第八話 コメント欄は血の匂いに敏感だ
《天音ヒカリ、過去いじめ疑惑浮上》
ニュース速報の文字が部屋を青白く照らしていた。
ヒカリは動かなかった。
いや。
動けなかった、に近い。
その顔を見た瞬間、分かってしまった。
この人、
『炎上そのもの』より、
『知られたくなかった過去』の方を恐れている。
「……違います」
ヒカリが小さく言った。
でも弱かった。
コメント欄に投げたら一秒で飲み込まれるぐらい弱い声だった。
「私、そんなこと……」
相模原は止めなかった。
助けもしない。
ただ観察していた。
人が壊れる瞬間を待つみたいに。
「レイ」
「はいはい」
「拡散源」
レイがスマホを操作する。
「最初は匿名掲示板。そこから切り抜きまとめ。今インフルエンサー系が拾い始めた」
「早いな」
「『いじめ』は伸びるからねー」
レイは軽く言った。
「みんな好きじゃん。正義側に立てる炎上」
ヒカリの肩が少し震える。
その瞬間。
レイは少しだけ気まずそうな顔をした。
たぶん今、
自分が踏んだ。
「……ごめん」
珍しかった。
レイってちゃんと謝れるんだな。
ヒカリは小さく首を横に振った。
「いえ……」
でも。
その『いえ』も、
空気を悪くしないための言葉に聞こえた。
「有馬」
相模原が言う。
「どう見る」
俺は少し考える。
テレビではもうコメンテーターが喋り始めていた。
『清純派として活動されていただけにショックですね』
『本当ならかなり問題では』
『昔から兆候はあったのかもしれません』
まだ何も分かってないのに。
もう『そういう空気』になり始めていた。
「……証拠が弱いです」
俺は言った。
「でも伸びる」
「理由は」
「気持ちいいからです」
部屋が静かになる。
「『善人が実は加害者だった』って話、人は好きなんですよ」
レイが「あー」と小さく言う。
「分かる。めっちゃ伸びるやつ」
「しかも今回は天音ヒカリです」
俺は画面を見る。
コメント欄。
『やっぱり』
『昔からそういう奴だったんだ』
『善人アピールきつかったもんな』
『なんか納得した』
まただ。
納得。
安心。
最近ずっと、
人が安心していく瞬間ばかり見てる。
「……私」
ヒカリが小さく言った。
部屋の全員がそちらを見る。
「一人だけいました」
空気が止まる。
「クラスで浮いてた子が」
ヒカリは俯いたまま続ける。
「でも私は……何もしてません」
その言葉。
少しだけ引っかかった。
『いじめてない』じゃない。
『何もしてない』
相模原も気づいたらしい。
少しだけ目を細めた。
「天音さん」
柔らかい声。
でもたぶん、
今この部屋で一番危険な声。
「『何もしなかった』と『無関係』は違います」
ヒカリの呼吸が止まる。
「……っ」
その瞬間。
スマホがまた震えた。
レイが画面を見て、
珍しく本気で顔をしかめた。
「うわ」
「どうした」
「同級生、配信始めた」
嫌な沈黙。
レイが続きを読む。
「タイトル……」
数秒止まる。
そして。
「『天音ヒカリに壊された人間です』」
部屋の空気が、完全に変わった。




