第十五話 敗戦報告
「死者5名、行方不明者24名、大破及び損傷不明30騎、帝竜は健在。戦利品は赤色変異した小型地竜の肉、外殻、外皮、牙、及び変異の及んでいなかった尾椎」
リヴィアが突貫工事で書き上げた報告書を、ヴァレリウスが淡々と読み上げる。
「ノクティルカ監察官が放った火砲の直撃を受けた帝竜は谷へ墜落。高出力の熱線を長時間に渡り放射したのち活動を停止。現時点の居場所は不明、と。……ふむ」
長官室に響くその声は、リヴィアの背に冷たいものを伝わせた。
火薬武器をアタランテが扱う事は固く禁じられているため、レグナが撃ったという事実は偽らざるを得なかった。
報告書を机に置き、ヴァレリウスは顔の前で手を組む。
この大敗だ。叱責は免れない。
リヴィアは後ろに組んだ手を強く握り、覚悟を決める。
「——上出来です」
「……え?」
しかし、続く言葉は意外なものだった。
「上出来だ?」
目を瞬かせるリヴィアをよそにレグナが大股で三歩、前に進むと握り込んだ右拳を机に叩きつけた。
ダン!
その音にリヴィアの肩が揺れるが、ヴァレリウスは一切動じる事なく冷ややかな視線をレグナへと向けている。
薄く微笑んで。
「おい、よせ13号!」
リヴィアは慌ててレグナを制止する。が、音を聞きつけた衛兵が二人長官室の中へ踏み込んできた。
「長官! 今の音は!?」
「何もありません。外で待機を」
「そのアタランテが狼藉を働いたのでは?」
衛兵の一人がレグナを指差して言う。
「二度、言わせるつもりですか?」
ヴァレリウスの声と視線が、刃のように衛兵の首筋へと突きつけられる。
「は……はッ!」
怯えた様子の衛兵らは、一礼すると退室した。
「……帝竜と戦った連中はほとんど死んだ。あんたが立てた計画でだ。いったい、何人死ぬ予定だったんだ?」
レグナは一度深く呼吸し、頭に上る熱を冷ましてから口を開いた。
「損耗率は概ね予定通りです。戦果は、そうですね——想定よりやや下、といったところですか」
「帝竜は死んでない。何も解決しちゃあいない。なら、あいつらは何のために死んだんだ?」
「これは異なことを。あなた方は帝国のために生き、帝国のために死ぬ。それが存在価値です」
それはこの国を中心に、この世界を支配する根本原理だ。
「無駄死にはゴメンだと言ってるんだ!!」
「無駄かどうかは私が判断します。帝竜は消耗し、一時的とは言え移動も群れの拡大も止まりました。これは紛れもない戦果です」
ヴァレリウスは立ち上がると、レグナたちに背を向け窓の外を見る。
その無防備な背中に飛び掛かり、首をへし折る想像をする。
だが出来ない。
出来るはずがない。
だからこそこの男はこうして、無防備に背中を晒しているのだ。
「そして13号。やはりあなたは、生きて帰って来た」
喉を鳴らして笑い、振り返ってレグナを見る。
「私の期待通りに、ね」
口角が品よく上がり、レグナの背筋を凍り付かせた。
「……帰らせてもらう。処分の沙汰は追って寄越せ」
レグナは身を翻す。
「ええ、また会うとしましょう」
舌打ちで返し、扉に手を掛ける。
「面白い話があります。帝竜の出現——竜災は時の皇帝の不徳により起こる、と」
立ち去ろうとする背に、気安い色を帯びた声が投げかけられた。
「それがなんだ?」
レグナは振り返ることなく聞き返す。
「十年前、”シレンスの悲劇”の後、間も無く先帝は崩御なされた。ともすれば、此度の竜災——果たして何が起こるのやら」
「……知ったことか」
吐き捨てるように言い、レグナは長官室を出た。
苛立ちをぶつけるように大股で庁舎の廊下を歩いていると、すれ違った相手に背後から声をかけられた。
「そこのアタランテ。ちょっと待ちな」
少し掠れたような、女の声。
この場にアタランテなど、レグナ以外にいるはずがない。
無視しようかとも思ったが、貴族だったりすれば面倒な事になるかもしれない。
ため息混じりに振り返ると、そこに立っていたのは白衣を羽織り眼鏡を掛けた、ひょろりと背の高い女だった。
