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リーン・ドラゴン~ラミア編・2~聖霊剣~  作者: NotPriest008
第一章~初めての旅路、そして初めての思い出~
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第一章~初めての旅路、そして初めての思い出~

第一章~初めての旅路、そして初めての思い出~


 長距離移動では、馬車が必須だ。

 旅人の多くは、定期便を利用するし、荷物の多くも委託して運んで貰っている。個人や会社で馬車を所有している者たちも当然いるが、そのほとんどは単独で街道を行き交うことはない。

 なぜならば、街道では魔獣や魔物が出没するからである。いや、そうした敵性生物だけではない。最も恐れなくてはならないのは、悪意を持った人間達、いわゆる野盗などだろう。

 人間は、巧妙に罠を張ってくる。そして馬車を鹵獲し、金品を奪う。それだけならまだ良いだろう。最悪の場合、命を取られることだってある。年相応の女性の場合は、命を取られるよりも悲惨な目に遭うだろう。

 そんな危険を回避するため、数台以上でキャラバン隊を組み、護衛を乗せる。馬車が数台集まるだけで、魔獣や魔物達は身の危険を感じて近づかなくなる。野盗も、人数を揃えないと襲撃出来なくなる。そして冒険者が馬車を護衛するだけで、野盗に対する牽制にもなる。

 冒険者を襲撃するということは、冒険者協会を敵に回すということだ。野盗とて、命あっても物種だ。だからキャラバン隊には手を出せないのである。

 その他、キャラバンを組むことで得られる恩恵は大きい。

 例えば、何かがあって馬車が立ち往生した場合だ。ぬかるみにはまったり、或いは故障した場合が挙げられるだろう。ぬかるみにはまるぐらいなら、みんなで泥んこになって押せば脱出できる。しかし人数が揃わなければ、これすら敵わない。そして故障の場合でも、知恵を集めて応急修理が出来るかもしれないし、出来ない場合でも、荷物や客を他の馬車に分乗させ、その先へと移動することが出来るのだ。昔のように、馬に載せられなかった荷物は諦める、ということはない。

 だから、一定数以上のキャラバン隊を組む。このキャラバン隊に関しても、今は馬車協会連合があり、運行などもしっかりと管理されているのだ。


 そして、今まさに、馬車が一台故障していた。その原因を、馬車の持ち主や他の御者の皆が、ラミアの目の前で探っていた。

 故障した馬車は、ラミア達の乗るものよりも数台前のものだった。いきなりガクンと揺れて、車輪が外れてしまったのである。そのためキャラバン全体を停止することになったが、丁度お昼時でもあったため、昼食時の大休憩を繰り上げる形を取った。

 ラミア達も駆け寄ったが、ラミアは特に何もできることは無さそうだったので、見物することにした。馬車良いに苛まされていたところだったので、丁度良い気晴らしとなった。なお、酔いを引きずっているせいで、あまり食欲はないらしい。

 アルフは馬車の修理を手伝うことにしたようだった。

 車体はアルフが支え、他の男達がその下に入って、色々話ながら原因を探っていた。

「……んん?」

 ラミアは一瞬見間違いかと思い、目をこすってもう一度、注意深く見てみた。

 車体は、アルフが一人で支え。

「いやいやいやいや待て待て待て待て」

 思わず駆けより、男衆のところに分け入った。

「いやおかしいでしょ、何でアルちゃん一人で支えてるの!?」

「いや、兄ちゃん一人で大丈夫っていうからさ?」

 男衆は、みんなで協力して支えていないことに腹を立てた、というようなニュアンスで捉えたようだが。

「じゃなくてっ。アルちゃん、何で一人で、この重さを支えきれてるの!?」

 ラミアは単純に驚いているだけだった。

「何でって」

 アルフは首を捻る。

「……お前さ、俺、黒龍ハーフだって、忘れてる?」

「は? え? ……あっ」

 言われてからしばらくして思い出し、顔を真っ赤にさせた。

「……っ、ふんっ!」

 これぞツンデレ、という勢いでそっぽを向き、そのままラミアは退散していくのであった。その様子に、アルフは苦笑するほか無かった。

 龍族という存在がある。その中で、鱗が黒い者たちを黒龍と呼ぶ。龍族が人間達の中で暮らしているのは、ガドネア歴前からであり、特にガドネア大陸ではラミア達人龍と並んで、良き隣人となっている。当然ながら、人間達とともに暮らす龍族は人型の形態を取っているが、変化の魔法を使用することで本来の龍の姿へと戻ることも可能だ。

