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炎上謝罪代行人は、善人ランキング世界で“許される空気”を作る  作者: 有馬 凪


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第七話 善人スコア七十六

「『昔から性格悪かった』『裏では有名だった』だって」


レイの声は軽かった。


でも、部屋の空気は軽くならない。


ヒカリは黙ったままスマホを見ていた。


画面の光が顔を青白く照らしている。


たぶん今、自分の人生が細切れにされて拡散されている。


学生時代の写真。


昔の発言。


誰かの記憶。


名前も顔も知らない人間たちがそれを拾って、並べて、意味をつけていく。


「アカウントは?」


相模原が聞く。


「高校の同級生っぽい。匿名だけど卒アル写真付き」


「本物か」


「たぶん」


レイがスクロールする。


「うわ、伸びてる」


再生数。


引用。


切り抜き。


まとめ。


もう始まっていた。


『天音ヒカリの裏の顔編』


「こういう時、人って妙に学生時代を信じますよね」


俺が言うと、相模原が少し笑った。


「『昔からそうだった』は強い」


気味が悪いぐらい即答だった。


「人は『突然壊れた』より『最初から壊れていた』を好む」


ヒカリの肩が少しだけ震える。


でも反論しなかった。


「……違います」


小さく言う。


弱い声だった。


「私、別に……」


そこで止まる。


言葉が続かない。


たぶんこの人は今まで『自分を弁護する』経験が少なすぎる。


誰かに責められた時、言い返すより先に謝ってきた。


誤解を解くより、相手が不快にならない言葉を選んできた。


その癖が今は全部裏目に出ている。


「天音さん」


相模原が柔らかい声を出す。


「今、一番危険なのは『否定』です」


「え……?」


「『そんなことありません』『誤解です』は、炎上中だと逆効果になる」


相模原はタブレットを開いた。


炎上対応マニュアル。


そこには、


《全面否定は燃料になりやすい》


と書かれている。


怖かった。


この人は人間の感情を分類している。


まるで天気みたいに。


怒り。


同情。


不信。


失望。


湿度や風向きでも見るみたいに人の感情を測っている。


「人は『否定された』と感じると攻撃性が上がる」


「でも、違うなら違うって言わないと……」


ヒカリが困ったように言う。


相模原は首を横に振った。


「正しさはどうでもいいんですよ」


その瞬間。


ヒカリの表情が少しだけ固まった。


たぶん今まで、そんなふうに考えたことがなかったんだと思う。


正しいことをする。


人を傷つけない。


誤解されたらちゃんと説明する。


そういう当たり前を信じて生きてきた人間にとって、相模原の言葉は暴力に近い。


「じゃあ、どうすれば……」


「まず受け止める」


相模原は淡々と続ける。


「そう見えてしまったなら申し訳ない、と」


レイが「そこまでやっちゃうかー」と天井を見た。


「出た。謝罪構文」


「テンプレは強いですよ」


相模原は平然としている。


「人は見慣れたものに安心する」


俺はヒカリを見た。


目線が揺れている。


呼吸も一定じゃない。


でも。


少しだけ違和感があった。


この人は『炎上』には怯えている。


なのに。


『同級生』という単語が出た瞬間だけ、別の怖がり方をした。


今の炎上を怖がる顔じゃない。


昔閉じたはずの扉が勝手に開いた時の顔だった。


「……有馬くん?」


レイがこちらを見る。


「どうしたの」


「いや」


俺はヒカリから目を離さなかった。


「高校時代、何かありました?」


ヒカリが息を止める。


一瞬だけ。


本当に一瞬。


でも分かった。


図星だ。


「……別に」


否定が早すぎた。


「何も」


嘘も下手だった。


相模原が笑う。


また『面白くなってきた時』の笑い方。


「有馬」


「はい」


「天音さんの善人スコア」


俺はタブレットを見る。


数秒前から更新されていた。


83.2。


81.9。


79.8。


77.4。


そして。


76.9。


ヒカリが小さく息を呑む。


「……70台」


その声は、点数が落ちたショックというより。


『人間じゃなくなった』


みたいな響きだった。


この国では、70台はただの数字じゃない。


まだ社会から追い出されるほどではない。


でも、守られる側ではなくなる。


叩いてもいい。


疑ってもいい。


距離を取ってもいい。


そういう空気が急に人間の周りに発生する。


数字が一つ落ちるだけで人の声の温度が変わる。


店員の笑顔が変わる。


仕事相手の返信速度が変わる。


世界がほんの少しだけ自分を雑に扱い始める。


「あーあ、もう止まらないねこれ」


レイがぼそっと言う。


珍しく笑っていなかった。


その時だった。


部屋のテレビが勝手につく。


ニュース速報。


《天音ヒカリ、過去いじめ疑惑浮上》


空気が止まる。


ヒカリの手からスマホが滑り落ちた。


床に当たる音がやけに大きく聞こえた。


でも。


俺が見ていたのはテレビじゃない。


ヒカリだった。


その瞬間。


この人は初めて『炎上』より、『過去』を怖がった。


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