第三十話 客室にて
シグネに案内された客室は、随分と立派なものだった。竜狩りに、あるいは敵国の捕虜にあてがわれるものとしては不相応としか言いようがないほどに。
部屋を飾る調度品は、帝国の庁舎で見るものとまるで趣が異なる。
竜を象ったものが多く、一方で精巧さは遜色ない。それを見ても、シデラが帝国に劣らぬ文明を持っているのは明らかだった。
部屋に入るところで靴を脱がされたが、足元に敷かれた絨毯はふかふかと心地よく、なんならレグナの寝床よりもよほど寝心地が良さそうだった。
マナは部屋に入るやいなや、頭からベッドに飛び込むと動かなくなり、そのまま寝息を立て始めた。
そして、地下深くにありながら、窓の外にはシグネが中核と呼んだ大穴が広がっている。
そこからの景色は、シデラが決して未開の蛮族などではあり得ないという事実を、これでもかと示していた。
「……だからこそ、この部屋なんだろうが」
座り心地の良いソファーに深く身を預け、天井を見上げる。
明らかに、捕虜の扱いではない。
部屋から出るな、とも言われておらず、鍵を掛けられた様子もない。
それどころか、自由に外を見て回っても構わないとシグネは言ってきたのだ。
さすがに監視は付いているだろうが、これでは賓客扱いだ。
「私たち、どうなっちゃうんですかね?」
誰もが抱いているであろう疑問を、最初に口に出したのはナトラだった。
「——向こうの狙いが分からん。今は従うしかないな」
保留。
これはあらかじめ出していた結論だ。
ここはシデラの、白月の腹の中だ。
どう考えても、脱出するなどというのは現実的ではない。
どこかで事態が動けば脱出する機会もあるかもしれないし、そもそも連中がレグナたちをずっと拘束しておくつもりかも分からない。
コンコンコン。
その時、ドアが柔らかく三度叩かれた。敵意はない、と伝えるようなノックだった。
レグナは立ち上がり、部屋の皆に口の前に人差し指を立てて見せる。
「なんだ?」
ノブを握り、ドアの前に立つであろう人物に向けて言う。
「シグネです。お客様をお連れしました」
「……客?」
ここにレグナたちを訪ねてくる客などいようはずがない。レグナはナトラ、ルフスと目を見合わせる。
だが、案じていても仕方がない。
シグネらに自分たちを害する意思はない。その直感を信じ、ドアを押し開いた。
シグネの隣に立つのは、一人の少女だった。その顔に、レグナは一切見覚えがない。
「ねぇ……ちゃん……?」
声の方を向くと、フォロが呆然と立ち上がっていた。
「……フォロ!」
フォロと少女は互いに駆け寄ると、強く抱き締め合う。
「姉ちゃん……生きてた……」
「……ここの人たちに連れてこられて……。他の子たちも一緒。今はここで働かせてもらってるんだ」
それを聞いたフォロは軽く突き飛ばすようにして、少女から離れた。
「だったらなんで! なんで帰って来てくれなかったんだよ!」
「……今はまだ帰せないって言われたんだ」
「俺……ひとりぼっちになって……あいつらを殺して、そのために死んでもいいって……」
「ごめん……ごめん、フォロ。……あたし、ずっとここにいてもいいって言われたんだ。望むなら、あんたも」
「……は? 何、言ってんだよ」
フォロの両手が少女の肩を押し、華奢な体が揺れた。
「あいつらは姉ちゃんを殺したんだ! そんな奴らとなんで一緒になんていられるんだよ!!」
「フォロ……? 何言って……あたしは生きて……きゃッ!」
さらに強く、突き飛ばされる形になった少女は床に尻餅をついた。
「嘘だ……嘘だ……嘘だ! 生きてるはずない! 姉ちゃんは死んだんだ! 竜に……竜に喰われて……ッ!!」
「そこまでだ。シグネ、一旦その娘を連れて行ってくれ。こいつには今は時間が必要だ」
レグナは今にも飛びかからんとするフォロの肩を押さえ、努めて静かな声でシグネに向けて言う。
「かしこまりました。セレナ行きましょう」
シグネは少女を立ち上がらせると、その震える肩を支えた。
ちらちらと振り返りながら歩く少女の背中がドアの向こうに消えると、フォロはその場に崩れるように膝をつく。
「素直に喜びゃ良かったんだ。——でもまぁ、そう簡単にもいかんよな。全部、失ったと思ってたんだから」
その小さな背中を一度ポンと叩き、ソファーへ戻る。
「けど、お前は失ってなかったんだ。あとはそれを、これからも失わないためにどうするかを考えるんだな。……後悔しないためにな」
それからしばらく客室内にフォロの泣き声が響き、ナトラとルフスは居た堪れない顔をし、目を覚ましたマナは目をパチパチと瞬かせた。




