第十一話 地竜迎撃戦
「ノクティルカ監察官……まだ、待機ですか?」
遠慮がちに声を上げた男の名はルフス。
今回の狩猟隊ではレグナ、ウルクに次ぐ古株で、レグナらと逆側の部隊の指揮を任されていた中型機乗りだ。
渓谷での潰走から既に二日が経った。
第一キャンプに辿り着いたのはリヴィアを含む十七騎と、竜騎を失ったアタランテ三名だけだった。
その内十騎は渓谷の北でカリュウタケに着火した後、すぐに後方へと退いた新人たちである。
結局、戦闘に参加した三十四騎の内、二十七もの騎体が失われ、二十四名が生死不明。
そしてその中には13号も含まれている。
これだけの被害を出してなお、帝竜を討つことは叶わなかった。
リヴィアは唇を噛む。
「……まだ生存者がいる可能性がある。私には監察官として一騎でも、一人でも多く帝都へ連れ帰る責任がある」
帝国軍の規定では、生死不明から三日経つと戦死したものと見做されるが、当然アタランテにそれは当てはまらない。
大抵の監察官は自らが合流地点に到着した時点で、即座に撤退を開始するだろう。
生き残ったアタランテを盾にしてでも。
「……お言葉ですがノクティルカ監察官。このキャンプも幾度か竜の襲撃を受け、残存戦力で対処するのも限界があります。これ以上待てば帝竜率いる群れに追いつかれる恐れも——」
「分かっている!!」
リヴィアが思わず声を上げたその時だった。
通信の許可申請を知らせるアラームが鳴った。
リヴィアは騎体に飛び乗ると、コクピットにぶら下がるようにして通信機を操作する。
許可申請は周囲の警戒に当たっている斥候からのものだった。
「通信を許可する。報告しろ」
「南南東から小型の地竜が一頭、真っ直ぐにキャンプへ向かっています!! 至急迎撃を!!」
「地竜だと!?」
南南東へ目を向けると、遠く樹木が倒れ、土煙が上がるのが見えた。
「110号、地竜の狩猟経験はあるか?」
「一度だけ同行を。でもあの時はレグナさ……13号がほとんど一人で倒してしまったので……」
どう考えても残存戦力で地竜を討つのは厳しい。
硬く厚い外骨格に覆われた地竜は、弩やブレードでは傷をつけることも出来ない。
おまけに小型の個体でも中型機の数倍の巨体を誇る。
少数で狩るなら火砲の集中砲火で装甲を抜くしかないが、たった一門あったそれも砲弾切れの上、渓谷に置き去りだ。
迎撃か、撤退か。
地響きが徐々に大きくなり、地竜の接近を知らせる。
たまたまこのキャンプが地竜の進路上にあったということであれば、今すぐに北西方面へ逃れれば事なきを得るだろう。
しかし、そうでなかったとすれば?
明確な意思と殺意を持って、ここへ向かっているのだとしたら?
皆がリヴィアの決断を待っている。
はやる鼓動を押さえつけ、震えが声に出ぬよう細心の注意を払う。
「ここで地竜を迎撃する!! 南南東に向け対大型狩猟配置!!」
「はっ!!」
南南東方面はまだ狩猟罠が残っているが、大型種に通用するような代物ではない。
「私がB地点に誘導する。ここは大樹が高密度で生えていた。地竜でも小型のものなら足止めできるはずだ」
「……危険です。俺が——」
「承知の上だ。110号、お前はその左右に部隊を伏せ、私の合図で攻撃を加えろ。目を狙え。私の騎体には火薬式竜穿杭が積んである。今ある中で正面からでも地竜の装甲を抜き得る、唯一の武装だ」
「分かりました」
「両目を潰せればそれで良し。散開し、速やかに撤退する。手負いにした上で目を奪えなかった場合は……全騎で腹に竜穿杭を撃ち込む。差し違えてでもここで仕留める」
この森林を抜けた先には村落が点在している。
リヴィアたちが逃走しても壊滅しても、それらの村落に被害が及ぶだろう。
「監察官殿はなぜ、竜狩りなどに命を張るのですか? それは俺たちの仕事ですよ」
「命を賭けぬ将帥に命を預ける兵はない。……もっとも、私はまだ到底、将帥の器などではないが」
「……あなたは変わった人だ。危険と判断したら逃げてくださいよ。監察官が死んだら俺たちも処罰されるんで」
「ふん……無礼な奴め」
ルフスが自らの騎体へと走るのを見届け、リヴィアも騎体へと乗り込む。
不思議とリヴィアにはアタランテたちと話すのが、共に士官学校に通う貴族の子女たちと話すよりもよほど心地よく感じられていた。
そして今、こうして竜と対峙している時も同じ心地よさを感じていた。
ここには虚飾が無い。
煌びやかなドレスも、薄っぺらな社交辞令も、政治的駆け引きも無い。
あるのはただ、生と死のせめぎ合いだ。
命懸けで闘い、敗れれば死ぬ。
それは生きとし生けるものの摂理だ。
一方で、彼らの在り方を眩しく感じるのは傲慢極まる欺瞞であるとも理解している。
彼らとて、望んでこのような生き方を選んだわけではない。
いわんや、死に方をや。
ならばせめて、彼らと同じ視座でこの戦場に立つべきだ。
あるいはそれが、帝国軍人たるものの在り方ではないとしても。
