第二十一話 北地へ
街道から少し外れた所に竜騎で掘った小さな塹壕。これは風除けと、竜から身を隠すためのものだ。
そこに三人の竜狩りが身を寄せ合っていた。
「ささささささささむい……」
歯の根の合わぬ様子で焚き火に手をかざすナトラに、アカヨモギ茶の入ったカップを手渡す。
「だから中型騎に乗れと言っただろ」
「あ、ありがとうございます。いや、先生をあんな目に合わせるわけには……あつっ」
カップに口をつけたナトラが、白い息とともに赤い舌を出す。
目的地であるサペの村は帝国領の北端に位置し、季節はちょうど冬へと移り変わろうとしている。
進むほどに気温は下がり、ついに辺りの景色は雪原へと変わった。
小型騎の剥き出しのコクピットは、風除けを取り付けてあるとはいえ骨身を削る寒さに晒されるのは当然だった。
「レグナさん、なんで三騎なんスか? 指令書には五機って書いてあったって」
ルフスが疑問を口にする。
「こいつみたいなのをあと二人も増やすことはないだろ。寒冷地で小型騎は自殺行為だ。中型騎は二騎までしか出すなとのお達しだ」
「じ……自殺……」
ナトラは不穏な単語に顔を青くしている。
中型騎の数を増やすよう、リヴィアを通して要求したがヴァレリウスからの返答はなかった。
なので、当初レグナはルフスとの二騎だけで出るつもりだった。
「ま、お前は無理言ってついて来たんだから頑張れ。俺の外套を貸してやってるんだから」
「うぅ……頑張ります。でもこれ、ほんとにあったかいですね」
ナトラはその小さな肩に掛かった大きな外套を掻き抱くようにする。
駆け出しの頃、同じように初めての寒冷地で痛い目を見たレグナがなけなしの財産を叩いて買った自慢の外套だ。
指令書よりも少ない人数で来たのには、もう一つ理由がある。
当然のようにレグナの横に座り、湯を啜るマナの存在だ。
「——で、その娘。レグナさんの妹、ですか。なんで連れて来たんスか?」
レグナの膝の間に収まって白湯を啜るマナを見て、ルフスが言う。
「一人で置いておくわけにもいかなくてな」
実際問題、サペまでは往復するだけで一週間ほどを要する。
その間、マナが特区一人生きていられるとは思えなかった。
工廠のユーリか、あるいは食堂の女将あたりを頼ることも考えたが、どちらも帝国兵の巡回先になっている。
最悪、マナが捕えられるだけでなく二人にも危険が及びかねない。
そして何より、マイアがそれを許さなかった。
マナを乗せなければ、騎体を動かさないなどと脅してきたのだ。
そう言われてしまえば是非もない。
いざとなれば、ルフスになら事情を明かしてしまっても問題はないだろう。そう判断し、この編成を組んだのだった。
「食事が済んだら二時間交代で寝る。見張りは火を絶やすなよ」
「はいっ!」
身体が温まり、元気を取り戻したナトラが返事をする。
「じゃあ俺から見張り、入りますよ。レグナさんは休んでください」
「いいのか?」
「最初に入ればその後四時間、気兼ねなく寝られるじゃないッスか」
「……ちゃっかりしてやがる。二時間経ったら起こせ」
「あいよ」
瞼を閉じると、レグナの意識は引き摺り込まれるように闇の中へと落ちて行った。
パチン。
薪の爆ぜる音で目覚める。
小さくなった焚き火と、毛布の上に外套を被り丸くなっているナトラ。そして、レグナの腹にくっつくようにして寝息を立てるマナの姿。
——ルフスがいない。
マナを起こさないよう注意して立ち上がった。
塹壕に被せた麻布の上には既にうっすらと雪が乗り、その重みで撓んでいる。
ルフスの騎体も消えている。
レグナはすぐに、ナトラの体を揺すって起こした。
「んぁ……? せんせぇ……なんですかぁ?」
寝ぼけ眼を擦りながら、ナトラが身を起こす。
「ルフスを探しに行く。お前はここにいろ」
その言葉で目を覚ましたナトラは辺りを見回した。
「私も行きます」
「ダメだ。この拠点とマナを頼む」
「……分かりました」
「火を消して、身を伏せていろ。何があっても塹壕から出るな」
そう指示し、返答を待たずに自分の騎体へ走る。
「マイア、ルフスの騎体はどこだ?」
コクピット内に露出した竜骨が青白く光る。
『ここから東北東へ7.6ガロスの地点です』
「遠いな。——動かすぞ。マナはそこで寝てる」
『状況は把握しています。低温により人工筋肉の剛性が15%低下。直ちに加熱します』
竜骨の放つ光が強まり熱を放つと、その熱はコクピット内をも満たしていく。
「手が悴まないのは助かるな」
「——行くぞ」
小雪のちらつく雪原に、月明かりを受け巨像が立つ。