 その他、背中に翼と尻尾だけを呼び出す部分龍化という形態を取ることも可能である。なお地方によっては、半龍化とも呼ばれているが、これは方言の類い。

 この部分龍化と区別するため、普通の龍化を敢えて『完全龍化』と呼ぶことが多い。

 そしてアルフだが、彼の母が黒龍だったため、彼はその血を受け継いでいる黒龍ハーフだ。だが彼の場合は血が薄く、部分龍化も完全龍化も、そのどちらもできない。それでも、腕力や身体の頑丈さは、しっかりと受け継いでいる。

 もう一つ余談として、彼の弟は、完全龍化は出来ないが、部分龍化ができる。その分血が濃いのだろう。

 閑話休題。

 ラミアは少し離れた場所で立ち止まり、チラリとアルフ達の方を見る。

「まあ、……連れがなんか済まない」

「まあまあ、実際俺たち助かってるからな」

 実際の所、他の三輪は無事だ。なのでアルフは車輪を失った側に傾かないように支えているだけなので、皆が考えているほど力を出しているわけではない。それでも、普通の人ならかなりの重労働になるので、彼らにとってはやはり助かっている。

 それからしばらくして、車軸が完全に折れていることがわかった。さすがにこの場での修理は難しい。

 このキャラバンのリーダー格は少し悩んだが、馬車は一旦ここに放置することにした。荷物や客は別の馬車へ分乗させ、二頭の馬は騎乗し連れて行くことで決定した。一頭は御者がまたがるが、もう一頭に騎乗する人をその場で募集し、何人かが手を上げた。ちょっとしたジャンケン大会になったが、それも無事に決まった。

 故障した馬車は、皆が協力して街道の脇の方に移動させ、通行の邪魔にならないようにした。

 今が往路なら復路だろうか、そのときに車体が魔獣や魔物に壊されている可能性もあるし、野盗がまだ使える部品を盗んでいく可能性もあるだろう。次回通ったときに無事に残っている保証はないので、これはこれで諦める、とのことである。所有者には残念な話とはなるが。


 予定よりもほんの少し遅れ、キャラバン隊は港町パルスの北門を潜った。周りはもうすっかり真っ暗だった。

 町に入れば、事故防止のため速度を落とす。おおよそ人が早歩きする程度の速度だろう。そうなれば、車内では多くの人が下車の準備を始める。

「行くぞラミア」

 二人とも既に準備万端だった。すでに御者とも話はついているので、タイミングを計るだけだ。

「うんっ」

 走っている馬車から、二人とも飛び降りる。いわゆる到着ダッシュの亜種だが、まだ到着していないため何と名付けるか。

 それはともかく。

 この行為は、特に宿が少ない町で繰り広げられる攻防戦ともいえる。特にこの港町パルスでは、馬車や船で来る旅行者に対して、宿の数が絶対的に少ない。そのため争奪戦となってしまうのだ。だから、馬車が操車場に到着するのを待たずして、馬車から飛び降りて宿を探すのである。

 当然多少の危険はあるが、そこは本人持ちだ。

 なお、宿を確保できなかった場合は、冒険者協会の事務所で、一夜を明かすという選択もある。この措置はこの町ならでは、であろう。


 二人はタイミングを見計らい、身を躍らせる。

 着地の瞬間、アルフの荷物はガシャッと音を立てたが、ラミアは無音だった。色々かさばるものを詰め込んでいるラミアの方が音を立てそうではあったのだが、ここはラミアの母の教えが身についているためだろう。

 アルフが黒龍の力を持つのであれば、ラミアは人龍族特有の、ずば抜けた身体能力を持っている。彼女の場合は、母に教えられたファルアスタシア流剣技が根にあり、着地した瞬間の振動をほんの少しの姿勢変化だけで打ち消し、極力音が出ないようにするのだ。

