断章6 赫焉
シレンスの北側に突き出た岬で、何かがチカチカと一列に光る。
一拍置いてドンドンと低い音が連続し、その直後海上に立つ巨大な竜の体で爆炎が連続して上がった。
あれは駐屯軍の竜騎による砲撃だろう。
帝竜の巨体は黒煙に包まれ——それを振り払うように前進した。
竜にとって、たったの一歩前へ歩いただけ。しかしそれによって起きた波が舟を木の葉のように押し流し、桟橋を破壊した。
「総員竜騎に乗れ!! 後退する!!」
ハディトの声で皆我に返り、自分の騎体目掛けて走り出した。
「11号!! 何を勝手な指示を出している!! アレを狩るのが貴様らの仕事だろうが!!」
監察官が竜を指差しながらハディトに食ってかかる。
「アレが手に負える相手に見えるのか? いいから黙って通信回線だけ開いてついて来い! 文句なら帰ってから聞いてやる!」
胸ぐらを掴む監察官の手を振り払うと、ハディトは身を翻す。
「——生きて帰れたらな」
響く爆音の中ポツリと呟くようなその言葉が、ずっと耳に残っていた。
その間も、岬からの砲撃は継続していた。
チカチカ光り、轟音を響かせ、爆炎が上がる。
しかし帝竜はそれを一切意に介すことなく街へと迫り、波が沿岸を洗う。
ふと、俺は帝竜の胸の辺りに一際赤い光が宿っているのに気づく。
光は少しずつ白に近づき、胸から喉へとせり上がり、その顔が岬を向く。
次の瞬間、そこにあったはずの岬が消滅していた。
竜の口から放たれた光が、駐屯軍ごと横に薙ぎ払ったんだ。
閃光に目が眩み、遅れて届いた爆音が鼓膜を叩き、次いで爆風が到達した。
俺は草を掴んで、地面にしがみつくみたいな体勢で爆風をやり過ごす。
爆煙と蒸気がもうもうと上がり、岬があった場所へ海水が流れ込み渦を巻いていた。
それはもう、ヒトの身で抗える存在とは認識できなかった。
「なにボサっとしてやがる!! 竜騎に乗れ!!」
その様子に魅入られるように固まっていた俺とノアは、グラードの声で竜騎へと走った。
街からは、家を飛び出した人々が逃げ出しているのが見えた。
「全隊鋒矢陣! 街道を抜け包囲を突破するぞ!」
ハディトの号令で、彼を先頭に矢印形の陣形を組む。
通常の狩りで陣形を組むことなど滅多にないと聞かされていた。実際、その経験がある竜狩りなどほとんどいないだろう。なのでこれは付け焼き刃と言わざるを得ない。
「ジェラーダ! 君たちはどうするつもりだ!」
ハッチを開いたハディトが、指示を飛ばしているジェラーダへ問う。
「……俺たちは特区を守らなきゃならん。女子供には竜騎もないしな。街の連中も含めて、避難を援護する」
「……分かった。なら僕たちが道を切り開こう」
「武運を祈るぜ、助っ人」
ジェラーダは手の甲でハディトの騎体を軽く叩いた。
その、コンという音を合図に、ハディトは号令をかける。
前進!」
そのまま先陣を切り、形を崩ず街道へ出る。
その直後、背後で光が瞬いた。
まるで真昼みたいに明るくなって、振り返ったシレンスの街は爆炎に飲まれていた。
「振り返るな!! 前だ!! 敵も、帰るべき場所も!!」
呆然とシレンスを見ていた俺たち後陣は、ハディトの声で一様に前を向いた。
「おい、新人ども。今は訓練所で習ったことは忘れろ。骨をどうこうなんて考えるな。これは狩りじゃねぇ。殺すことだけ考えろ」
グラードが俺たちの騎体に近づき言う。
「……お前らを戦わせるの本意じゃねぇが、こんなことになっちまった以上は仕方ねぇ。生き残るためだけに殺せ。目の前の敵を」
「……はい!」
「前方! 中型走竜の群れが真っ直ぐ突っ込んで来ます!」
「突破する! 続け!」
ハディトら前衛を固めるベテランは、勢いそのままに中型走竜をいとも簡単に切り伏せていく。
俺は必死で騎体を前へ進めながら、半分夢を見てるみたいにふわふわしていた。
現実感が輪郭を失って、眼前に迫る死から目を背けてたのかもしれない。
そんなだから、右手から近づく走竜に気付けもしなかった。
夜闇は言い訳にならない。
あの日、双子月は空にあり、明るく夜を照らしていたんだから。
「レグナ!! 右!!」
ノアの悲鳴のような声で右を向く。
もう竜は眼前まで迫っていた。
咄嗟に払うように振るったブレードは、竜が一瞬減速し空を切る。
さらに数頭が、同じく右翼から俺たちの位置する陣の後方を襲う。
俺のブレードを躱した竜が、その腕を戻すタイミングで飛び込んできた。
衝撃で足が止まり、俺の騎体は陣形から取り残される。
竜はそのまま、開放型のコクピットに飛び乗って来た。
その牙と熱い息が目の前に迫り、俺はただ必死で身を守るように騎体の左腕を差し挟む。
そのマニピュレータの隙間から、竜の眼が覗く。
赤く燃えるような、憎悪……なのだろうか。
多分、違う。
奴らは俺たちを殺すために生まれてきたんだ。
次の瞬間、その眼はそこから消え、目の前が赤く染まった。
頭部を刺し貫かれた走竜がノアのブレードからずるり、と地面に落ちる。
「……やるな」
「やっぱりボクの方が首席に相応しかったんじゃない?」
「まだこれからだろ」
憎まれ口を軽く流し俺が竜騎を立ち上がらせようとすると、ノアの騎体がその腕を引いた。
目立った損傷はない。まだやれる。
次は上手くやる。
絶対、生きて帰る。
ノアと二人なら、なんだってできる。
あの時はそう思ってたんだ。




