第二十八話 北の果て、地の底で待つもの
果てなく長いトンネルは少しずつ、だが確実に下り始める。
足を踏み入れてから早一日半。
さしものナトラも、その閉塞感に持ち前の元気をすっかり奪われてしまっていた。
「まだ着かないのか?」
そんなナトラの言葉を代弁して、レグナはシグネに訊ねる。
「そうですね——もうあと一時間程で居住地に到着いたします」
「一時間!? ヤッター!!」
その言葉でにわかに元気を取り戻したナトラが声を上げる。
いずれにせよ、レグナたちはその言葉を信じて前進する他はないのだ。
果たしてそのおよそ一時間後、真っ暗な洞穴の先に光が見えた。そしてその光は、進むほどに大きくなっていく。
——視界が開けたと同時に、強い光で真っ白に塗りつぶされた。
目が慣れるにつれ、少しずつ瞼を上げる。これは太陽光だろうか。
見上げると、丸くくり抜かれた大穴の先に青空が見えた。どうやらここは巨大な竪穴の中のようで、穴は下にも深く続いている。
正円に近い竪穴は何重もの層になっており、上も下も円形に造られた通路で縁取られ、そこを人々が行き交っている。
そして目の前を走る荷台は、小型の走竜に引かれていた。
「……本当に竜と共存してるのか」
その景色に圧倒されていたレグナに、シグネから通信が入る。
「ようこそお越しくださいました。こちらが、竜都グレンダルの中核です。お疲れのことと存じますが、まずは我が主の元へと案内致します。竜騎を降り、私について来てください」
「白月とやらは、あんたらの王か?」
「王……とは異なります。あのお方は統治者ではありません。シデラの民にとり、彼女はこの世界の摂理そのもの。あなた方がどう感じるかは——後ほど、聞かせていただくとしましょう」
「摂理……? 神だとでも言うつもりか?」
苛立ち混じりのその問いに、シグネは答えなかった。
誘導に従って動かした竜騎を降りようとすると、通信が切断され、にも関わらず通信機から声が響く。
『管理登録者01、レグナ。管制装置の内部骨格接続部を開いてください』
「なんだ?」
マイアの指示通り、コクピット下に設置された装置を開ける。
ここは竜骨と各種コンソールの接続箇所になっている。通常、竜騎技師以外が開くことはない所だ。
中を覗くと、配線の下で露出した竜骨が青白い光を放っていた。
『その中にある結晶を持っていてください』
「結晶……これか?」
竜骨から一際強く輝く結晶がこちらに向けて棘のように生えている。
親指ほどの大きさで、極めて透明度が高い。
手を添えると、力を加えるまでもなくパキンと音を立てて根本から折れ、手の中に収まった。
手の中で弄ぶと、硬く冷たい感触が伝わる。
「これは?」
その問いに答えはない。
マイアら役には立つが、肝心なことは教えようとしないのはいつものことだ。
レグナは小さく舌打ちして竜騎を降りた。
再び上を見上げる。
竪穴の先には青空が広がり、ゆっくりと雲が流れていた。
「なぜ寒くない?」
道行く人々の服装からも察しはついていたが、竜騎を降りてもやはり寒さは感じない。
穴は巨大な吹き抜けになっており、この場所はディアデマ山脈よりさらに北に位置しているはずだ。
「不思議ですねぇ……ここってきっと、サペよりずっと北ですよね?」
ナトラも不思議そうに首を捻る。
「星の体温。地熱により暖められているのです」
同じく竜騎を降りたシグネが、カイランを伴って近づいて来た。
「では皆さん、こちらへ」
シグネが手で道を指し、レグナ、ナトラ、マナ、ルフス、フォロの五人はその後に続く。
呆けた顔で竪穴の上と下に視線を巡らせ、感嘆の声を上げるナトラと対照的に、ルフスは青白い顔をしていた。その隣に立つフォロは目を伏せ、どこか思い詰めたように見えた。
「大丈夫か?」
「あ……いや……これから俺たちどうなっちゃうんスか? てか、なんでそんな平気な顔してるんスか。ナトラもだけど」
その声には焦りの色が滲む。
ルフスの言い分はもっともだ。
彼は他のアタランテ同様、あくまで生活のために命懸けの竜狩りに身を置いている。
そんな中で、異民族に拉致される形でこんな所まで連れてこられたのだから、不安が無い方がどうかしている。
そして恐らく、奴らが用があるのはレグナとマナだ。
つまり、ルフスとナトラは図らずも巻き込まれる形になってしまったということだ。
「……お前らは絶対、帰らせる。悪いが今は抑えてくれ」
声を潜めて言うと、ルフスは押し黙った。
目の前に鋼鉄の扉が立ちはだかる。
シグネが一歩前に進み、その中心に刻まれた竜を模ったような紋様へ左手首を合わせると、扉はガラガラと音を立てて開いた。
「さあ、どうぞ」
そう促され中へと入ると、また音を立てて扉が閉じる。
そして足元が僅かに揺れ、一瞬浮遊感を覚える。どうやら、さらに深く降っているようだ。
深く深く、地の底まで。
異様なほど長く感じるその時間を、乗り込んだ七人はただ無言で過ごす。
降るほどに、左手首の疼きが強まる。
この感覚は正しく、禁足地で始原の塔に辿り着いた時に近い。
ならばこの先に待ち受けているのは——
ガタン。
昇降機が一際大きく揺れて、目的地まで降下したことを知らせる。
扉が開くとシグネ、それに続いてカイランが昇降機を降りた。
レグナたちもその後を追う。
その先に伸びる通路は青白く、冷たい光で照らされている。”竜のねぐら”で見た竜素結晶と同じものだろうか。
やがて、今度は見上げるほどに巨大な扉へと辿り着く。
先ほどの昇降機と同じ紋様へ、シグネが手首を合わせた。
重々しく扉が開く。
「白月様。指示通り、お客様をお連れしました」
シグネが恭しく膝をつき、隣に侍るカイランはより深く首を垂れた。
シグネと違い、カイランのそれは儀礼というより、心からの畏怖によりそうしているよう映った。
「——シグネよ、大儀じゃった。遠い所、よくぞ参った。始祖に選ばれしものよ」
若い女の声。
透明なその声は、その声色からは考えられない重みで空間を満たしていった。
見えない圧力にカイランはより深く、地面に額を擦り付けんばかりに首を垂れ、ルフスとフォロは半歩後ずさった。
レグナはその声の主を睨む。
白月を名乗り、世界の摂理と称される、その正体を見極めようと。
玉座に片膝を立てて座すは、その座を埋め尽くさんばかりの白銀の髪に、黄金の竜の瞳。褐色の肌をもつ
——マナと同じ顔をもつ少女だった。




