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第二十六話 白月の巫女


 得体の知れぬ竜騎(ドラグレム)。

 竜の背に乗る人間。

 理解しがたい状況だ。いや、到底理解し得ないだろう。


 ならば。

 この状況を打破する方法など、一つしかない。

 切り伏せ、制圧する。

 ブレードを構え、足を踏み出したその時だった。

「動くな」

 通信機から男の声が響いた。

 有無を言わせぬ圧力を持って。

「竜素通信に割り込んできたのか?」

 それに答えるように、目の前に立つ竜騎がこちらにブレードを突きつける。

「そうだ。貴様らに万に一つの勝ち目もない。騎体を降りて投降しろ」

 周囲を見渡すと、辺りは数体の竜騎と、それに小型走竜に跨った人間によって完全に包囲されていた。

 ルフスも動きを止め、ナトラはこちらを見ながら妙なジェスチャーを送っている。

「……万事休す、か」

 レグナはハッチを開く。

「お前はここにいろ」

 コクピットの後部にちょこんと座るマナにそう言うと、彼女はこくりと頷いた。

 騎体を降り、両手を挙げる。

 それを確認すると、目の前の騎体から一人の男が降り立った。

 長髪の若い男だ。

 男はすぐに、伏せている大型走竜の元に駆け寄ると、その背によじ登る。

「姫巫女! ご無事ですか!?」

「ええ、大事ありません」

 男は竜の背に乗っていた人物を支えるようにしてその背を降りると、レグナの前に立った。

「お前らはシデラの民か?」

「貴様無礼だぞ!!」

 両手を挙げたまま問い掛けるレグナの態度が気に入らなかったのか、男が拳を握って前へ踏み出す。

「カイラン、下がりなさい」

 姫巫女と呼ばれた人物が静かな声でそれを制した。

 神職らしき衣を身に纏っているが、その意匠はやはり帝国のものとは異なる。

 レグナを見る不思議な色を宿した瞳は、心の底まで見透かされるようでどうにも居心地が悪い。

 

