↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎上謝罪代行人は、善人ランキング世界で“許される空気”を作る  作者: 有馬 凪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/16

第八話 コメント欄は血の匂いに敏感だ

《天音ヒカリ、過去いじめ疑惑浮上》


ニュース速報の文字が部屋を青白く照らしていた。


ヒカリは動かなかった。


いや。


動けなかった、に近い。


その顔を見た瞬間、分かってしまった。


この人は、『炎上そのもの』より『知られたくなかった過去』の方を恐れている。


「……違います」


ヒカリが小さく言った。


でも弱かった。


コメント欄に投げたら一秒で飲み込まれるぐらい弱い声だった。


「私、そんなこと……」


相模原は止めなかった。


助けもしない。


ただ観察していた。


人が壊れる瞬間を待つみたいに。


「レイ」


「はいはい」


「拡散源」


レイがスマホを操作する。


「最初は匿名掲示板。そこから切り抜きまとめ。今、インフルエンサー系が拾い始めた」


「早いな」


「『いじめ』は伸びるからねー」


レイは軽く言った。


「みんな好きじゃん。正義側に立てる炎上」


ヒカリの肩が少し震える。


その瞬間。


レイは少しだけ気まずそうな顔をした。


たぶん今、自分が踏んだ。


「……ごめん」


珍しかった。


レイってちゃんと謝れるんだな。


ヒカリは小さく首を横に振った。


「いえ……」


でも。


その『いえ』も、空気を悪くしないための言葉に聞こえた。


自分が傷ついたことより相手に気まずい思いをさせないことを優先する声。


そういう声を出す人間はたぶん何度もそれで生き延びてきた。


「有馬」


相模原が言う。


「どう見る」


俺は少し考える。


テレビではもうコメンテーターが喋り始めていた。


『清純派として活動されていただけにショックですね』


『本当ならかなり問題では』


『昔から兆候はあったのかもしれません』


まだ何も分かっていないのに。


もう『そういう空気』になり始めていた。


「……証拠が弱いです」


俺は言った。


「でも伸びる」


「理由は」


「気持ちいいからです」


部屋が静かになる。


「『善人が実は加害者だった』って話、人は好きなんですよ」


レイが「あー」と小さく言う。


「分かる。めっちゃ伸びるやつ」


「しかも今回は天音ヒカリです」


俺は画面を見る。


コメント欄。


『やっぱり』


『昔からそういう奴だったんだ』


『善人アピールきつかったもんな』


『なんか納得した』


まただ。


納得。


安心。


最近ずっと、人が安心していく瞬間ばかり見ている。


誰かを疑っていた自分は間違っていなかった。


完璧な人間を気持ち悪いと思っていた自分は正しかった。


善人なんていない。


そう思えた瞬間、人は少しだけ楽になる。


その楽さのために誰かの人生が必要になる。


「……私」


ヒカリが小さく言った。


部屋の全員がそちらを見る。


「一人だけいました」


空気が止まる。


「クラスで浮いてた子が」


ヒカリは俯いたまま続ける。


「でも私は……何もしてません」


その言葉。


少しだけ引っかかった。


『いじめてない』じゃない。


『何もしてない』。


相模原も気づいたらしい。


少しだけ目を細めた。


「天音さん」


柔らかい声。


でもたぶん、今この部屋で一番危険な声。


「『何もしなかった』と『無関係』は違います」


ヒカリの呼吸が止まる。


「……っ」


レイが相模原を見る。


「そこ、今刺す?」


「必要です」


相模原は表情を変えない。


「世間は必ずそこを刺してきます。なら、こちらが先に刺しておいた方がいい」


怖かった。


この人は、人の傷を治すために見るんじゃない。


どこを押せば痛いか確認するために見る。


「……私は」


ヒカリの声が震える。


「本当に、何も……」


「何もしていない」


相模原が繰り返す。


「ええ。たぶん、そうなんでしょう」


ヒカリが顔を上げる。


一瞬だけ、救われたような顔をした。


でも相模原は続けた。


「だから、燃えるんです」


部屋の空気が、また重くなる。


「積極的にいじめていない人間は、自分を加害者だと思わない。ですが、見ていた側はそうは思わない」


相模原の声は淡々としていた。


「特に今の世間は、『殴った人間』より『止めなかった人間』を嫌う」


「……そんなの」


ヒカリが小さく言う。


「じゃあ、どうすればよかったんですか」


それは初めて、ヒカリの言葉に少しだけ怒りが混じった瞬間だった。


俺は思わず彼女を見る。


ヒカリ自身も、自分の声に驚いたような顔をした。


「すみません……」


すぐに謝る。


やっぱり。


怒り慣れていない。


自分の怒りにすら、謝ってしまう。


相模原は少しだけ笑った。


「いいですね」


「……え?」


「その言葉は使えます」


ヒカリの顔から、また血の気が引いた。


自分の怒りまで素材にされた顔だった。


「相模原さん」


俺は思わず声を出していた。


相模原はこちらを見る。


「何か」


「……いえ」


言い返せなかった。


たぶん、相模原は間違っていない。


炎上対応としては。


それが一番嫌だった。


その瞬間。


スマホがまた震えた。


レイが画面を見て、珍しく本気で顔をしかめた。


「うわ」


「どうした」


「同級生、配信始めた」


嫌な沈黙。


レイが画面をスクロールする。


「タイトル……」


数秒止まる。


そして。


「『天音ヒカリに壊された人間です』」


部屋の空気が完全に変わった。


テレビの音が急に遠くなる。


ヒカリは何も言わなかった。


ただ、唇だけが小さく動いた。


名前を呼んだように見えた。


その瞬間、俺は分かった。


ヒカリは、その相手を知っている。


そしてたぶん。


忘れたこともなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。