 馬車から飛び降りた直後は、まだ乗り物酔いを引きずっていたが、しばらく走るうちに、それもすぐに回復させていった。

 アルフの先導で、二人は狭い路地を駆け抜ける。その先に見つけた宿の前で、足を止めた。

 ラミアは以前この町にきたときの事を思い返す。あの時に、町の地図は大体頭の中に入っているが、案内された場所は、考えていたよりもずっと北側だった。

「ここ?」

「ああ」

 この町は、王都が魔軍に占領された際、その避難先として多くの避難民が押し寄せた歴史がある。北部は畑などが広がっていたが、これを更に北西へと移動させ、空けた場所を住宅地にした。そうしてできあがった新しい町並みと、古くからある町並みが交差する一角がある。

 アルフが案内した宿は、そうした立地にあるものだった。建物自体は古いものだが、典型的で無骨さのある冒険者の宿という感じでは無かった。古い町並みの端となることから、昔は田園風景を一望でき宿だったのかもしれない。

 宿の中に入ると、正面に受付、左手が食堂、右手に上へと上る階段があった。アルフが先に入り、ラミアがその後から入る。内装も小洒落ていた。

 ラミアが内装を見回している間に、アルフは受付で宿泊することを伝えていた。

「部屋はどうする? 男女だから一人一部屋か?」

 口調はぶっきらぼうだった。

「あ、俺らは分ける必要は無い。ツインの部屋があればそれにしてくれ」

「わかった」

 そして、二人は今晩泊まる部屋に案内された。そしてラミアは荷物を置いてベッドに座る、のではなくその周辺を見回る。ベッド周り、床、壁、備え付けの机。そして窓と施錠状態などだ。

 古い宿では、こうした箇所で綻びがある場合がある。普通に錠前が壊れていたり、などだ。

 場合によっては隠し扉があるなどして、金品が盗まれる、なんて事件も聞いたことがある。この場合は宿も結託していることとなるため処罰を受けるが、まず警戒して持ち物が盗まれないよう自己防衛をするのが、肝心である。

 なお、ラミアは、隠し扉などを見つけることが非常にうまい。

 彼女の祖父ブラストは、隠し扉や仕掛け扉といった類いを最も得意とする宮大工だ。それらを自宅の玄関に仕掛けては、週一で帰省してくるラミアの父親に挑戦させていた。ひどいときは扉自体が偽物で、その横、壁にしか見えない場所こそが扉だった、なんてこともあった。そうした壁、いや扉を見て育ってきたラミアは、祖父の手によって、普段の生活の中で見極める目を育まれてきた、ともいえた。

 結果として、鍵も普通、入ってきた扉も普通。床や壁には隠し扉はない。至って普通の部屋であると、ラミアは結論づけた。

「さて、まずは無事にパルス入りができたし、宿も無事確保完了」

「アルちゃんには感謝ね。こんな所は私も知らなかったわ」

「まあ、前に夜警の仕事を手伝っていたおかげかな。パルスの地理は大体頭に入ってるぞ」

 アルフは、自分の頭を指さしながら、おどけて見せた。

「ほうほう。……じゃ、どこか美味しい店は解る?」

 アルフの手が止まった。そして目線はラミアから外れていく。

「……いや、実はそっち方面はさっぱり」

「あれ?」

 アルフは素直に白状して、諸手を挙げた。

 この町の地理を頭に叩き込んだのは、あくまでも野盗の警戒に必要だったからである。裏道は逃走経路、宿は潜伏先を考える上での重要な要素だからだ。そして食事に関してだが、基本的に自警団の事務所界隈で食べていたため、美味しい店の話はほとんど知らなかった。

「まあ、観光するんだったら、どこの街にもガイドブックはあるから、買うのもありかな」

「そうね。……ま、今回は良いかな。明日にはタルファームに移動だから観光している時間は無さそうだし」

 ラミアは話しながら、マントを取り外してベッドに畳んで置く。カラフルな横縞のケープレットを少しゆるめ、首からかけているチェーンを引き、胸元からペンダントを引っ張り出した。ペンダントには小さな宝石がはめ込まれており、宝石は鈍く光っていた。ラミアはその宝石をじっと睨んだ。

「……オーブか?」

「うん」

 人龍族は、例外なくオーブを持っている。これはまだ母のお腹の中に居る頃、臍の緒の中に生成され、一緒に生まれてくるものである。臍の緒から取り出してペンダントに加工し、両親からの一番最初の贈り物となる。

 どうしてこのようなものが臍の緒の中に生成されるのか、その生成行程も理由も、どちらも詳しくは分かっていない。何らかの魔法的作用によって、までは判明しているものの、それ以上の研究は進められていない。これ以上となると、何かしらの人体実験に及ぶ可能性があるためだ。人体実験は、危険なものは国際法で禁じられているため、そこで打ち切られている。

