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第二十二話 月下に舞う


 横殴りの雪は、前進するほどに強まっていく。

 足元の雪は今のところさほど深くはないが、重心を崩せば足を取られるかもしれない。

 ともすれば接地面の減る逆関節形態は、かえって命取りになる恐れがある。


 竜素通信機を起動する。

 今回の狩猟には通信を中継する監察官が同行していない。そのため、ごく短距離での通信に限られる。


 今のところ、聞こえてくるのはノイズだけだ。


 通信可能距離にいたとしても、ルフスが通信機を立ち上げてなければ意味はない。


 前方に、竜騎(ドラグレム)の足跡を発見する。

「あれはルフスのものか?」

『間違いありません。あの足——』

「レグナさん!?」

 通信機を介して話すマイアの声を、ルフスの声が上書きした。

「無事だったか。どこにいる? 視界が悪い」

「上を!」

「上……?」

 レグナは空を仰ぐ。


 雲の切れ間に月が覗く。

 月明かりに照らされた雪が、チカチカと瞬きながら降っている。

 一つの月。


 おかしい。

 なぜ月が一つしかない?


 「飛竜……!」

 レグナは即座に、左腕(さわん)の連弩を見(・)え(・)な(・)い(・)月(・)へ向ける。

 

 月をその背に隠した影が、レグナに向け降下を始める。

 巨大な翼を折りたたみ、真っ直ぐに。

 三射、放たれた矢を飛竜は紙一重で躱しながら風を切り、矢のようにレグナの騎体へ迫る。

 頭から突っ込んできた飛竜は、レグナの目前で縦に回転した。

 その勢いのまま発達した後ろ脚を振り下ろす——が、ブレードがそれを受け止め、火花が夜の雪原を照らす。


 その足で刃を蹴るようにして飛び上がると、そこへルフスが放った矢が襲う。

 しかし、強風に煽られた矢は高速で飛行する飛竜の身体を掠めるだけだった。


 「一頭か?」

「多分、そうッス」

 頭上からこちらの動きを伺う飛竜を睨む。

 一般的な飛竜は前腕を持たない——というよりは前腕が進化したものがあの巨大な翼だ。

 夜空を舞うそのシルエットは、蝙蝠(コウモリ)のようでもある。

 

 「攻撃を誘い、その瞬間をもう一人が仕留める。いいな」

「了解」

 その機動力ゆえ厄介な相手ではあるが、火竜化していない飛竜の武器は足の爪と、牙だけだ。

 ともすれば、必ず向こうから接近して来る。

 

 ルフスは飛竜から目を逸らし、あたかもその姿を見失ったかのよう装う。

 

 上空を旋回していた飛竜がルフスに狙いを定め、急降下を始める。

 レグナはルフスの頭上に照準を合わせ、呼吸を止めた。

「来るぞ」

 レグナの声で、ルフスは騎体を反転させ飛竜の一撃を右腕(うわん)の装甲で受ける。

 その一瞬を捉え、レグナの放った矢は飛竜の右目を貫いた。


 そのまま地に落ちた飛竜に、ルフスのブレードが突き刺さる。

 その刃は、骨の隙間を通り心臓をひと突きにしていた。


 鮮血が湯気を立てながら白い雪を赤く濡らし、溶かしていく。


 「いやぁ、流石ッスね。まだまだ敵わないッス」

 飛竜の死体を回収し、野営地へ戻る途中でルフスは沈黙に耐えかねたように言った。

「世辞はいい。なんで一人で動いたのか説明しろ」

「あー……」

 通信機越しに沈黙が横たわる。

 レグナは急かすでもなく、黙ってルフスの言葉を待った。


 「……飛竜は金になるんで」

 ようやく口をついた言葉に、レグナは呆れて溜め息を返す。

 

 飛竜は希少で、その骨は有用だ。

 飛竜の骨から作られる飛翔騎(アルカ)は、一騎で戦況を動かし得る。

 一方で、求められる竜骨の状態は極めて高い。

 僅かでも欠損があれば、飛翔騎にはならない。飛行能力を維持できなくなるからだ。

 今回狩った骨も、帝国工廠で厳密に検分された後にようやく飛翔騎として使えるかが判明する事になる。

 だからこそ、完品には高値が付くのだ。

「……そんな理由か」

 レグナは金だけなら、そこらの帝国市民より持っているだろう。

 帝国は狩りに対する報酬に関してはきちんと支払うし、金を持つことは許されているからだ。

 だが、その使い道となると途端に狭くなる。

 買えるものと言えば精々、生活必需品に、狩りに使うものか、竜騎(ドラグレム)の装備。贅沢するにしても竜の肉か、質の悪い酒くらいのものだ。

 故にレグナにとり、高額な報酬には”次の狩りを先に伸ばすことができる”程度の意味しかない。

 それでも、拒否できない狩りの指令が上から下りてくるのだが。

「そんな理由、スか。……まぁ、そうですね」

 再び、沈黙する。


 「——こないだ、三人目が生まれたんです」

 ルフスがポツリとこぼす。

「金が要るんスよ。あいつらが皆、大人になるまで俺は……でも、いつ死ぬかも分からない」

「……それで死んじまったら元も子もないだろ」

 欺瞞だ。

 竜狩りはいつだって、生きるために命を危険に晒しているのだから。

「……月に照らされて、飛んでたんスよ。こっちには気付いてなくて、俺は最初、ただやり過ごせばいいって思ってた」

 雪はいつの間にか止んでいた。

「そしたら、あいつらの顔が浮かんできて。次に考えたのは、レグナさんを起こすかどうかだった。けど、あいつは今回の標的じゃないし、レグナさんは許可しないと思ったんス」

 実際、許可はしなかっただろう。

 サペの村でまともな補給など期待できない以上、ここで騎体を消耗させるわけにはいかないからだ。

「そしたら、一人で仕留めれば報奨金も独り占め出来るじゃないか、とか考え始めて。……もう止まれなかった」


 「飛竜はお前が一人で仕留めた。ただし、独断専行も報告する」

「……なんで……俺、勝手なことして……」

「俺には子供(ガキ)がいない。金なんかあっても特区(スラム)じゃ使い道もないしな」

「……すみません。俺、役に立ちます。絶対」

「知ってるよ。だから連れて来たんだろうが。さっきの突き、あの精度で出せる奴はもう五人もいない」

 ルフスは何も言わなかった。


 雪原に刻まれた二筋の足跡を、双子の月が静かに照らしていた。

 

 

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