第二十三話 暖炉を囲む
予定通り到着したサペの村は、文字通りの寒村といった風情だった。
木造の家々がまばらに建っており、煙突からは白い煙がたなびいている。
その合間や外縁に広がる畑にはすでに雪が降り積もり、長い冬の始まりを告げていた。
夕刻にレグナたちが村へ竜騎で到着すると、しんしんと雪が降る中、すぐに村人たちが集まって来た。
「いやぁ、遠い所からよくぞおいで下さった。ここは寒い。大したもてなしも出来ませんが、私の家で話しましょう。ささ、どうぞこちらへ」
騎体を降りたレグナたちの前へ進み出た初老の男が、手で村の通りを指し示す。
「申し遅れましたな。私は村長のラエテリと申します。なにぶん、来客など久方ぶりの事で……」
「俺はレグナ。こっちがルフスだ」
「ッス」
レグナの紹介に合わせてルフスが会釈する。
辺境の集落では、アタランテに対する差別意識が無い、あるいは極めて薄いことがままある。そもそもがアタランテと接する機会がなく、その支配構造に組み込まれていないからだ。
ラエテリや、集まった村人たちも「帝都から助っ人がやって来た」くらいの認識なのだろう。
こういう場合。番号より名を名乗った方が話が円滑に進むことをレグナは熟知していた。
ガタガタ震えながら、青い顔に作り笑いを浮かべるナトラを指差す。
「その震えてるのがナトラと——」
「マナ」
マナが自ら名乗りを上げた。
雪と風に晒されながらここまで辿り着いたナトラは、強張った笑顔を浮かべたまま無言で会釈した。
「こんなお嬢さん方まで。大変だったでしょう。部屋を暖めてあります。さぁ、参りましょう。皆も家へ戻れ! もうじき日が沈む!」
「いや、これで一安心だな」
「でもあんな娘っ子もいて竜が狩れるのかい?」
「はるばる帝都から来てんだ。ああ見えて強ぇんだろ。それよりオラぁ竜騎ってのを初めて見たが、でっけェもんだなぁ」
ラエテリの言葉で、村人たちは口々に珍しい旅人の話をしながら、各々の家へと帰って行った。
「ぁあ〜……生き返る……」
ラエテリの家で暖炉にあたり、熱い茶を飲んだナトラがようやく声を出した。
レグナたちは壁面の暖炉を取り囲むように椅子にかけ、火のありがたみを骨の髄まで味わっていた。
外は吹雪になったのか、窓がカタカタと音を立てている。
「じき夕食もできます。ご覧の通り貧しい村ですので、そう大した物は出せませんが」
「温かい食事にありつけるだけでもありがたい。——村長、今のうちに竜の情報を聞いておきたいんだが」
「おお、そうですな。奴らが現れたのはふた月ほど前です。サペでは冬に備えて獲った獲物を、凍土に埋めて保管するのですが、その作業の最中に巨大な走竜が数頭現れたのです。作業に当たっていた女子供が数名、犠牲になりました」
「女子供だけで、か」
「ええ。男どもはこの時期、猟や大工仕事で手一杯でして。それでも、今まで竜に襲われたことなどなかったのですが……」
「犠牲者は何人だ?」
「逃げ遅れた四名です。ただ、後から男衆と現地に向かいましたが、亡骸はありませんでした」
「……妙だな。奴らは人間を喰わない。死体が片付いてるのは不自然だ」
「私たちもそう考え、周辺をくまなく捜索しましたが、やはり見つからなかったのです。……なので、なんとか逃げ仰せてくれていればと思うのですが」
そう言って、ラエテリは目を伏せた。
二ヶ月が経過し、なお戻らぬとなればやはり生きているとは考えづらい。
「竜の大きさが知りたい」
「私も直接目にしたわけではないのですが、報告ではレグナ殿が乗って来られたあの竜騎より一回りほど大きかったと」
その大きさを想像したのか、ナトラが背筋を伸ばして顔を蒼くした。
「……指令書にあった通り大型か。数は?」
「少なくとも五頭、と」
竜の種にもよるが、こと大型の種は群れ全体で動くことはそう多くない。ならば、十頭前後という見立ても筋が通っているだろう。
「ちなみに、凍土に埋めようとしていた獲物というのは肉か?」
「川魚や鹿、兎、あとは小さな走竜ですな」
「竜を狩ってるんスか? 竜騎も無しに」
ルフスが驚いたように声を上げる。
「ええ、弓や罠で。もっとも、罠に関しては鹿罠にかかりおるんですよ。仕留めるにも危険なんで、踏まんで欲しいモンですがね」
村全体が冬越しするための蓄えとなれば、竜からしてもそれなりの量になるだろう。ともすれば、魚や鹿の肉を狙って現れたという可能性は考えられる。
「これまで大型種に村が襲われたことは?」
「聞いたことがありませんな」
それはそうだろう。
大型種の群れに襲われたなら、この村はもう残ってはいまい。
「そのことがあって、すぐに帝都へ陳情を送ったのです。……いや、こんなに早く対応していただけるとは。陛下の寛大な御心、感謝の意に耐えません」
「謝意はいい。距離はどれくらいだ?」
「村の北、6ガロスほどの場所です。明日、案内させましょう」
竜の足なら5、6分で着く距離、目と鼻の先だ。
そこまで迫りながら村を襲いはしなかったというなら、やはり狙いは食糧だったのだろうか。
「頼む。それ以来、竜は現れてはないんだな?」
「そうですな。村民たちには北の方には近づかぬよう、言ってありますでな」
少なくとも、その群れは積極的に人間を襲うつもりはないようだ。
「あなた、支度が整いましたよ」
村長夫人がミトンをはめた手で、大きな鍋をテーブルに置く。
室内には北方らしいスパイスの効いた、食欲をそそる香りが立ち込めている。
「食事の用意が出来たようです。ささ皆さん、どうぞ食卓へ」
ラエテリの言葉で目を輝かせて勢いよく立ち上がったのはナトラ……だけでなく、マナもだった。