「アルちゃんは、これについてどれぐらい知ってる?」

「生まれるときに、一緒に出てくるというぐらいかな、あまり詳しくは聞いてない」

 ラミアはうなずき、補足した。

 生成の理由は、このように分析されている。

 人龍は、生まれつき魔力が高い傾向にある。胎児が魔力を暴走させないように、臍の緒の中に生成されるのではないか、というのが一番最初に考えられた理由だ。

 そして、生まれてきてからも本人とオーブは霊的な繋がりがあり、魔力を行使した場合は一定の制御をかけるようになっている。殆どの場合は負帰還をかけて、魔力を押さえ込む代わりに安定させるのだ。自分の限界を超える様な乱暴なかけ方をしても、この制御のおかげで、暴走させないギリギリの辺りで魔力卯を安定させてくれるのである。

 当然その限界は個人差はある。

 ラミアの場合、限界はかなり高いようだが、彼女は幼少の頃にその限界を軽く突破させて、魔力を暴走させてしまった、という苦い記憶がある。今は高い魔法の知識を持って御しているので、もう暴走させる心配は、おそらくないはずだ。

 オーブにはもう一つの働きがある。彼女らにとっては、むしろこちらの方が重要だ。

 人龍には悪い特性があり、魔力を行使するだけで、体内に毒素を生み出してしまうのだ。使用魔力が高ければそのぶん顕著に表れる。その毒素を、このオーブは消し去ってくれるのである。

 なお、その他の理由、例えば食べてしまったり、毒持ちの魔獣などに噛まれたりで侵入した毒素には、効果はほぼ無い。

 毒素が消されたときに、オーブの中で小さな稲妻が走る。毒素の量で、稲妻の色や太さが変化する。色は赤から紫まで、虹と同じように変化する。紫に近づけばそれだけ消し去られた毒素が多いことになるし、太ければ太いほど多いことになる。但し、同じ量を消し去っていても、赤で極太、紫で極細と、この辺りは本人の精神状況に大分左右される。普段の生活なら、赤から黄色の極細、戦闘時は状況によるがそれなりの色と太さ、というのが人龍としての一般知識となる。

 アルフはこの話については理解している。改めて一連の話を聞いたアルフは、少し真剣な表情で、ラミアに告げる。

「この分だと、これを手放したらお前死ぬかもしれないな」

 死、という言葉は、母親を連想させてしまうかもしれないと、言ってからアルフは焦る。が、ラミアはそんな様子は見せることなく、腕を組んで真剣に考える。

「ぐ……、って、誇張無くそうなりそうで、ちょっと怖いのよね」

 また、稲妻が走った。今度は青白いく細いものだった。

「ま、肌身離さず持っているのが正解かな」

「そうね、そうする。……けど、お風呂とかも、だね?」

「まあ、そうなる、か?」

 これまで、ラミアはオーブを肌身離さず身につけてはいなかった。理由は、彼女の魔力が封じられていたためである。母が亡くなり、魔力を取り戻してからは、改めてオーブが必須であることを痛感している。

 なお、本当に肌身離さず四六時中身につけて、という事は無い。ある程度の時間であれば、外していても問題は発生しないのだ。例えば、風呂に入る場合だ。身体を洗うときはどうしても邪魔になるので、外すことが多い。銭湯によっては装飾品を湯船に入れないでほしい、という場所もある。それぐらいの時間であれば、平気だ。

 また、失ってしまった場合も、逃げ道はある。パートナーに浄化の魔法を使って貰ったり、或いは魔力を完全に封じて貰う、等だ。実際にそうやって天寿を全うしたという人物も多い。

 ただ、ラミアは別の理由で、銭湯などに行くのに気が引けている。

 幼少の頃、彼女はガーゴイルに襲われた過去を持つ。この時に受けた怪我は、正直助からないだろうとまで言われたほどに、本当に酷いものだった。不運は重なり、ガーゴイルに襲われたときに魔力を暴走させ、母がその魔力を、暴走状態のまま封じたことだ。使用した封印術は、すべての魔法を弾いてしまい、治療魔法も弾いてしまうのだ。そんな中での、外科的措置のみによる救命だったが、ラミアはそこから生還することができた。だが、腹部には、一生残り続ける、醜い傷跡を抱えることとなった。

