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第二十四話 シデラの影


 一晩中降り続いた雪は明け方には止んでいた。

 それでもまだ空気は凍るように冷たく、口で息をすれば肺が冷え、鼻で息をすればその奥がツンと痛む。

 

 ナトラは小型機(ヴェルグ)のコクピットに被せた麻布を、その上に降り積もった雪ごと払おうと四苦八苦している。

「ふんぬぬぬぬぬ……! おも……ッ! 雪ってこんな重くなるんですか!?」

「どけ」

 レグナが騎体によじ登り、麻布を掴んで振ると雪は朝日を受けて輝きながら落ちて行った。

 その下では頭上から落ちてくる雪を浴びたマナが、楽しげにくるくる回っている。

「おおー、さすが先生」

「すぐ動かすなよ。冷えてると人工筋肉(アクチュエータ)が切れる」

「はーい」

 一応寒冷地向けの部品に換装してはあるが、それにも限界がある。


 「皆さん。お早いですな」

 声の方を向くと村長のラエテリが立っており、その横には初顔の少年の姿があった。

「早いに越したことはないからな。準備が整い次第、最初の襲撃地点へ向かう」

「……感謝致します。であれば、この子をお連れくだされ」

「……そいつは?」

「竜に襲われた際の生き残りです。きっと、お役に立ちましょう。ほら、皆さんに自己紹介を」

 ラエテリに促され、少年は一歩前へ出る。

 歳の頃は十二くらいだろうか。

「……フォロです。……あいつらを殺すためなら、何でもやる。だから連れて行って……ください」

 ボサボサの髪の毛の隙間から覗く瞳には、暗い炎が宿っていた。

 俯いたまま拳を握りしめて言う姿に、レグナはラエテリを見る。

「フォロは先の襲撃で姉を亡くしましてな。唯一の肉親だったんですが」

 その言葉で、フォロは唇を噛む。

「……そうか。よろしく頼む。俺はレグナだ」

 右手を差し出すと、フォロは恐る恐るその手を握った。

「ルフス、お前の騎体に乗せてやれ」

「うっス」

「すぐ出るが、行けるか?」

 問い掛けると、フォロは力強く頷いた。


 竜騎の脚で10分余り。目的地にはすぐに到着した。

 一旦騎体を降り、辺りの状況を確認していく。

「やはり近すぎるな。ここまで来ていて、村が襲われてないのは妙だ」

「そうッスね。……でもまぁ、あいつらヒトを食うわけでもないし埋めようとしてた食糧奪って満足したんじゃないスか?」

「……そうかもな」


 凍土は掘り返され、食糧はあらかた無くなっていた。

「フォロ、竜はどっちから現れた?」

「あの林の中から突然現れたんだ」

 フォロが指差した先には針葉樹が並ぶ林があった。

「林の中から、か。だが、大型種が複数となるとこの距離まで気づかれずに近づくのは難しいはずだ。見張りはいなかったのか?」

「一応、四方を大人たちが見張ってたんだ。けど……あれは……」

 フォロはそこで何か言い淀む。

「……何を見た?」

 そう問うとフォロは口を開きかけ、閉じた。

「……きっと、言っても信じない」

「聞かないことには、信じるも信じないもない。お前が見たものを、そのまま教えろ。じゃないと、お前の姉の仇を取ることもできない」

 フォロが息を呑み、拳を固めた。

 

 「……人間が乗ってたんだ。竜の背中に」

 その口から出た言葉はなるほど、確かに信じがたいものだった。

「竜に……人間が?」

 ヒトと竜が相入れることはない。

 ましてや、竜を家畜のように飼い慣らすなど不可能だ。それだけ長い間、人類と竜は殺し合ってきた。

 竜との戦いこそが、人類の歴史そのものであると言えるほどに。

 

 「……村の大人も、誰も信じてくれなかった。けど、見たんだ」

 確かに、人間に統制されているなら村を襲わないなどの奇妙な動きにも一応の説明がつく。

 そして一つ、それを可能とする存在に心当たりがあった。

「シデラ……」

 

 帝国が冠する宝冠(ディアデマ)山脈の更に北。

 そこにはシデラと名乗る異民族が住む。

 帝国とは直接の交流はなく、その実態は謎に包まれている。

 七百年ほど前、東方の艿国(にこく)との戦争の最中、北の地より大軍を率いて現れ帝国領を侵し、結果帝国は東より軍を退いたというが、それ以降帝国の史書にその名が現れることはない。


 しかし、そんなシデラについて帝国では、ことアタランテの内において実(まこと)しやかに囁かれる噂があった。


 シデラの民は、竜と共生している。


 レグナはそんな噂は未知の存在に対する恐怖が膨らませた妄想に過ぎないと考えている。

 竜を御することなど、ヒトに出来ようはずがない。

 いや、その唯一の方法こそが”殺してからその骨を利用する”、というものだ。

 これはこの十年間、竜と殺し合いをしてきた男の、実感からの確信だった。


 だが、フォロが見たというものが事実ならその全ては覆る。


 その時、突然レグナの騎体が警報を鳴らした。

 通常、手動で操作しない限り鳴ることはない。

 だが、レグナの騎体にはマ(・)イ(・)ア(・)が(・)入(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)。

「誤作動だ、すぐ止める」

 レグナはルフスにそう言い、騎体へ乗り込む。

「何があった?」

『大型の走竜が五体、まっすぐにこちらへ接近しています。会敵まで173秒』

 即座に騎体から顔を出し、声を上げる。

「全員すぐ騎体に乗り込め! 竜が来る!」

「え、なんで分かるんスか?」

 ルフスの疑問はもっともだ。

 もっともだが、答えている余裕は無い。

「勘だ!!」

 言い切り、ハッチを閉じる。


 フォロの見たもの。

 シデラの噂。

 竜とヒト。


 その答えが向こうからやって来る。


 騎体の出力が、少しずつ高まっていく。


 

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