第四話 炎上は訂正されない
「違うんです……!」
天音ヒカリの声は震えていた。
部屋の空気が一瞬だけ止まる。
でも
誰もすぐには動かなかった。
こういう時、人間はまずスマホを見る。
事実より先に『世間がどう反応したか』を確認する。
レイはもうコメント欄を開いていた。
「うわ」
「何ですか」
「もう『過去から性格悪かった説』始まってる」
早すぎる。
動画が上がってまだ三分も経っていない。
なのに、もう空気が完成し始めている。
『やっぱり本性出た』
『昔から口悪かったんだ』
『善人営業きつかった』
『なんか安心した』
またその言葉だ。
安心した。
最近、この言葉ばっかり見てる気がする。
「……それ、切り抜きです」
ヒカリが小さく言った。
「配信の一部分だけで……」
「元動画は?」
俺が聞く。
「消されました」
「誰に」
そこで、ヒカリの視線が揺れた。
一瞬だけ。
ほんの少し。
でも分かる。
この人、誰かを庇おうとしてる。
「……分かりません」
嘘だった。
嘘が下手なんだと思う。
相模原がソファへ腰掛ける。
「天音さん」
気味が悪いぐらい柔らかい声だ。
「一つ確認します」
「……はい」
「あなたは今、『誰を守ろう』としているんですか?」
ヒカリの肩が小さく震えた。
その瞬間。
俺は少しだけ寒気がした。
相模原は人を追い込む時ほど声が優しい。
「違っ……私は……」
「今ここで間違えると、あなたは終わります」
相模原は淡々と言った。
「善人スコアは現在83.2」
ヒカリが息を呑む。
「え……」
「あと一回大きく燃えれば七十台に入る」
静かな声だった。
まるで天気予報みたいに。
「七十台に落ちると、スポンサーは戻りません。教育番組も降板です。CMも止まるでしょう」
ヒカリの顔色が少し変わる。
「それだけじゃない」
相模原は続けた。
「七十台は、『一般人が安心して攻撃できるライン』です」
レイがポテチを食べる手を止めた。
たぶん、部屋の全員が嫌な気分になっていた。
でも相模原だけは違う。
この人、たぶんもう慣れてる。
「有馬」
「はい」
「例のデータ出せ」
俺はタブレットを開いた。
炎上分析
過去五年間の善人スコア推移
そこには、ある傾向が出ていた。
「善人スコア九十以上の人間は、炎上後の回復率が極端に低い」
ヒカリがこちらを見る。
「……どうしてですか」
「期待値が高すぎるからです」
俺は画面をスクロールした。
「普通の人間は、“性格悪い瞬間”があっても驚かれない。でも善人として売れた人は違う」
画面に並ぶグラフ。
「みんな、『裏切られた』と感じる」
ヒカリは黙っていた。
その横顔を見ながら、俺は少し違和感を覚える。
この人。
スポンサーの話より、
『誰かを庇う話』になった時の方が反応している。
そこだけ妙に人間っぽい。
「……天音さん」
俺は口を開いた。
「その動画、本当にあなたの発言ですか」
ヒカリがこちらを見る。
数秒。
沈黙。
それから、小さく言った。
「……半分だけ」
「半分?」
「『消えればいいのに』って言ったのは本当です」
レイが「あー」と小さく声を出す。
「でも」
ヒカリは続けた。
「『人』に言ったんじゃないんです」
部屋が静かになる。
相模原だけが少し笑った。
嫌な笑い方だった。
「なるほど」
その瞬間。
俺は理解した。
この人、
『面白くなってきた』時に笑うんだ。