 右胸から、左脇腹に向けて走る、三本の醜い傷跡。もうこの状態で定着しているため、魔法でもどうにもならないものだ。婚約者のアルフに見せることにも、まだ抵抗感がある。公衆の面前ではさすがに怖いと感じる部分はあるが、それではダメだと考えている。

 因みに、この宿には風呂は無い。むしろ風呂を併設している宿の方が少ないといえるだろう。無い場合は固く絞ったタオルで清拭して我慢するか、近くの銭湯に行くか、となる。まだアルフの前で裸になる勇気はないので、後で一人にして貰ってから身体を拭くつもりだ。今は、オーブだけ綺麗にしておくことにした。

 ラミアは、ペンダントはしまい込まず、ワンピースの上にくるよう、ワイヤーをケープレットの下になるよう調整した。ペンダント自体は、ケープレットに隠れる。

「よし。……さて、酒場が開く時間ね、夕食に行きましょ?」

 ベッドから立ち上がったラミアは、向かいに座っていたアルフに左手を差し出す。ランプの明かりが揺れ、薬指の指輪に反射する。アルフはその手を取り、立ち上がった。

 婚約した直後は、手をつなぐだけでも照れくさかったが、今はこうして自然につなぐことができる。いつか、お腹の傷を見せても、こんな風に、何気ないものになってほしいと、ラミアは願うのだった。


 翌日。

 アルフとラミアは、タルファーム方面の馬車に、無事搭乗することができた。

「……あーもーっ、焦ったーっ!」

 パルスからはデニアス王都方面へ、平均一五台前後のキャラバンを組んだ定期馬車便が、毎日運行されている。馬車も整備されており、パルスとユニス王都を結んでいるようなオンボロでは無く、故障の心配は少なそうだった。

 ラミア達が乗る馬車は、他のものよりも上等なものである。半数は幌馬車、四分の一が荷台にシートをかぶせているだけの無蓋車、そして残り四分の一が木製の箱に窓を付けた、風雨を完全にしのげる形式、というのがおおよその割合だ。この木箱型は、上客を乗せることに特化したものだ。真ん中やや左側に通路、左側に一人がけの座席、右側に二人がけの座席が並び、これが後ろまで四列並ぶ一二人乗りである。その後ろにスペースがあり、こちらは警備を担当する者の座席があり、嵩張る荷物を預けられるようになっている。客室の椅子の下も空間があるので、手荷物は大概がそちらだ。

 馬を含めない全体としての長さは一〇フォーセルほど。これを二頭の馬で牽引する。ユニスの牧場で品質改良された、馬車専用の力強く速い馬である。そのため、人間の長距離走と同じ速度域で走り続けることができる。

 次の街、タルファームまでは、早朝に出発して夕刻に到着する。その間に何度か休憩は挟むが、比較的強行軍となる。古い時代は、二日かけての距離だったが、馬車全体が強化されたこと、出発時間を早めれば一日で到達できることが分かってからは、このスケジュールとなっている。ただ、さすがに馬の限界に挑戦している部分もあるので、これ以上の時間短縮は、当分の間はないだろうと考えられている。

 また、途中に国境があるが、ここでは出入国の手続きは行われず、パルスまたはタルファーム出発前に行われることになっていた。

 実は、この手続きにおいて一悶着があった。

 それは、ラミアの荷物検査の時だった。

「これは、まさか……、≪漆黒≫!?」

 母の遺品の、ジャマダハルと篭手。そしてラミア自身が使っていたジャダハルと篭手。同じセットの色違い。遺品となったものは、生前の母が叔母から取り上げたもの、ラミアが使っているのは元々母用に作成されたものを譲り受けたものである。結論としては、叔母が使っていたものを本人に返すことになるのだが、これが曰く付きのものなのだ。

 西方にあるオルディクス大陸、そして北方のディトリア・クレール大陸。この二大大陸を席巻したものがいた。それは、≪漆黒≫と呼ばれるアサシンだった。どちらの大陸でもこの名を知らない人はいないとまで謳われており、その噂はこのガドネア大陸でも囁かれている。曰く、世界最強の暗殺者、世界を股にかけるほどの二大猟兵団を一人で壊滅させた、等だ。ここまでくると、正直眉唾でしかないが。

