノアは若手で構成された後列にあって奮戦していた。
もう何頭殺したか分からない。
途中までは競い合うように数えていたが、無我夢中で戦っている内にどうでもよくなった。
何より、すぐそばで呆気なく死んでいく他のアタランテたちを前に、そんな気分はすぐに吹き飛んでしまった。
「ハァ……ハァ……。なんだノア……もう疲れたのか?」
「ハァ……バカ言え。お前こそ息が上がってるじゃんか」
「……ようやくコツが掴めてきたところだ」
正直言って、もういっぱいいっぱいだった。
張り詰めた糸がいつ切れるか。
ギリギリで持ち堪えている戦線も、いつまで維持できるかわからない。
俺たち後衛は、監察官の乗る中型騎の護衛もしなきゃならない。あれが無いと広域通信ができなくなるからだ。そうなれば総崩れは免れない。
けど、この場にいる誰よりも立派な騎体に乗りながら、あいつは一切、戦う意思すら見せなかった。
「右から中型三! うわぁあ!!」
誰とも分からないその声で、半ば無意識に右を向く。
今進んでいる街道の、右手にある丘の上で小型騎が高く撥ね飛ばされるのが見えた。あれは斥候騎だ。
丘の上、月に照らされた巨大な影が三つ現れる。
かと思えば、次の瞬間に奴らは丘を駆け下り始めた。
俺たちを目掛けて、まっすぐに。
デカい。
今まで相手にしてきた小型とは比べ物にならない。
なのに速い。
みるみる影は大きくなっていく。
俺たちは必死で矢を放ったけど、ほとんどが外れ、当たっても奴らは足を止めなかった。
倒せない。
そう判断した時には、奴はもう見上げるほど近くに迫っていた。
紅く燃える瞳が俺を見下ろし、月明かりに照らされた爪が鈍い光を返す。
——その次の瞬間、俺は熱く、真っ赤なシャワーを浴びていた。
目の前で、喉笛を切り裂かれた竜が口から血の泡を吐きながら声も上げずに地に沈む。
「ぼさっとするな、てめぇらは小型をやれ!! こいつらは俺がやる!!」
グラードの小型騎だ。
竜の尾を紙一重で躱し、その尾を右腕のブレードで斬りつけるが、その刃は骨で止まる。そこへすかさず左腕を振り下ろして切断した。
悲鳴のような咆哮が響き、バランスを失った竜が転倒する。
もう一頭が振り上げた右腕へ、即座に矢が撃ち込まれる。
すぐさまグラードは矢にはね上げられたその腕の下に騎体を滑り込ませると、足首を切り裂いた。
巨体がぐらりと傾ぎ、膝をつくと咆哮を上げた。
怒りを叩きつけるような声だった。
が——その声は力づくで封じられた。
「うるせぇな! 夜間に騒ぐな!」
その口へ強引に突っ込んだ竜穿杭のロックが外れ、
バシュ!
鋼の杭が竜の脳を頭蓋ごと穿った。
ずるり、とその口から血に濡れた左腕を引き抜くと、今度は尾を失い、走ることができなくなった竜へと向き直る。
それでもなお、竜はグラードへ殺意を向け、足を前へ出す。
グラードは左にステップを踏んで牙を躱し、突き出したブレードが竜の胴を捉える。
刃は正確に、その心臓を貫いていた。
俺とノアはそれを、夢中になって観ていた。
俺たちと同じ小型騎のはずなのに、こうも違うものか。
竜の攻撃を躱し、いなし、反撃は最小限かつ的確にその生命を奪う。
——生き残っていれば、いつかはこうなれるのか。
視界の端に強い光が映った。
シレンスの方向だ。
俺たちは——グラードも思わずそっちを向いた。
そのすぐ右を——巨大な光の柱が通過した。
光と轟音、熱風に包まれ、俺は視界と聴力を奪われた。
ほぼ同時に、俺は騎体ごと吹っ飛ばされた。
耳鳴り。
目の前は真っ白で、衝撃で意識が飛びそうになる。
爆風が収まり、視界が戻った俺の目の前にあったのは、半円筒状に大きく穿たれた大地だった。




