第二話 謝罪動画の作り方
炎上には初動がある。
火種
拡散
切り抜き
正義感
そして『叩いてもいい空気』
そこまで行くともう止まらない。
ごめんなさい屋の仕事はその空気の流れを変えることだった。
「で、どうするの?」
レイが助手席でポテチを食べながら聞いてきた。
朝10時。
俺たちは移動用のワゴン車で都内某所へ向かっていた。
天音ヒカリ隔離施設。
実際には事務所付きの高級マンションらしいが炎上業界ではみんなそう呼ぶ。
1度燃えた人間はまず、安全な場所に移される。
外に出ると撮られる。
喋ると切り抜かれる。
黙っていても「反省していない」と言われる。
だから隔離する。
病人みたいに。
いや、感染者みたいに。
「まず謝罪動画」
「テンプレ土下座?」
「もう古い」
俺はタブレットをスクロールする。
画面には炎上分析データ。
好感度推移。
年齢別反応。
攻撃性スコア。
炎上寿命予測。
この国では人間が燃える速度までAIが計測している。
「今の主流は『反省しすぎない』」
「は?」
レイが眉をひそめた。
「反省しすぎると嘘っぽい。泣きすぎてもダメ。被害者ぶると終わる。開き直っても終わる」
「めんどくさ」
「炎上ってだいたい宗教だから」
レイは「うわ出た」と笑った。
「また有馬くんの陰キャ分析」
「違います。統計です」
実際、数字で出ている。
謝罪文化において重要なのは反省ではない。
『視聴者が安心できること』
つまり。
こいつは自分たちより下に落ちた、と確認できること。
ちゃんと罰を受けている。
ちゃんと弱っている。
ちゃんとこっち側より下にいる。
それが確認できれば人は意外と満足する。
「今回ヤバいのは?」
「ヒカリが善人すぎたこと」
「悪口?」
「事実です」
天音ヒカリは『理想の善人』として売れすぎた。
だから今、みんな安心したがっている。
ああ、こいつも人間だったんだ、と。
その瞬間を。
「でもさぁ」
レイがポテチを口に含みながら言った。
「『死ねばいいのに』くらい、みんな言わない?」
「言う」
「じゃあなんで燃えるの?」
「天音ヒカリだから」
それだけだ。
善人スコア97はもう人間じゃない。
公共物に近い。
駅の広告とか、教育番組のキャラクターとか、そういう扱いだ。
だから汚れると騒がれる。
本当はみんな最初から薄々分かっている。
広告に映っている善人が24時間ずっと善人でいられるわけがない。
それでも人は、それを見たい。
見たいくせに、壊れる瞬間も見たい。
「うわぁ……」
レイは窓の外を見た。
「善人ってコスパ悪すぎ」
「アンタは逆に下がりすぎです」
「昨日また0.4落ちた」
「何したんですか」
「配信で『善人スコア高い人って友達少なそう』って言った」
「そりゃ下がる」
「でも本当じゃん」
否定できなかった。
高スコア人間ってだいたい人に嫌われない。
でも、好かれているというより『問題を起こさない人』として扱われている感じがある。
社会適合性の高い観葉植物みたいなものだ。
水をやる必要はある。
でも、喋り出したらたぶん嫌がられる。
スマホが震えた。
相模原からのメッセージ。
『追加情報。切り抜き元判明』
URLが送られてくる。
開く。
動画タイトル。
『天音ヒカリ『裏の顔』まとめ』
「はやっ」
アップからまだ六時間しか経っていない。
なのに再生数は二百万を超えていた。
コメント欄も地獄だった。
『やっぱりな』
『前から胡散臭かった』
『善人営業キツかった』
『本性出たね』
『安心した』
「安心した?」
思わず呟く。
レイが横から画面を覗き込んだ。
「あー、これね」
「何ですか」
「みんな『完璧な人間』嫌いなんだよ」
レイはあっさり言った。
「だから安心したの。『こいつも性格悪かったんだ』って」
車が赤信号で止まる。
窓の外の大型モニターでは天音ヒカリが笑っていた。
少し前まで放送されていた化粧品CMだ。
『あなたらしい優しさを』
今見ると皮肉だった。
画面の中のヒカリはまっすぐ前を見て笑っている。
清潔で、柔らかくて、誰も傷つけなさそうな笑顔。
たぶん、昨日までは誰も疑わなかった。
でも今日は違う。
同じ笑顔なのに、もうみんな勝手に裏側を探し始めている。
「……有馬くん」
レイが急に真面目な声を出した。
「ヒカリ、たぶん本当に誰か庇ってるよ」
「俺もそう思います」
「どうする?」
どうする、か。
本来なら簡単だ。
切り捨てればいい。
炎上は誰か一人を悪者にすると収まりやすい。
例えば。
スタッフ。
編集。
恋人。
家族。
誰でもいい。
『原因』が見つかれば人は安心する。
悪い人間が1人いる。
だから自分たちは間違っていない。
そういう形にできれば火は弱まる。
でも。
動画の中の天音ヒカリは自分が燃えることより、誰かが燃えなかったことに安心していた。
それが妙に引っかかった。
善人スコア97の人間が炎上中に見せる顔じゃない。
少なくとも、俺が今まで見てきた“もう助からない人間”の顔とは違った。
ワゴン車が地下駐車場へ入る。
天音ヒカリ隔離施設。
入口には報道陣が集まっていた。
スマホ。
カメラ。
ライブ配信。
誰もが『善人が壊れる瞬間』を待っている。
「うわ」
レイが引いた声を出す。
「ゾンビ映画じゃん」
少しだけ笑ってしまった。
でも実際、似たようなものだった。
炎上っていうのはたぶん現代の集団感染だ。
誰かが叩き始める。
すると、自分も叩いていい気がしてくる。
そのうち、叩いていない人間の方が冷たいみたいな空気になる。
正義感は感染する。
しかも、感染している間だけは自分がまともな人間になった気がする。
車が止まる。
相模原が振り返った。
いつからそこにいたのか分からないぐらい、自然にこちらを見ていた。
「準備しろ」
「はい」
「今日からお前が天音ヒカリの空気を作る」
その言い方はやっぱり嫌いだった。
でも。
地下駐車場の向こうで光るカメラの群れを見ていると、否定する言葉が出てこなかった。