 それでも、これまで何人もの要人がその刃に倒れたのは事実である。その血を吸った武具が、こうして目の前にあるのだ。

 レプリカでも模造品でも無い、まごうことなき、本物なのだ。

 疑ってください、といわんばかりのものだった。

「……どこでこれを?」

 そしてややこしい説明をするラミアだが、これがなかなか信じて貰えなかった。

 まず、ラミアが先日亡くなった英雄マリアの娘であることが信じてもらえず、そして母の妹が≪漆黒≫で親族であることが信じてもらえず。

 結局アルフが最終奥義・ユニス王室紋章が目に入らぬかを実践することで、無理矢理押し通したのである。そしてその威光のおかげか、意図せずこのような上等な車両となったのだ。

 この騒動でラミアは出発前から疲れ切ってしまった様子だった。


 しばらくして、キャラバン隊は出発した。

 タルファームまでは、ほぼ海沿いの街道を進む。景色は良いが、海からの風は強く冷たい。御者は風対策に沢山の服を着込んでおり、布の塊となっていた。

 タルファームまでの間にも、小さな集落などは点在している。時々、その集落から出てきた馬車などすれ違い、この街道がかなり賑わっている様子が窺えた。何度か挟む休憩も、そんな町や集落など、中継地で行われる。その中継地が目的地の郵便物や客を下ろしたり、逆にタルファーム以西の荷物や客を載せたり。馬車も同じく、ここが目的地で分離するもの、ここから合流するものなど、所々で忙しなく入れ替えが行われていた。その他、ちょっとした露店で間食を頂いたり、トイレへ走ったり、そうした光景が広がっていた。ラミアたちも馬車を降り、軽くストレッチをしたり露店を覗いたりして、時間を潰した。

「酔いの方はどうなんだ?」

「……うん、ちょっと平気。外の景色が見られるからかな」

 一般的な幌式の車両は、視界は前後しかない上に、馬のにおいが入ってくる。それらが原因となって酔うものはそこそこいる。一方、箱形は前部に扉があり、においの流入は僅かである上に、ガラス窓なので外の風景も眺められる。そうした事が、酔いから遠ざけてくれているのである。今回は色々あって無料だが、高い金を払ってでも乗る価値はある。

「ねえ、アルちゃん?」

「ダメ」

 ラミアの、言わんとすることは分かる。今後もこの箱形に乗りたいと、目が告げていた。なので放す前に断ってみたが、今度はすがるような視線になる。

「……ねえ、あるちゃん?」

「だからダメだって」

 それでもアルフは頑なに頷かない、いや頷けない。

 箱形の料金は、本当にとんでもなく高い。幌馬車の倍以上の値段なのだ。ユニスで一月かけて稼いだお金が、あっという間に吹き飛ぶほどである。

「……ぶぅ」

「かわいく拗ねてもダメなものはダメだからね」

 ラミアも、実のところ高すぎて乗れないということは理解している。タルファームまでのチケットを購入する際に、その値段の差を見ているからだ。ただ、彼女は何故か乗り物に酔いやすい体質のようで、この箱形の乗り心地は、死地での安全地帯、砂漠のオアシス、といったように感じられているのだろう。

「……まあ、臨時収入があったら考えるよ」

「……えへ」

 アルフが仕方なくそう折れて、ラミアは満面の笑みとなった。

「ラミアにとって乗り物酔いとは?」

「天敵よ」

 そして、そこまで言い切ってしまうラミアに、やっぱり苦笑してしまうのだった。


 昼下がり。昼食時で長めの休憩を終え、キャラバン隊が出発する。

 箱形車両に乗っている人数は少ない。そのためラミアは、指定された内陸側の席には座らず、海側の席に座っている。

 前方から馬車の一団が迫ってきていることに、車窓から顔を出しているラミアが気づいた。これまで小規模のキャラバンとはすれ違ってきたが、今回の一団は、タルファームからパルスへと向かう定期便のキャラバン隊だった。

 間もなくして、対向便がラミアの眼前をすれ違っていく。基本的に、ガドネア大陸では右側通行だ。そのため、しばらくはラミアの視界が遮られる形となった。すれ違う際に双方とも速度も落としているので、少し時間がかかりそうだな、とラミアは考える。

