↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/24

第二話 道具の価値


 薄いドアがノックされている。

 いや、ノックなどという生やさしいものではない。

 徐々に強まる殴打に木板が歪み、軋んでいる。


 レグナは小さく舌打ちして、固いベッドから体を起こす。

 鍵を開け、小さくドアを開くとそこにいたのは小綺麗な軍服に身を包んだ若い女だった。

「……朝っぱらから無体だな。借金した覚えもないぞ」

 金色の髪を小さく纏め、小柄だが見るからに気位の高そうな女だ。

 女は突然現れたレグナの見下ろす視線にたじろぎ、二歩後退りする。そして、取り繕うように小さく咳払いをしてから一枚の紙切れを突き出した。

「13号だな? 竜狩り(アタランテ)特区管理庁長官から登庁せよとの命だ。今すぐ私と来てもらう」

 早朝の呼び出し。

 過去にも幾度かあったが、ろくな目に会った記憶がない。

「見ての通り、あいにくと寝起きでね。このままじゃあの()()()()()()長官殿に失礼に当たるんじゃないか?」

 無精髭を撫でながら言うレグナに対し、女は少し考えてから口を開いた。

「……10分やる。すぐに支度をしろ」

 レグナは言葉では答えず、手をひらひらと振ってからバタンとドアを閉じた。


 ドアの向こうで「無礼だ」などと騒ぐ女を無視し、簡単な身支度を済ませたレグナは再びドアを開いた。

 

 「待たせたな。——あんた名は?」

「リヴィア・ノクティルカだ」

 答えてから、ハッとしたように手で口を押さえた。

「……アタランテに名乗る名はない」

 リヴィアはレグナを睨みつけてから取り繕う。

「ノクティルカ、ね」

 代々将軍位を賜る名家だ。

 尋ねられれば名乗ってしまう、帝国貴族らしい育ちの良さが可笑しくて小さく笑うと、リヴィアはそれが気に入らなかったのか眉間に皺を寄せてレグナを見る。

 

 「レグナだ」

 リヴィアは差し出された右手を見つめたまま少しだけ固まり、

「……アタランテに名は与えられていない。ついて来い、13号」

 そう言うと、右手から目を背けるようにして歩き出した。


 先を行くリヴィアの背を追うが、歩幅の差もありすぐに追いついてしまう。

 速度を緩め、斜め後ろにつけるよう調整する。

「あんた、新任の監察官か?」

「……そうだ。今期から着任した。お前たちを監視し、管理する者だ」

 他の監察官は無視するだろう質問に、リヴィアは律儀に返答する。

 語気こそ強いが、その言葉に自信は感じられなかった。


 向いてない。

 そう思ったが口にはしなかった。


 まだ年若い貴族の娘だ。

 花よ蝶よと育てられ、アタランテと直接関わった事もないのだろう。

 漠然とした上下意識だけを植え付けられ、しかし上に立つ者の在り方など教わってはいない。

 故にまだ、リヴィアはレグナを人として扱っている。


 鉄格子で囲まれた昇降機の手前まで来ると、衛兵がリヴィアの姿を認めた。

「少尉、ご無事でしたか。特区(スラム)は危険なので、次は護衛をお連れください」

「ここを守るのが君らの仕事で、これは私に与えられた仕事だ。それに、ノクティルカ家の末席に連なる者として、アタランテ風情に遅れなど取らん」

 昇降機の門が開き、二人で乗り込む。

 竜騎(ドラグレム)も載せられる物資輸送用のそれは、人が二人乗るにはいささか大き過ぎた。

 

