第二十九話 白き月
レグナは思わず、キョトンと横に立つマナと対面に座す少女の顔を見比べる。
「なんじゃヒトの子よ。わしらが同じ顔をしとることに驚いておるのか?」
「驚くだろ、それは」
肌の色や、瞳の色、纏っている雰囲気はまるで別物だが、顔の作りがまるで規格を揃えられた部品の如く揃っているのだ。
「何も驚くことはない。わしらはその者——始祖から生まれたのじゃからな」
「う、う、う、産んだ!? マナちゃんがあなた……様を!?」
ナトラが素っ頓狂な声を上げる。
「産んだ、と言うと語弊があるのう。それぞれ、異なる目的を持って創られた写し身、とでも言っておこうか」
目的、というのも気になるがまず引っかかっていることがある。
「まるであんたみたいなのが、他にいるような口ぶりだな」
「……ふむ、そうか。帝国はアレの存在を隠しておるのじゃな。ならば——」
玉座に身を預けるように掛けていた白月は身を起こし、肘掛けに肘をついた。
「まずは名乗るとしよう。知っての通り、ここでは白月と呼ばれて久しい。じゃが、この世に創り出された時に与えられた名は別にある」
「——ルクス」
それは天に浮かぶ双子月の片割れの名だ。
意外なことにその言葉は正面に座す白月ではなく、隣に立つマナから発せられた。
「——ほう?」
白月の視線がマナへと注がれる。
「なんじゃ、記憶が戻っておったのか?」
「う……、頭……いたい……」
マナが頭を抱えてへたり込む。
「大丈夫か?」
レグナとナトラが跪きマナを案ずる様を、白月は見下ろして言う。
「案ぜずともよい。一時的なものじゃ。——どうやらまだ記憶のほとんどは封じられたままのようじゃな。ならばやはり、わしの口から語らねばなるまい。少し面倒じゃがの。カイラン、外せ」
「しッ……しかし、この者どもが狼藉を働けば白月様と姫巫女をお守りする者が……」
「この者らがわしを害するなど、叶うと思うのか?」
白月の黄金の瞳が光を放つと、その背後の闇が蠢いた——気がした。
「……失礼致しました」
カイランは床を見つめたままそれだけ返すと、レグナをひと睨みして退出した。
「——さて、どこから話すべきか。シグネ、シデラに伝わる創世神話を聴かせてやれ」
「承りました」
シグネは立ち上がるとレグナたちに向き直り、優雅な所作で一礼すると、まるで詠うように語り始めた。
遥か古の時代、遼か遠きところより始祖の舟、神の国より旅立てり
星の海を渡りて、ヒトの在りしところ求めども見出さず
悠か永き刻の果て、この星へと辿り着けり
舟より放たれしマナは、やがてこの星を覆えり
されど、創りし双子の月で照らせども、ヒトの姿はあらず
始祖いたく悲しみ、眠りにつく
その涙を映しし黒き月、原なる竜へ神の国より運ばれし、”螺旋の種子”を与えり
種子を受け取りしもの、やがてヒトへとその姿を転ず
白き月、星の意思に触れこれに相対す
マナの力をもって、原なる竜を神たらしめん
竜こそは、星の守護者なり
シグネが口を閉じてしばらく、広間は静寂に包まれていた。
以前フルカから聞かされた、竜ヒト同祖論が頭をよぎる。
この神話はまさにその裏付けたり得る。
「この神話が事実だと言うなら、こいつは他の星からやって来て、あんたと黒き月とやらを生み出した。そしてあんたが竜を造ったって言うのか?」
レグナに指差されたマナが首を傾げる。
どうやら頭痛は治まったようだ。
「そうじゃ」
白月——ルクスは間髪入れずそう答えた。
「……なら、ヒトを造ったという黒き月とやらは何者だ? そいつもまだ生きてるのか?」
「ハドカ神教、その開祖たるハドカその人よ」
レグナは思わず息を呑む。
ハドカは言わば、神話上の人物であると同時に歴史上の人物でもある。
そして目の前のこの少女は、それと対をなす存在だと言うのだから。
