第二十七話 役割
完全な暗闇の中、幾つものランプの火が揺れている。
山脈に穿たれた横穴に飛び込んでから、既に四時間が過ぎた。
最も遅い、負傷した大型走竜の速度に合わせているとは言え、それでももう100ガロスは進んだはずだ。
しかし暗闇は果てなく続き、その閉塞感に息が詰まる。
「それにしてもおっきい穴ですね。こんなのどうやって掘ったんですか?」
しばらく沈黙していた通信機から聞こえたのはナトラの声だ。
シグネの言葉通り、トンネル内は程よい温度に保たれていて、ナトラは元気を取り戻していた。
「これは地竜が掘ったんですよ。とても永い時をかけて。それを私たちシデラが舗装し、道として利用させてもらっているのです」
シグネの声がそれに答える。
「は〜、これを竜が……。でもこれ、どこに続いてるんですか?」
「ディアデマ山脈の向こう側、シデラの地です」
「それが事実なら、帝国側の人間に教えるはずがない。違うか?」
レグナは思わず、シグネの回答に噛み付いた。
この道の存在は明確に、シデラにとって急所になり得る。同時に、帝国にとっても極めて危険な存在だ。
天険によって隔てられた二勢力を、物理的に接続する道なのだから。
「——私の目には、あなた方が帝国側の人間であるとは映りません」
「……どうだかな」
「それに、ご心配には及びません。万が一この道を使い帝国がシデラの地を侵さんとするならば、これを崩落せしめて一網打尽に致しましょう」
冗談めかしたその言葉が、レグナの背に冷たいものを這わせる。
「そろそろ”地竜のねぐら”です。そこで夜を明かすとしましょう」
そう言われて時計を見ると、いつの間にか夜になっている。
完全な暗闇の中の行軍は、時間の感覚を奪い去っていたようだ。
シグネが地竜のねぐらと呼んだのは、十分広いトンネルの途中にあって、殊更開けた空間だった。
ドーム状の空間の天井で、何かが星のように光を放っている。
騎体から降りたレグナは、その正体を見極めようと目を眇めて天井を睨む。
「あれはM.A.N.A.の結晶です」
いつの間にか目の前に立っていたシグネが言う。
「マナ……?」
横に立つマナを見下ろすと、小首を傾げてレグナに視線を返した。
そのマナへシグネの視線が注がれる。
「M.A.N.A.とは世界の理——その根元。あなた方が竜素と呼んでいるものです。この深い洞穴で私たちが呼吸できるのも、M.A.N.A.の祝福に他なりません」
「なに……? シデラは竜素をマナと呼んでいるのか?」
竜素という呼び名は、それを発見した征竜帝が付けたとされ、今日では世界共通の呼称となっている。
だが、マナとマイアは竜素をそう呼んだ。
シデラはマナやマイアという超常の存在を認知している、ということだろうか。
「レグナ様の疑問には、白月様がお答えになられるでしょう。そのお方に選ばれた、あなた様になら」
その目が再びマナに向く。
「こいつのことを知っているのか? あんたは。いや、知っているのは白月とやらか?」
レグナは一歩、シグネに詰め寄る。
「姫巫女、お下がりください!! 一人で帝国の飼い犬と話すなど!!」
微かに口を開いたシグネが言葉を編む前に、カイランが二人の間に飛び込んで来た。その手は腰の剣に掛かっている。
「まあ、カイラン。あなたにはキャンプの設営をお願いしたはずですけれど」
「この男が姫巫女に掴み掛かろうとしたのが見えたので飛んで来たのです!! ——ッ!?」
かなりの熱量で喚くカイランの動きがピタリと止まる。
視線を辿ると、その先にはマナがいた。
カイランの瞳に揺れたのは動揺と——畏れか?
「……設営に戻ります。貴様、姫巫女に指一本でも触れてみろ。その指、即座に切り落としてやる」
マナから目を逸らすように身を翻すと、カイランは大股で去って行った。
「申し訳ありません。どうにも血の気が多くて」
カイランの背を見送りながらシグネが言う。
「随分大切にされてるんだな」
「ふふふ。彼は代々、巫女の護衛を務める家系に生まれ、私たちは兄妹のように育ちました。だからこそ、あまり生まれ持った役割などに縛られて欲しくはないのですが」
「あんたのそれも、生まれ持った役割なんじゃないのか?」
「仰る通りです。ですが、私はこのお役目を誇りに思っております」
「なら、あいつもそうなんだろうよ」
「——そうだと、よいのですが」
長い睫毛が伏せられる。
その顔にはどこか憂いの色が浮かんでいた。
「レグナ様は、ご自身の生まれ持った役割を——どう考えておられるのですか?」
生まれ持った役割。
アタランテに男の身で生まれた以上、それは竜を狩ることに他ならない。
だが、
「……俺は竜狩りを自分の役割だなどと思ったことはない」
左手首が熱を持つのを感じる。
役割などではない。これは呪いだ。
こんなものが宿命であって、たまるものか。
「なら、きっとあなたの役割は竜を殺すことなどではないのでしょう。そして——」
シグネの声が神託のように響く。
迷い子を導くように。
貧者を救済するように。
世界の真理を説くように。
「——白月様はきっと、レグナ様に道をお示しになられるでしょう。だからどうか恐れないで。世界が変わる、その時を」
その言葉を咀嚼するが、漠然としていて飲み込みきれない。
だが、一つだけ明確に答えられることがある。
「恐れるものか。俺は待ってるんだ、それを。生まれてからずっと。十年前のあの日から、もっと」
強く握りしめた拳の少し上で、逆鱗が脈打つように光る。




