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第一話 善人スコア九十七の少女

初投稿です。

善人が息苦しい社会の話を書きます。

よろしくお願いします。

謝罪動画にはだいたい三種類ある。



本当に反省している人間の動画。 


反省しているように見せたい人間の動画。


そしてもう助からない人間の動画だ。

  



俺の仕事はその三つ目を二つ目に変えることだった。


「有馬くーん、死体きたよー」

事務所の奥から、だるそうな声が飛んできた。


俺はカップ焼きそばの湯切りを止めて顔を上げる。モニターには『ごめんなさい屋』のロゴ。ガラス張りのオフィスの向こうでは、善人スコア広告が流れていた。



『今日の善行で、あなたも評価アップ!』


『コンビニ店員への笑顔で+0.3!』


『攻撃的な言葉遣いは減点対象です!』



この国では、人間性が数値化されている。


正式名称は《社会信用健全指数》。

通称、善人スコア。


政府と民間企業が共同運営する人格評価システムだ。


寄付、言動、SNS投稿、購買履歴、通報件数、炎上履歴。あらゆる行動がAIによって解析され、点数になる。


高スコアは就職優遇。

住宅ローン優遇。

恋愛マッチング優遇。


逆に低スコア人間は、静かに人生が終わる。


ちなみに俺の現在のスコアは38。


どんなもんか気になって調べたらコンビニのセルフレジと同じぐらいだった。なかなか終わってる。


「有馬くん聞いてるー?」


「死体って言うのやめてください。まだ生きてるでしょう」


「SNS的には死んでる」


そう言いながら、黒崎レイがソファの背もたれに逆向きで座っていた。


黒崎レイ

善人スコア12。


炎上系配信者。

スポンサー全滅。

BAN五回。

現在は半分ネットのおもちゃである。

 


なのに、なぜかうちの事務所に入り浸っている。



「やっちゃったねー。今回のやつはかなりヤバいよ」


レイがタブレットを投げて寄越した。


画面には、切り抜き動画。


タイトル

『【本性】天音ヒカリ、『死ねばいいのに』発言』


「あー」


思わず声が出た。


終わったな、と思った。


天音ヒカリ。


善人スコア97。


国内最高クラス。


俺なら息苦しくて三日で死ぬ。


教育番組、慈善活動、企業CM、公共広告。

『日本で最も嫌われていない女』なんて呼ばれている。

国民全員の娘みたいなものだ。

老若男女みんなから愛されている。


その彼女が生配信中に一言。


『死ねばいいのに』


たったそれだけ。


でも、この社会では十分だった。


「どれくらい?」


「切り抜き四万。謝罪タグ爆増。人格偽装疑惑まで行ってる」


「早いな」


「みんな待ってたんだよ」


レイは黒い髪をなびかせながらケラケラ笑った。


「『善人が落ちる瞬間』って最高の娯楽だから」


レイはデスクにあったイチゴ味のチョコを美味しそうに頬張った。


それは否定できなかった。


高スコア人間は嫌われない。

でも愛されてもいない。


ただ監視されている。


誰よりも。


失敗する瞬間を待たれながら。


事務所の自動ドアが開いた。


空気が変わる。


スーツ姿の女が入ってきた。


「有馬湊くん」


相模原誠司。

ごめんなさい屋代表。


謝罪業界の化け物。


この人は謝罪を芸術だと思っている。


「依頼だ」


「天音ヒカリですか」


「そう」


相模原はタブレットを机に置いた。


画面には、リアルタイム善人スコア推移。


97.2。


96.8。


95.9。


94.1。


数字が、生き物みたいに落ちていく。


「まだ初動ですらこれか」


「二十四時間以内に八十台入るな」


相模原は淡々と言った。


「助かります?」


「助けるんじゃない」


相模原はネクタイを緩めた。


「『許される空気』を作るんだよ」


その言い方が、俺は嫌いだった。


でも正しい。


炎上で重要なのは、真実じゃない。


空気だ。


誰を叩いていい空気か。

どこでやめる空気か。


それだけ。


「本人は?」


「現在隔離中。発言制限。SNS凍結寸前」


「メンタルは」


「壊れかけ」


そりゃそうだろう。


善人スコア97の人生なんて、常時全国放送みたいなものだ。


一回の失言で終わる。


いや。


終わることを期待されている。


「行くぞ」


相模原が言った。


「天音ヒカリを『まだ許してもいい人間』に戻す」


俺は立ち上がった。


カップ焼きそばは伸びていた。

 

たぶん、この仕事を始めてから一番面倒な案件になる。


そんな予感だけはした。


「その前に」


相模原がタブレットをこちらへ滑らせた。


「未公開版、見ておけ」


「謝罪動画ですか?」


「公開前のやつだ。まだ外には出てない」


画面をタップする。


再生。


薄暗い部屋だった。


天音ヒカリが椅子に座っている。


見慣れた顔だった。

CMでも、広告でも、駅前モニターでも毎日見る。


でも、画面の中の彼女は少し違った。


髪が乱れている。


目が赤い。


何時間も泣いた後みたいだった。


『……この度は、私の軽率な発言により』


声が震えていた。


『多くの方を傷つけ、不快な思いを――』


そこで動画が止まる。


ヒカリが、カメラの外を見た。


『……っ』


誰かの声。


スタッフか。


ヒカリは数秒黙って、それから小さく息を吐いた。


『すみません』


撮影が再開される。


でも。


次の瞬間。


ヒカリは、笑った。


ほんの少しだけ。


安心したみたいに。


『……よかった』


「は?」


思わず声が漏れた。


ヒカリは涙を拭きながら、静かに言った。


『私じゃなくて』


そこでまたスタッフの声。


『天音さん、そこはカットします』


『あ……ごめんなさい』


動画終了。ワオ、参っちまったな。


数秒、部屋が静かだった。


「……今の」


俺は画面を見たまま呟いた。


「『私じゃなくて』?」


「気づいたか」


相模原が笑う。


嫌な笑い方だった。


「普通、炎上した人間は『自分が終わった』顔をする」


「はい」


「でも彼女は違う」


相模原はソファに腰掛けた。


「『誰かを庇って安心した顔』をしてる」


背筋が少し寒くなった。


レイがイチゴ味のチョコを咥えたまま言う。


「うわぁ」


心底楽しそうだった。


「うわ、絶対ダルいやつじゃん」


俺も同意見だった。


天音ヒカリは、

自分の炎上をそこまで恐れていない。


そんなわけがない。


善人スコア97。


この社会で最も“失敗を許されない側”の人間だ。


なのに。


動画の最後の顔は、

自分より誰かを心配している顔だった。


「……え?」


もう一度、動画を再生する。


ヒカリの視線。


言葉。


間。


そして最後の表情。


嫌な予感がした。


この炎上。


たぶん、

まだ何も始まっていない。

読んでいただきありがとうございました。

続きも更新していきます。

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