狭い間隔で大樹が並ぶ地点を、地竜と挟み込む位置に立つ。
左腕に搭載された火薬式竜穿杭を腰だめに構える。
「来い、こいつを脳天にお見舞いしてやる」
地鳴りが樹々を薙ぎ倒しながら一直線にここへ迫っている。
地竜が大地を踏み締める音と同調するように心音が高まっていく。
これは緊張か、恐怖か——高揚感か。
薄暗い森の中で、紅の双眸が光る。
殺意の線がこちらを捉えた。
「来いッ!!」
リヴィアは吠えていた。
その声は決して地竜に届きはしないが、それと同時に地竜の巨大な足が地を強く蹴った。
道中のくくり罠は踏み潰され、逆茂木は外骨格に傷一つ付けることなく蹴散らされていく。
ズン——。
鈍い音が響き、頭上で鳥が飛び立つ。
リヴィアの前に立つ二本の大樹が、地竜の進撃を止めていた。
その間を抜けた頭部が、あと僅か届かぬリヴィアの騎体に向けて咆哮を上げる。
「今だ!! やれッ!!」
血も凍るような叫びを正面から受け止めながらリヴィアは号令をかける。
両脇に潜んでいたルフスらが飛び出し、その眼を狙う。
バシュ。
圧縮ガスによる竜穿杭の射出音が二度響き、鮮血が散る。
一撃は外れ、ルフスの竜穿杭が左眼を貫いた。
激痛に地竜は再び咆哮し、その頭部が仰ぐように天を向く。
ここしかない。
晒された喉笛目掛けて踏み込み、左腕をアッパーのように突き出す。
外骨格に覆われていない首に、射出口が接した。
捉えた。
即座に引き鉄を引くとドン、と火薬の炸裂音が響き、鋼鉄製の杭が射出される。
しかしそれより僅かに早く、その巨体からは信じられない速度で竜は首をぐるりと回転させて射出口を弾いた。
照準のズレた杭は、竜の額を襲う。
硬く厚い額の外骨格に対し斜めに接触した杭は滑るように上へと弾かれてしまった。
「なッ!?」
左腕を跳ね上げられ体勢を崩すリヴィアに対し、竜が一歩前へ踏み込む。
ミシ、と竜を止めていた大木が不気味な音を上げる。
次の瞬間、地竜の肩は二本の大樹をへし折り、その足が更に前へ踏み出された。
それを見て後方へ下がろうとしたリヴィアの騎体に竜の頭部が振り上げるように叩きつけられる。
巨大な質量の衝突を受け鋼鉄の巨像が宙へ浮き、後ろへ撥ね飛ばされる。
衝撃で息が詰まる。
リヴィアは歯を食いしばり、地面に叩きつけられる衝撃に備えた。
備えつつ、薬莢を排出して竜穿杭を再装填する。
地面まで、あと一秒。
一瞬、意識が飛んでいた。
口元を生温かいものが伝っている。
血だ。
衝撃で口内を切ったか、あるいは内臓をやられたか。
音が遠い。
視界がぼやけている。
思考が纏まらない。
ぼやけた視界の端で、通信許可申請のランプが赤く点滅している。
「誰……だ……?」
手を伸ばそうとするが、力が入らない。
ルフスの指示で、小型機が地竜の左右からその腹へ潜り込もうとしている。
左後方から近づいた二騎が、巨大な尾の一振りで粉々になり、乗り手は赤い霧と消えた。
竜穿杭が柔らかい右腹部を貫き鮮血が滴るが、厚い脂肪に阻まれて致命症には届かない。そのアタランテは振り上げられた地竜の足音に踏み潰され、大地のシミとなった。
その直前、通信機から聞こえた断末魔が耳にこびりつく。
地竜は羽虫を払うが如く、小型機を蹴散らして前へ——リヴィアの方へ進む。
操縦桿を握る手に力が入らない。
負傷のせいか、あるいは。
目の前で開かれた巨竜の口の、その奥が赤熱している。
「火竜……だったのか。まだそんなものを……隠し持って……」
竜の喉奥から焔が迫り上がる。
ハッチ越しに、コクピット内の温度が上昇していくのが分かる。
「……申し訳ありません、父上……兄上……」
全力を尽くし、及ばなかった。
その結果が死なら、軍人として受け入れる他はない。
悔いがあるとすれば父の期待に応えられず、ノクティルカの家名に泥を塗ってしまった事だ。
目を閉じて、その時を待つ。
バシュッ。
竜穿杭の射出音。至近距離だ。
目を開くと、顎下に竜穿杭を撃ち込まれた地竜の頭が再び上を向き、そのまま放たれた火焔は閉じた口を焼きながら天へ昇った。
赤い光が空を穿ち、収束し、消える。
焼け爛れた口がだらりと開き、怒りに燃える右眼が、その下手人を睨む。
右腕を失った中型機。
逆関節の脚部に、尾を持つ騎体。
見紛うはずもない。
それは、13号の騎体だった。
竜の口に、レグナが支えるようにしてリヴィアの騎体の左腕が捩じ込まれていた。
「撃てッ!!」
通信の許可は出せていない。
聞こえるはずのないその声で、飛びかけていた意識を引き戻され、反射的に引き鉄を引く。
ドン。
竜穿杭は竜の口内で爆ぜ、鋭利な杭がその脳幹を刺し貫く。
地竜が喉奥から声にならない音を上げ白目を剥いて血の泡を吹き、その場へ倒れ伏した。
地竜の死を見届けたリヴィアはレグナの騎体の背を、揺れる尾を霞む視界に捉えながら、ゆっくりと意識を手放した。