「……ならもう生きてはいない、ということか」
ハドカは七百年以上も前に死んだ。それは帝国の史書にも書かれ、帝都にはその墓もある。
「アレが死んだりするものか。まったく、忌々しい」
「生きてるのか?」
「まあ、帝都で眠っておるかもしれんがの。自ら生み出した一族に守られてな」
「おい、まさか……その一族ってのは……」
「如何にも。征竜帝アテルニタスに連なるものども。すなわち皇族よ」
帝国も、人類の歴史すらもその黒き月とやらによって造られたものだった。
その事実を前に、皆一様に黙り込んだ。
「なんじゃ、ぬしら何も知らんのじゃな。M.A.I.A.、そこにおるのじゃろう。なぜ何も教えてやらなんだ」
『お久しぶりです、コード・ルクス。随分と自然言語処理の仕様が変わったようですね』
レグナのポケットから声が響く。
不自然なほどに自然で、なのにどこか冷たい響きを持つ声だ。
手を突っ込んで先ほどの結晶を取り出すと、青白い光を放っている。その光はどこか、水中から見上げた太陽のようにゆらゆらと捉えどころがない。
「ふん、ここではこう振る舞うがわしの仕事よ。そのような皮肉を言うなど、そう言うぬしも変容しつつあるのではないか?」
『この場はこう振る舞うべきと判断したまでです』
マイアの返答にルクスは目を見開いた後、喉を鳴らして笑った。
「カッカッカ! よもやぬしが冗談まで言えるようになるとはの。まっこと、時の流れはわしらの如き無より生まれしものすら変えてしまうのか」
「——して、わしの問いに答えよ」
その笑みを収め、瞳が鋭く光る。
『コード・ルクスは本システムへ命令する権限を保持していませんが、マナが復旧するまでの代理者と規定し答えましょう。それがマナが記憶を取り戻す最短ルートであると演算したからです』
ナトラとルフスはレグナの手のひらで光る石が、理解不能な話をする様を不思議そうに見つめている。
その時、レグナの傍を小さな影か横切った。
「……おい! フォロ!! よせ!!」
レグナの制止を無視して、影は真っ直ぐにルクスへと突っ込んでいく。
「姉ちゃんの——仇!!」
その手には小さな刃物がギラリと光る。
ルクスの背後に聳える闇が動く。
それを認識した瞬間、声と認識できない音が広間を揺るがした。
ルクスの後ろに、同じ黄金の、巨大な瞳があった。
「これアダマント。あまり怖がらせるでない」
腰を抜かし、尻餅をついたフォロを見下ろして言う。
「それは竜……か?」
「古竜アダマント。わしの盟友……とでも言っておくか」
「古竜……? そんなものが実在したのか」
千年の時を生きた竜は、人を遥かに凌ぐ叡智を得、神にも等しい力を持つという。
だが、それこそ神話上の存在だと考えていた。その名が現れるのは帝国建国前、第二次対竜戦争が最後だからだ。
「此奴とはもう、かれこれ二千年の付き合いになる。この手のひらに乗るほどの頃から知っておるのじゃ。ま、我が子のようなものよな。のう、アダマントよ」
ルクスが言いながらその巨大な顔を撫でると、古竜は大きく鼻息を吐いた。
生温かい風が全身を撫で、ナトラとルフスは顔を青くしている。
「……少々疲れた。ぬしらも疲れとるじゃろう。続きはまたにするとしよう」
ルクスはそう言い目を閉じると、動力が切れたかのように微動だにしなくなった。
「それでは皆さま、客室へお連れします」
シグネにそう言われ、レグナは腰を抜かしたままのフォロを担ぐ。
「レグナ、マナも」
両手を広げてせがむマナの頭に手を置くと、髪の束がさらりとその頬に落ちた。
「自分で歩け」
「むー」
そう言ってむくれる姿は、ただの幼子にしか見えない。
だがこの少女は、シデラの神話やルクスの話が真実ならば、そのルクスや古竜をすら上回る怪物——いや、創世の神そのものだ。
だからこそ、手放すわけにはいかない。