 「我が騎士の無礼をお許しください。私(わたくし)の名はシグネ。お察しの通り、シデラの民です。白月(はくげつ)の命を受け、あなた方をお迎えに上がりました」

 たおやかな所作で頭を下げると、艶やかな黒髪が風に靡いた。

「俺たちを……? 何のためにだ」

 まるで、レグナたちがここに来ることを知っていたかのような物言いに警戒心を強める。

「その答えは我が主(あるじ)しか持ち得ません」

「白月とやらか? 何者だ、そいつは」

 シデラの王、あるいはそれに準ずる存在か。

 そうなると、それに仕える者が巫(・)女(・)というのもおかしな話だ。

「貴様、殺されたいのか!!」

 カイランと呼ばれた男が腰の剣に手を掛け、シグネはその目の前に手を伸ばして止める。

「それも、主の口から語られましょう」

 そう言い、シグネはレグナの騎体のキャノピーに目をやる。

「つまり、この場じゃ何も言えないが黙ってついて来い、と」

 レグナは周囲を固めるシデラの民たちを見回して肩をすくめた。

「——是非もないな。あんたらに従おう」

「賢明なご判断です。私(わたくし)たちとしましても、これ以上血を流すのは本意ではありません」

 見れば、走竜を降りた人々が戦いで負傷した大型走竜を治療している。

「シデラは竜を飼い慣らしてるのか?」

「飼い慣らすなど。我ら星の民は竜と共に生きているのです」

 竜はヒトを憎んでいる。

 理由はわからないが、この十年間、その憎悪を浴び続けてきたレグナには確信があった。

「……あり得ん話だ」

 レグナが独り言のようにこぼす横顔を、シグネは静かに見ていた。


 「良かったのか? 俺たちから竜騎を取り上げなくて」

 シグネはレグナらを縛り上げるでもなく、竜騎に乗せ、ただついて来るよう言った。

 結果、レグナたち三騎はシデラの竜や竜騎に囲まれ、吹雪の中行軍している。

「姫巫女がそのようにせよと仰られたのだ。案ぜずとも、妙な動きをすれば即座に殺してやる」

 通信機からカイランと呼ばれた男の声が鳴る。

「カイラン、皆さんは客人なのですよ。客人に対し、我が騎士として恥じぬ振る舞いを求めます」

 カイランの言葉を咎めるように、その横から透き通った声が割り込む。

「あんたもそこにいたのか。シグネ、だったか?」

「ふふ、竜の背は寒いですから。それに、あなた方とお話もしたかったので」

「様を付けろ。貴様の如き蛮族が姫巫女を呼び捨てにするなど——」

「カイラン。二度は言いませんよ」

「ぐ……。申し訳ありません」

 静かなその声はしかし、確かな威厳を持ってカイランを沈黙させた。


 「さ、訊ねたいこともあろうかと思います。全てにはお答えできませんが、なんなりとお訊ねください」

 シグネの声からは、敵意や悪意の一切が感じられない。

 それがかえって、不気味に感じられた。

「白月、とは何者だ?」

「白月さまは、我らが主(あるじ)。私(わたくし)は、かのお方の指図であなた方をお迎えに上がったのです。カイランらには黙って居住地(コロニー)を出たのですが」

「あんた一人で来るつもりだったのか」

「一人ではありません。あの子たちも一緒でしたから」

 前方を、先ほど交戦した五頭の大型走竜が歩いている。

「迎えに来たなら、なんで襲ってきたんだ?」

「それが、私(わたくし)うっかりしておりまして。竜では通信が出来ませんのに、どうして話を聞いてもらおうかしら、と。ですので、一度制圧してからお話しするしかないと思ったのです。けれど……思っていたよりとてもお強くて、私、死んでしまうかと思いました」

 シグネはそう言って「ふふふ」と笑った。

 上品な口調で物騒なことを言うシグネに対し、レグナは閉口する。

「……なぜ俺たちが来ると分かった? そもそもなんで俺たちなんだ」

「白月さまの御導きです。申し訳ありませんが、それ以上はお答えできません」

「……なら、ふた月前にサペの村人を襲ったのもあんたらか? ——いや、俺たちを北へおびき寄せるためか?」

「仰る通りです」

 まるで未(・)来(・)を(・)視(・)た(・)かのような諜報能力だ。

 帝国のかなり深くまで、シデラが入り込んでいる可能性がある。

 

 「——なんで」

 スピーカーから声が鳴る。

 声変わりしかけた、少年の声だ。

「なんで村の人たちを! 姉ちゃんが殺されなきゃならなかったんだよ!」

「——それについては後ほどお話しすると致しましょう」

「ふざけるな! 姉ちゃんを返せ!!」

「フォロ、落ち着けって!」

 その横からルフスの声がする。

「あ、俺からも質問いいッスか?」

 ルフスに口を押さえられているのか、フォロのくぐもった声も混ざっている。

「ええ、どうぞ」

「ども。あんたらは竜と共に生きてるって言ってたけど、竜を殺して竜騎にしてるッスよね? それって家畜にしてるってことじゃあないんスか?」

「口を慎め竜殺し! 我らシデラの民は竜を殺めたりはせぬ! 断じて!」

「カイラン」

 ルフスの言葉で激昂したカイランを、シグネが再び静かに制す。

「確かに、シデラも竜騎を用います。しかしそのために竜を殺すことはありません。あれらは全て、寿命を迎えたり病や怪我で死んだ竜の骨を利用してします。彼らとまた、共にあるために」

「じゃあ、あんたらの竜騎が人型じゃないのも?」

 レグナが口を挟む。

「それがあ(・)り(・)得(・)べ(・)き(・)姿(・)だからです。竜とは、歪めてはならない完全な存在ですから。あなたの騎体は、私(わたくし)たちのものと同じようですが」

「あんたらの教義も、ハドカの教えも関係ない。単にあれが、竜を狩るために最適な形だからだ。ま、バレたらタダじゃ済まないが」

「——なるほど。それもまた、一つの理(ことわり)でしょう」


 「あ……あの私からも……質問、いいででですか」

 遠慮がちな声が通信機から響く。が、もはやまともに呂律が回っていない。

「ええ、もちろん」

「私たち、どどどどこまで行くんででですか。もう……そろそろ限界……です」

 歯がガチガチとなる音がする。

「ええ、そろそろ……前をご覧ください」

 吹雪で白く烟(けぶ)る空に、うっすらと巨大な尖塔を思わせる影が並ぶ。

「ディアデマ山脈……まさかこれからあれを越えようって言うんじゃないだろうな」

 帝国の最北に位置しそのディアデマ(宝冠)たる山脈は、人を拒む峻嶺(しゅんれい)にして、帝国とシデラを分つ絶対の壁だ。

 標高は一万ガロスを優に超え、こと冬季に越えるなど正気の沙汰ではない。

 だからこそ、数百年に渡って帝国とシデラの衝突を防いできたのだから。

「ふふ、それも楽しいかもしれませんね」

「しししし死んじゃいますよ!!」

 シグネが本当に楽しげに言い、ナトラが必死の抗議をする。


 気づけば切り立った崖の前、そして眼前には竜騎が悠々通れるだろう横穴が真っ黒な口を開けていた。

「さあ、参りましょう。この中は寒くありませんから」

 シグネの声は変わらず穏やかだった。

 

 その穏やかさが、研ぎ澄まされた刃物のように突きつける。

 

 この先に進めば後には戻れない。その、揺るぎない事実を。


 そこで、何が待っていようとも。


 だが、覚悟は決まっている。

 マナと、マイアと出会ったあの時から。

 

 いや——ノ(・)ア(・)が(・)死(・)ん(・)だ(・)あ(・)の(・)日(・)か(・)ら(・)。

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