第十三話 荒れ野に咲く花
枝葉の間に青空が覗いている。
手のひらには枯れ葉と、その下に土の感触。土の匂い。
日光が目に入り、眩しさに目を眇めた。
「気が付いたか。監察官殿」
低く、けれどどこか安堵の色を含んだ声。
その声の方を向こうとすると、脇腹に激痛が走った。
「いっ……!?」
思わず声が漏れ、涙が滲む。
「じっとしてろ。肋骨が折れてる」
「仲間ですね」
首だけで声の方を向くと、右脚に添え木をし、太い枝を杖に立つナトラが気の抜けた笑顔でこちらを見下ろしていた。
「……志願27号」
その番号を確かめるように唱え、低い声の主を向く。
「……13号。生きていた……か」
「あんたもな。——しかし、大分やられたな」
レグナはぐるりと生き残った面々を見回す。
「残ったのは十二騎と十五人だけだ」
木に寄りかかるように立つルフスが言う。
「……帝竜を討つことも叶わなかった。これは私の責任だ」
リヴィアは強く右手を握りしめる。
「違うな」
レグナがその言葉を即座に否定する。
「帝竜の力を計り違え、この事態を招いたのは帝国と長官殿だ」
「帝国軍人は国に、陛下に勝てと命じられれば勝たねばならん!! 貴様らとは立場が違うのだ!!」
それが幼稚な精神論であることは百も承知だ。
父の教えとも食い違っている。
おまけに、最後はただの八つ当たりだ。
「初陣で……このような……」
けれど、脇腹で疼き続ける痛みが、目の前で呆気なく散っていた者たちへの慚愧が絶え間なく突き刺すのだ。
硬い鎧で囲ったはずの、柔らかいところを。
気づけばリヴィアは両手で顔を覆い、幼子のように——ただの少女のように泣きじゃくっていた。
「帝竜討伐失敗の責任は全部、俺に被せろ」
リヴィアが落ち着くのを待って、レグナが声を掛けた。
「俺が独断で動き、失敗し逃走。結果部隊は総崩れになった、とな」
「バカな……そんなこと……出来るか」
真っ赤な鼻をすする。
「他の監察官ならそうする。敗戦の責を負う監察官なんざ見たことがない」
「……これだけの損害だ。処分されるぞ。アタランテに温情など掛けられはしない」
「心配するな。奴らは俺を殺せない。まだ利用価値があるからだ」
レグナの目が、南を向く。
「言ったはずだ。奴は俺が必ず狩る」
そう言うと、リヴィアの傍らにどっかと座り込んだ。
「ただ殺すより帝竜にぶつけるべきだ。間違いなく、連中はそう判断する」
放った矢は獲物を仕留められなかったが、折れることなく帰ってきた。
確かに、そうなれば帝国は再びその矢を放とうとするだろう。
「それにあいつは、必ず帝都へ来る」
レグナの言葉は確信に満ちていた。
「……なぜ分かる?」
「感じなかったか? 竜素を震わせる殺意を」
ぞわり、と左の手首から悪寒が走る。
渓谷を脱したその時から感じていたこれが、帝竜の殺意によるものだと言うのだろうか。
「ともあれ、まずは帝都に帰るぞ。お前の騎体は動かせるか? 流石にアレに俺たちが乗ると叛逆罪で消されかねん」
「……無論だ。この程度の怪我、なんでもない」
そう言い、上半身を起こすと再度激痛が走り脂汗が額に滲む。
「帝国軍人ってのは痩せ我慢が上手いんだな」
「痩せ我慢など……い゙ッ!!」
立ち上がろうとして痛みにバランスを崩した身体を、レグナとナトラが両脇から支えた。
「あいだだだだだ!!」
その拍子に右足をついたナトラが悲鳴を上げた。
「ぷっ……。志願27号、お前自分も骨折してるのに」
間の抜けた悲鳴と顔に思わず吹き出したリヴィアが、呆れたよに言う。
「笑われた!? 助けたのに!?」
「悲鳴が面白くてつい。許せ」
「面白いて……。そんなことあります?」
ナトラは納得いかない様子でレグナを見る。
「面白いぞ。自信を持て」
「先生まで! ヒドい!」
リヴィアの騎体まで、二人で左右から肩を支えながら歩いて行く。
「そうだ、えと……監察官……殿」
「なんだ?」
「ナトラです。私の名前。志願27号って、ちょっと長いじゃないですか」
「……ナトラ、か」
レグナが引っ張り上げるようにして、リヴィアをコクピットに乗せる。
「いい名だ」
そう口にすると、リヴィアは自分でも驚くほど自然に笑んだ。
「私のこともリヴィアと呼べ」
杖をつきリヴィアを見上げるナトラは目を見開いて驚き、
「わっかりました! リヴィアさん!」
そう返すと、野花が綻ぶように笑ったのだった。




