第十七話 竜の起源
薪が爆ぜ、パチンという音と共に火の粉が舞う。
火の粉は濃紺の空へ昇り、そこを埋め尽くす星と同化することなく消えてゆく。
狩りの後処理の後、夕食の支度が済む間に辺りはすっかり暗くなっていた。
土の上に胡座をかいたマナが夢中で竜の骨付き肉に齧り付いている。
「食わないのか?」
フルカは器に乗せて手渡された肉を手に、マナのがっつき様を圧倒されたように眺めていた。
「まだ少し、心の準備がね」
竜の肉は市街には流通せず、アタランテ特区で全て消費されている。
貴族はもとより、帝国市民すら絶対に口にはしないからだ。
ハドカ神教では竜肉食を禁じてはいないが、忌避すべきとされている。その教えがより、進んで竜の肉を食らうアタランテに対する差別意識を強めていた。
レグナは、フルカがそんな教えなど気にしない類の人間だと、特に根拠無く思い込んでいたので、嫌味のつもりもなく訊ねてしまったのだった。
「……干し肉やら豆は用意してたが、新鮮な肉が手に入ったのは運が良かったな」
気まずさを誤魔化すようにナトラへ話を振る。
「でふね!」
そんな気も知らないナトラは、美味そうに肉を頬張りながら頷いた。
その様子にフルカは生唾を飲み込み、意を決したように手にした肉に口をつける。
「——美味い」
ひとしきり咀嚼した後、ゆっくりと飲み下すと驚いたように口を開いた。、
「この時期、こいつらは産卵期の前で脂が乗ってるからな」
「なるほど。長年竜を研究してるけれど、そういう視点で見た事はなかったな」
フルカはそう言うと、指についた脂を舐め取る。その姿はレグナの知る貴族とは、やはり違う生き物に見えた。
「あんたなら興味本位で竜肉くらい食ってそうだと思ったが、意外だったな。やっぱり、貴族は教えを破るのは抵抗があるものなのか?」
「ハドカの教えか……。それも無くはない。が、あたしたちの研究とそこから導き出された仮説が大きな理由さね」
「仮説?」
「ハヴラオオトカゲという生き物を知っているかな?」
「大昔にいなくなった、おっきなトカゲでしたっけ?」
ナトラがごくんと肉を飲み込んでから言う。
「そうだ。このトカゲの化石は最古のもので十万年前の地層からも発見されるが、三千年前の時点から急に消えるんだ」
「そのトカゲがどうかしたのか?」
「パパはそのトカゲを”原竜”と呼んでいた」
「原竜……?」
「そうだ。竜の始祖である、とね。現に、ハヴラオオトカゲの化石の減少が始まるのとほぼ同時期に、竜の化石が現れる」
「たった三千年でただのデカいトカゲが竜になったって? そんな事あり得るのか?」
「もちろん、通常の進化ではあり得ないねぇ。だからパパは、そこに第三者の手が加えられたのではないか、と考えた」
「第三者……人間か?」
「そう。そんなことが可能だとすればヒトか、神しかいない。だけど、神様は科学で解き明かせないからね。必然、人類の歴史から当たることとなったのさ。でもね」
フルカの視線が焚き火へと落ちる。
「人類の痕跡もまた、三千年前から始まるのさ」
「ヒトと竜が、同時に生まれたって事ですか?」
「その通り! そしてそれは”禁足地”の中心から同心円上に広がっていった、という事までパパは突き止めていたんだ」
禁足地。
その単語に、レグナは未だ肉に夢中になっているマナを見やる。
この少女は、いや、少女のカタチをした何かは、その答えを知っているのではないか。
「そして——その研究結果を発表した直後、パパは死んだ」
楽しそうに喋っていたフルカの表情が、暗く沈む。
「……話を戻そうか。なんであたしが竜肉を食べてこなかったか、だったね」
フルカは三人の顔をぐるっと見回す。
「なぜあたしたち人類の左手首に逆鱗なんて物があるのか、そしてこれまでの話。——そこから導き出された推論」
思わずレグナとナトラは左の手首を押さえ、マナは自分の手首を見て小首を傾げる。
「ヒトも竜も……その原竜とやらから派生した、と?」
自分の口をついて出た言葉にゾッとする。
もしそれが事実だとすれば、人間と竜は同根だ。
自分はどれだけの同族を殺し、喰らってきた?
そうだ、竜は——ヒトを喰わない。
込み上げる吐き気を、ぐっと堪える。
「いやいや、そんな深刻な顔をするもんじゃないよ。猛禽だって他の鳥を食うが、それを共喰いだなどとは言わんだろう。それにこいつはあくまで、あたしの立てた仮説さ。それにお前さんの言う通り、こんな短期間で竜やヒトに分化し、進化するというのはやはり無理がある」
フルカは言いながら、手に持った肉に噛み付く。
「それにこんなに美味いんだ。食わなきゃ損というものだ」
豪快に竜肉を頬張るフルカを見て、レグナとナトラは気を取り直して再び肉に歯を立てる。
その横顔に、視線を感じた。
視線の方を振り向くと、マナと目が合った。
紫水晶の瞳に、焚き火の炎が揺れている。
「お前は——」
何を知ってるんだ。
その問いに答えが返ってこない事を、レグナは知っている。
だから口をつぐみ、肉を食う。
生きるためにただ、食らう。




