断章2 少年期の終わり
「整列!!」
その掛け声で、訓練所の広場に集められていた計125名の少年たちが、寸分の狂いなく整列する。
彼らはいずれも今年、齢十五になる者たちだった。
「812号から945号、並びに志願27号。本日付けで、貴様らは正式に竜狩りだ」
前に立つのは、いつもの持ち回りでやって来る竜狩りではない。
軍服と法衣を混ぜ合わせたような白い衣服を纏った、従軍司祭だ。
「我らが慈悲深き創造主と、偉大なるカエレスティス神聖帝国は貴様らアタランテが前世より負う罪を贖う機会を授けられる。竜を殺せ! 殺すほどに貴様らの罪は浄化される。足りなければ、また来世で竜を殺せ!」
司祭の演説は徐々に熱を帯びていく。
「さすれば、やがて貴様らの魂は全ての穢れを払い、主の故郷、神の国へと迎えられよう」
歳は三十前後だろうか。
童顔に似合わない口髭が、どこか滑稽に映った。
志願27号?
聞き飽きた説教を聞き流していた俺はふと、その冒頭を思い出す。
男の口から当然の如く放たれた言葉が、大きな違和感を伴って頸の奥で引っかかる。
このアタランテ特区では男は生まれた時に番号を割り振られ、八歳になれはこの訓練施設に通い始め、十五になれば竜狩りとして竜を狩る義務を負う。
一方で、女にはその義務が課せられる事はないが、志願すれば同様に訓練を受け、十四歳時点で一定の水準を満たす事で狩人になる事もできる。
その際に割り振られるのが”志願者番号”だ。
俺は同期に志願者などいないと思っていた。
「——897号!」
「ッ……! はいッ!」
思考に没頭していたレグナは、突然番号を呼ばれ我に帰る。
「貴様が首席だ。命を賭し、皇帝陛下と帝国に尽くし、他の者の規範となれ」
「……はい」
歯切れの悪い返事に男は眉を顰めるが、追及はしなかった。
「次、志願27号!」
その呼び掛けに応えるのが誰なのか、本当はとうの昔に気づいていたのかもしれない。
「はい!」
一際よく通る声が応える。
聞き慣れた声が。
もう十五になるのに声変わりもしていない、幼馴染の声が。
「貴様は次席だ。……力があるなら、なおさら素直に子を産んでいればいいものを。物好きな奴だ」
「絶対、それ以上に竜を殺して貢献して見せます。他の誰よりも」
ノアは自信満々に言い切ると、チラリと俺を見た。
「……ふん。せいぜい長生きする事だな」
反論されるとは思っていなかったのか、司祭は一瞬たじろいだ後、皮肉たっぷりにそう返す。
その後、チョビ髭従軍司祭によるありがたいお話が延々と繰り広げられたが、俺の耳には一切入ってこなかった。
「どうしたんだよレグナ。ぼんやりして」
帰り道、隣を歩くノアが俺の顔を見上げる。
ノアの身長は二年前からほとんど変わっていない。
「……お前、女だったんだな」
ノアの方は見ずに、こぼすように言うと信じられないものを見る顔を向けられた。
「お前……十年も一緒にいて、マジで気づいてなかったのかよ。他の連中は多分気づいてるぞ」
「だってそりゃ……いや……まぁ……そうだな」
反論が浮かばない。
違和感はあって、それは年々強くなっていた。
元は同じ生き物なのに、ある時を境に分岐し、離れていくような違和感だ。
「流石に気づいてて、でも気を遣ってくれてるもんだと思ってたよ。……鈍い奴だとは思ってたけど、まさかここまでとはなぁ」
呆れ顔でそう言われて、俺は何も言い返せなかった。
「ま、ボクも隠してた……というか、お前には知られたくなかったからな」
「なんでだよ」
「——怖かったんだ」
ノアが足元の石を蹴飛ばすと、水溜まりに飛び込んで泥水を跳ねた。
「友達じゃいられなくなるかもって」
「なんだそれ」
けどそれは、俺が違和感から目を逸らしていた理由と同じだった。
「だって、大体男は男とつるむモンだろ?」
「……そうかもな」
そう返すと、ノアは少し寂しそうに笑った。
事実、訓練所に僅かばかり通う志願者や、特区を歩く同年代の女たちと話した記憶など、ほとんど無かった。
ノアを除いては。
「けどさ」
だからその目を見て言う。
「ノアはノアだろ。男だとか女だとか関係ない。俺の親友だ」
顔が熱い。
柄でもない。
けど、こいつがいたから七年間、キツい訓練も、酷い空腹も耐えられた。
だからこれだけは伝えておかなきゃならないと思った。
とは言え、あまりの照れ臭さに目を逸らすとノアは笑った。
底意地の悪い顔で。
「何笑ってんだよ」
「いやー、そんな風に思ってたなんてね。ボクも罪なオンナだなぁ」
そう言って、どこで覚えてきたのかしなをつくるノアの額を人差し指で突く。
「だから女だと思ってないって話だろ」
「おい、それはそれで失礼だろ」
お返しに肩を小突かれ、俺は少し体勢を崩した。
「そういや、お前昨日足引きずってただろ。もう良いのか?」
昨日の午前、格闘訓練の際に足を痛めたノアは一日足を引きずるように歩いていた。
それがあまりに普通に歩いてるので、すっかり忘れていた。
「なんだよ。あれくらい一日もすりゃ治るだろ?」
そう言われると、確かに一晩も寝れば大抵の怪我は治る気がする。
「でもさ、他の奴らは結構何日も痛がってたり訓練休んだりするだろ?」
「それは……根性が足りんのだァ!!」
「お、オード教官!」
ノアの迫真のモノマネに、二人で腹を抱えて笑った。
大笑いして、それが収まるとふと、冷え冷えとした空白が横たわった。
その時俺は、聞くなら今しかないと、そう思った。
「……でも、なんで志願なんかしたんだ?」
「あー……。だって柄じゃないだろ。この特区で子供産んで、育てて死んでくなんてさ」
俺からすればそれは、竜と戦って死ぬよりはよっぽど人間的な生き方に思えた。羨ましい、とは少し違うが。
「まぁ、お前らしいな」
これはまぁ、本心だった。
物心ついた頃からずっと一緒にいたこいつは、きっと生きる場所、死ぬ場所を自分で選び取る。そんな奴だ。
「そうだろ?」
そう言って、歯を剥いて笑う顔は子供の頃からちっとも変わらない。
変わっていないと思い込んでいた。
変わらないで欲しいと、無意識に祈っていた。
変わらないものなんて、この世界のどこにもありはしないのに。