声の印象よりは若く見えるが、目の下には黒々とクマが浮かび、伸ばしっぱなしの髪はボサボサ。一見不健康そうだが袖を捲った白衣からは日焼けした腕が覗いている。
「なんだ?」
「……ふむ」
白衣のポケットに手を突っ込んだまま、足の先から頭のてっぺんまでジロジロと見られ、実に居心地が悪い。
「……噂の、13号だね?」
管理局に呼ばれるようなアタランテはごく限られる。個人を特定された事に特段不思議はない。
「だったらなんだ?」
面倒臭げに答えると、女は文字に起こしづらい高音を立てて笑った。
「やっぱりそうか。フフ……今日は良い日になりそうだよ。ああ……でもこの後長官に……憂鬱だなぁ……」
かと思えば、理解しがたい言葉を吐きながら一人沈み始める女にレグナは後退りした。
「おい、13号! 良かった、まだいたか。アタランテがこんな所に一人でいたらどうなるか……ん?」
またも背後から、今度は聞き慣れた声が響く。
「アルダンティア博士!? まさかお前、この方に無礼を……!」
「やぁ、君は確か……ノクティルカの御令嬢だね。無理やり参加させられた社交界で挨拶したのを覚えているよ。ああ……あの時は面倒だったなぁ……。まとめたい論文があったのに……」
女は記憶を掘り起こすように人差し指でこめかみを叩き、掘り起こされた記憶にぶつぶつと愚痴をこぼす。
レグナはまたうるさい奴が増えたと、気怠げに振り返った。
「……有名人か?」
親指で女を指しながら問う。
「竜種研究の第一人者だ!」
「アルダンティア……だったか? そう言われると訓練所で聞いた名前のような気もするな」
「それは恐らく、パパのことだろうね。あたしのことはフルカでいいよん」
いつの間にかリヴィアの背後に回り込んだ女が、その肩口から顔を覗かせて話に割り込んだ。
「——で、そのお偉い博士が俺に何の用だ」
「用……か。いや、用というほどの事ではないのだけどね」
すぅ——とフルカは深く息を吸った。
「君らが獲って来てくれた地竜、これが実に興味深いサンプルでね。骨格のほとんどが赤色変異していて、その度合いは頭骨が最も高く、尾椎へ向けて低くなっていた。つまり、相変異は脳から発するのではないか、というのがあたしの立てた仮説だ。更に喉の奥にあった火炎核は、相変異の過程で形成された形跡があったんだ。ならば帝竜が齎す相変異は火竜の発生すら促すという仮説が——」
とんでもない早口で捲し立て、口を挟む隙すら与えない。
「……悪いが、帰らせてもらう」
竜という生き物を理解する事は、竜狩りにとって極めて重要だ。
しかしそれは生態や行動、解剖学の分野の話であり、つまりは竜を殺すために必要な知識だ。
目の前でこちらへ殺意を向けている竜が、どのように発生し今の姿になったのか、などという知識は全くもってその役には立たない。
「貴様私を置いて逃げるつもりか!? ——ッ! そうだ! アルダンティア博士、長官がお待ちです! 急ぎ、執務室へ!」
その言葉で、二人の反応などお構いなしに詠唱を続けていたフルカの口が止まった。
「……あぁ……。そうだね。そうだったね。楽しい時間はいつだって、かくも瞬く間に過ぎてしまう……」
がっくりと肩を落としたフルカの背を押すように、リヴィアが長官室へ連れて行くのを見届け、レグナは踵を返す。
「おい、お前はそこで待っていろ。博士を長官の元にお連れ次第、昇降機まで連れて行ってやる」
「分かったよ。急いでくれ」
アタランテが単独で帝都上層、というより特区以外の場所を出歩いていれば逮捕、拘束されかねないのは事実だ。
面倒ではあるが、リヴィアなりに気を回してくれているのは分かる。
「13号」
別れ際、フルカがレグナを呼んだ。
「また上質な獲物を期待しているよ。それに、お前の話を聞きたい。興味深い話が沢山聞けそうだからね」
ヒッヒッヒと気味悪く笑うフルカにレグナは眉を顰めてから、ため息をついた。
「機会があればな」
この時レグナは貴族の、しかも学者と顔を合わせて話をする機会などもう二度と訪れる事はないだろうと、たかを括っていた。
その予想は裏切られ、機会はすぐに向こうからやって来たのだった。