 「あんたはあまり俺を警戒しないんだな」

 三歩ほどの距離を置いて立つリヴィアに、昇降機の作動音で打ち消されない程度に声を張る。

 他の監察官は基本、アタランテと二人きりになれば常に銃に手をかけていた。

「警戒? なぜ自分より弱い者を警戒する必要がある」

 その言葉が本音なのか強がりなのか、はっきりとは分からない。

 武家の子女として当然武芸を仕込まれてはいるのだろうが、この体格差でも勝てると思い込んでいるのはいささか危なっかしく思えた。


 ワイヤーを巻き上げる音が静まり、再び昇降機の門が開く。

 空気が変わったのを感じる。

 下界では湿り、黴び、(わだかま)っていた空気が晴れ、通り抜ける風は狩猟の際にしか味わえない心地よさだ。

 道端には街路樹が植わり、見上げるような建築物が林立している。

「こっちだ」

 リヴィアの後について、幾度か訪れたことのある特区管理庁の庁舎へと向かう。

 と言っても、(くだん)の昇降機は庁舎のすぐ目の前に据え付けられているのだが。


 「長官、13号を連れて参りました」

 コンコンコン、とリヴィアが両開きの大きな扉をノックし、中にいる者へ言う。

 先ほどレグナの家を訪れた時とは随分違う様子だ。

「中へ」

 室内から聞こえた声に、リヴィアは左右の取っ手を掴むと扉を引いた。

「お待たせいたしました。この者が準備に手間取り、予定より到着が遅れました」

「ノクティルカ監察官、大義でした。あのような不潔で危険な場所にうら若きレディを向かわせざるを得なかった、我が不徳を謝罪します」

 白々しい声が響く。

 正面の大きな机、その向こうに座る男が細い目をこちらへ向ける。

 竜を思い出させるこの眼が、レグナは苦手だった。

 

 「お久しぶりですね、13号」

「久しぶり? まだ三ヶ月だ。もう二度と会いたくなかったのに早すぎるくらいだ」

「貴様ッ!! 長官になんて態度をッ……!!」

 血相を変えるリヴィアを、男は白い手袋をした手で制する。

「相変わらずですね、あなたは。まだ根に持ってるんですか? あの狩りのお陰で、あなたは19から13まで進めたというのに」

 挑発するようなその口調に、頭が熱くなるのを感じる。

 その熱を鎮めるようにレグナは大きく息をついた。

「……そんなもの、誰が望むものか」

 

 三ヶ月前、この男——ヴァレリウス・ヴェルナーの命で地竜狩りに向かったレグナたち七人の部隊は死闘の果て壊滅した。

 唯一レグナだけが地竜にとどめを刺し、生還した。

 他六人は全員、レグナより歴の長い精鋭だった。

 結果、六つの欠番が生まれ、レグナの管理番号(ナンバー)が六つ繰り上がったのだ。

 レグナの持つ”13”という数字はつまり、この国にはレグナより長く生き延びているアタランテはもはや十二人しかいないことを意味している。


 「望むと望まないとに関わらず、生き延びる限り番号は繰り上がっていくのですよ。さて、あなたの番号(ナンバー)はどこまで上がるのでしょうね?」

 ヴァレリウスが口角を上げる。

「……御託はいい。さっさと要件を言え」

 挑発に乗ろうとしないレグナに、ヴァレリウスは心底つまらなさそうにため息をついた。

「こう見えて、私はあなたを買ってるんですよ。実績も実力もずば抜けている。そして、帝国に大きな利益を(もたら)している」

「帝国のために働いているつもりはない。微塵もな」

「当然です。道具は使えるか使えないか、それが全てです。道具に忠誠など求めません。そしてあなたは、紛れもなく極上の道具だ」

「道具相手によく回る口を一旦閉じてさっさと要件を言え。どうせ悠長に構えてられるような話じゃあないんだろ」

 レグナの態度に目を白黒させるリヴィアに、ヴァレリウスはやれやれと首を振る。

 

 「……禁足地の外縁に一頭の中型飛竜が現れ、その個体を中心に巨大な群れが形成されつつあります。あなたにはその飛竜を狩ってもらう」

「中型飛竜が? 奴らは基本的に群れないはずだ。……いや、まさか……」

 通常ではありえない群れの形成。

 それが事実なら、尋常ならざる可能性が浮上する。

 

 「——()()。斥候が得た情報を基に、研究者たちはそう結論づけました」

 ヴァレリウスが顔の前で手を組む。

 その口に浮かぶ笑みを、覆い隠すように。

 

 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。