第六話 謝罪は才能だ
「この人、謝罪向いてないです」
部屋が静かになった。
ヒカリが少し傷ついた顔をする。
でも相模原だけは笑っていた。
『面白くなってきた時』の笑い方。
「いい視点だ、有馬」
その瞬間、少しだけ後悔した。
この人に褒められると自分まで何か壊れていく気がする。
「……どういう意味ですか?」
ヒカリが小さく聞いた。
声が少し掠れていた。
俺は一瞬だけ迷う。
でも、ここで誤魔化す方が残酷な気がした。
「謝罪って技術なんです」
ヒカリがこちらを見る。
「本当に悪いと思ってるかは実はそこまで関係ない」
レイが「うわ」と呟く。
でも相模原は止めない。
むしろ楽しそうだった。
「重要なのは『相手が安心できるか』です」
俺はタブレットを操作する。
画面には過去の炎上事例。
政治家、俳優、配信者、アイドル。
その横に回復率グラフ。
「謝罪が上手い人は『ちゃんと弱く見せられる』」
「弱く……」
「はい」
ヒカリは黙った。
たぶん、その発想自体がなかったんだと思う。
「普通の人は怒られた時に言い訳したくなる。でも炎上では逆です」
画面をスクロールする。
「『傷ついてます』は弱い。『反省してます』も弱い」
「じゃあ何が正解なんですか」
ヒカリの声は、本気で分からない人間の声だった。
そこで相模原が口を開く。
「『皆さんの期待を裏切ってしまった』です」
即答だった。
「人は自分が被害者になりたいんです」
気味が悪いぐらい自然に言う。
「だから『あなたを傷つけました 』より『あなたを失望させました』の方が効く」
ヒカリの指先が少し震えた。
その言葉に反応している。
やっぱりこの人、
『嫌われる』より、
『失望される』方を怖がっている。
「あと大事なのは順番ですね」
相模原は続ける。
「最初に泣くと嘘くさい。最初に笑うと終わる。説明が長いと隠蔽に見える。沈黙が長いと反省してない扱いになる」
説明が滑らかすぎた。
たぶんこの人、
もう何百人も見てきたんだ。
壊れる人間を。
「……怖」
レイが引いた声を出す。
「謝罪マナー講師じゃん」
「似たようなものです」
相模原は否定しなかった。
そこが余計怖い。
「有馬」
「はい」
「天音さんの現状分析」
俺はタブレットを閉じた。
少し考える。
ヒカリは緊張した顔でこちらを見ていた。
この人、たぶん学校の先生に当てられるだけでも胃が痛くなるタイプだ。
「まず『善人すぎる』のが問題です」
「悪口?」
レイが聞く。
「分析です」
ヒカリが少しだけ困った顔で笑った。
また愛想笑い。
癖になってる。
「天音さんは今まで『空気を悪くしないこと』で生きてきた」
ヒカリの表情が少し止まる。
図星だ。
「だから炎上対応で必要な『嫌われる覚悟』がない」
ヒカリが俯く。
でも否定しなかった。
「本当に善人な人って誰かに嫌われる前に自分を削って調整するんです」
レイが珍しく黙っていた。
たぶん、
この部屋で一番それができない人間だから。
「でも炎上って、何をしても嫌われる」
部屋が静かになる。
「だから向いてない」
ヒカリは小さく息を吐いた。
泣きそうだった。
でも泣かない。
今この人、
泣くことすら『空気』を読んでる。
その時だった。
スマホが震える。
レイが画面を見る。
「あ」
嫌な声だった。
「どうした」
「ヒカリの高校時代の同級生、出てきた」
部屋の空気が少し変わる。
レイが読み上げる。
「『昔から性格悪かった』『裏では有名だった』だって」
ヒカリの顔色が変わった。
でも。
俺が気になったのはそこじゃなかった。
その瞬間。
相模原が少しだけ笑った。




