第十九話 乗り手と技師
「う〜ん……ん? ……う〜ん」
「何をうんうん唸ってんだ。柄でもない」
中型騎を弄りながら、しきりに首を傾げる大男の背にレグナが言う。
「……なんで何の問題も無く動いてやがるんだこいつは。どんだけ調べても分からねぇ」
フルカの依頼を終え、整備に出した騎体はやはり何の問題もなく動いていた。
「動いてるんだからそれでいいだろ。あんまり悩んでるとハゲるぞ」
「うるせぇ! もう手遅れなんだよ! ……こいつが動いてる理屈が分かれば、欠損した部位を挿げ替えて騎体を再生できるようになるかもしれねぇんだ。こいつぁ言わば、俺ら竜騎技師の夢ってわけよ」
禿頭の大男——ユーリは首を捻りながらも、少年のように目を輝かせている。
通常、竜騎はその内部骨格となっている竜骨を欠損すると、修復不能に陥る。
他の竜の骨を接合すると殆どのケースで拒絶反応が起こり、内部骨格全体に赤色変異を生じるからだ。
失ったのが肘から先などであれば、その先全体を武器に差し換える事で運用可能な状態にすることは出来る。
しかし本来の機能は失われ、竜骨総量の減少により出力も低下する事になる。
にも関わらず、レグナの騎体は他の竜から骨を継ぎ、変異を起こすどころか安定し、あまつさえ出力が向上している。
その奇跡を起こしているのはマイアという正体不明の存在によるものなのだから、ユーリが当惑するのも無理はない。
マイアの事を話してしまおうか、とも考えた。
整備をユーリに任せきりにしている以上、この騎体の置かれている状況を知らせておいた方が話が早い。
それに友の願いを叶えてやりたい、という気持ちもあった。
竜騎に並々ならぬ愛情を注ぐこの男は、修復不能になった騎体を処分する度に涙を流す。
正直言うと不気味だからやめて欲しかったが、それがこのユーリという男なのだから仕方ない。
だが、レグナは思いとどまった。
まず、拒絶反応を抑えているのは騎体の中に存在するマイアだ。
マイアからその方法を聞き出せたとして、ユーリに、人類に再現可能な方法なのかは分からない。いや、恐らく不可能だろうとレグナは考えている。
それに何より、マイアもまたこの国の、この世界の秩序に反する存在だ。
マイアに接することも、そこから得た知識は、ユーリの身と立場を危険に晒すだろう。
そして彼は、知ってしまえば危険と分かっていても止まることなどしない。その事を、よく知っていたからだ。
「13号、ここにいたか」
不意によく通る声が工廠内に響いた。
声の方へ目をやると、入り口にはもはや見慣れた姿が立っていた。
「これは監察官殿。また直々に呼び出しか?」
「監察官? じゃああんたが例のノクティルカ家のご令嬢か」
レグナの言葉で、ユーリも工具を手にしたままリヴィアを見る。
「お前は5号だな。特例で竜狩りを免除された竜騎技師と聞いている」
「おうよ。腕なら帝国工廠の連中にも負ける気はねぇぜ。あんたの騎体も見てやろうか? いや、是非見てみたい。見せてくれ! ノクティルカ家謹製の騎体!」
「機会があればな」
突如興奮しだすユーリを、リヴィアは軽くいなす。
「……おいレグナ。あの嬢ちゃん、態度はデケェが聞いてたより話せるじゃねぇか」
ユーリが耳打ちしてくる。
「……俺たちに毒され過ぎたかもな」
レグナはそう返し、リヴィアの前へ出る。
「で、何の用だ? わざわざあんたが特区まで降りてくるなんて——」
「これだ」
言い終わるより早く、リヴィアは一枚の封筒を差し出した。
「指令書か。中身は?」
すぐには受け取らず問う。
「知らん。ヴェルナー長官の直筆だ」
「……今すぐそれ持って帰ってくれないか」
「莫迦を言え。いいから早く受け取れ。——っと、ここで開けるなよ」
「はいはい……。こいつを届けるだけなら下士官か、兵士にでも投げりゃ良かっただろ」
「あー……、その、今日はナ……志願27号は一緒じゃないのか?」
「ん? ああ、あいつには子守りを任せてあるからな」
そこまで口にして、自らの失言を悟る。
「子守り? お前、子供がいたのか?」
リヴィアが下から睨め付けてくる。
「……妹だ、妹。俺には子供はいない」
「そうか。だが、お前ほどの竜狩りだ。子供の五人や十人作って養うのが義務というものだろう」
帝国にとり、アタランテは有限且つ再生産可能な資源だ。
能力のある竜狩りほど多くの子と女を養えるし、その子が優秀な竜狩りになる期待も高い。
だが、アタランテにとり子孫が増えたとて、それは繁栄とは呼べない。
結局、帝国にいいように使い捨てられるだけだ。
そしてそれは、この国が、このシステムが続く限り永遠に終わらない。
子を成すのは義務。
リヴィアがさらりと口にしたこの認識は当のアタランテにも浸透していて、この制度を成立させるための根幹になっている。
「……ナトラなら俺の家だ。来るか?」
上級貴族たるリヴィアに色々と言いたいことはある。
あるが、言ったところで何にもならない。
「そうだな。折角特区くんだりまで来たのだから、顔を見て行くか。ついでに脚の怪我の調子もな」
リヴィアは先に工廠を出ようとするレグナの横に、小走りで寄る。
「脚ならとっくに治って走り回ってたぞ」
「なんだと……!? 私はまだ肋骨が痛むというのに」
「あれが若さだ」
「そんなに変わらん!」
「……あいつがお貴族様とねぇ。ま、変わり者ってのは噂通りか」
ユーリは二人の背を見送り、頭を掻く。
つるりとした頭に、油の黒い跡が引かれる。
うっかり、作業用の手袋をしたままだった。