「アルちゃんアルちゃん」

「ん?」

 廊下を挟んで隣にいるアルフに、ラミアは話しかけた。

「一里ってどれぐらいの長さだったかしら?」

「三フォーカイ強って所だったかな」

 突然の質問だが、アルフは答える。

 ラミアは学校で何かを学ぶという機会が無かったため、知識が偏っている傾向にある。魔導書の類いは実家に大量にあったため、魔法に関する知識はかなりのものだ。それに識字も、人龍族に伝わる古代語も合わせて、問題無い。ただ、一般常識は使っていても意味を知らない、ということがしばしばあった。

「フォーカイも里も、昔から使っている距離や長さの単位。フォーの方は昔のドワーフ職人が指の太さから決めたらしい。里の方は、今の考え方だと、人が一時間で歩ける距離が丁度一里で、街と街の距離を里で表した方が都合が良いとか何とか。結局あまり使われていないわけだけど」

「……なるほど、二里なら二時間、四里なら四時間」

 長さの正式な単位として、フォーというものがある。フォーに接尾語を付けて使用される。

 彼の話したとおり、ドワーフ職人のリーダー的存在が、自分の親指の太さを基準に、長さの単位を作り上げた。ただ、そのまま一〇等分でもあまり細かくできないことから、更に二分割したものを最小単位とした、という逸話が残っている。

 フォーミルが最小単位で、主に設計や建設関係で使われる。その一〇倍がフォーネル。フォーネルが丁度良い長さで、一番多用される。身長や、それに近い範囲での高さや長さなどは、大体これだ。

 更に一〇倍でフォーオルもあるが、余り使われない。フォーオルの一〇倍、フォーミルの一〇〇〇倍でフォーセルもまたよく使われる。それなりの長さや距離を示すのに丁度都合が良い。

 その一〇〇〇倍でフォーカイとなる。人がゆっくり歩いて二〇分余り。次の町や村までどれぐらいの距離があるか、を話すときに使われることがほとんどだ。

 小さい数の方で細かく分けられているのは、身長などの表記でなるべく小数点を使わないようにされた結果といわれているが、これも曖昧なところは多い。結局使い手次第、なのだ。

 そんな会話をしているうちに、すれ違いのキャラバンは過ぎ去っていった。再び、沿岸の風景が拝めるようになり、ラミアは再び車窓の風景を楽しむのだった。


 日が沈んだ頃、キャラバンはタルファームの街に到着した。

 馬車から降りて最初に目にしたのは、街灯により下から照らされる水道橋群だった。至る場所にこれらは張り巡らされている。かなりの大規模なもののようで、目に見える範囲ではすべての家に繋がり、また水場にも注がれているようだった。

「す、すごい……」

「だろ? ……まあ俺も見るのは初めてだけどな」

 この町の紹介として、まず挙げられるのがこの水道橋である。町中をほぼ網羅し、各家庭や水場に新鮮な水が提供され、この町の生活を支えているのである。なぜこのような大規模なものが必要になったのかは、割と単純明快な回答だった。

 タルファームの街全体とその周辺で、真水の確保が難しいのだ。

 南は海に面している。そのせいで、地下水に塩水が混じっている。北部は、北の山脈に休火山があり、そのおかげで地下水に温泉が混じっている。ならその中間は、となると塩水と温泉がほどよく混じって、やはり飲用には適さない。そのため、この水道網が発達したという歴史があるのだ。

 なお、タルファームは、古い時代はもう少しユニス寄りの川沿いにあった。だが、洪水被害に遭って壊滅的な被害を受けたことで、少し西となるこの場へと町を移した。だが、この場所も水が出ないという問題に直面してしまった。遣都しても問題が発生したことで、精神的に参ってしまった人は多く、更に遣都を、ということはもはやできなかった。そのため、上流から水路を作り、町へと送るという大規模な計画を掲げ、そして執念の末、実現させたのだ。

 この水道群は、タルファームの誇れる歴史、そのものともいえよう。

 街の概要が後になってしまったが、広さは、直径おおよそ三フォーカイ前後、一里に僅かに届かない。南全体が海に面しており、漁港や漁師町、海運組合や港、そして、海のリゾート型の宿屋がそちらに集中している。逆に北側は、温泉が出やすいこともあって、温泉宿が目立つ。旅行で訪れる者たちは、海か温泉かで意見が分かれるところだろう。どちらも、全く別の魅力があるのだ。

 発着場の前には、街を巡回する駅馬車の待合所があり、数台ほどの馬車が停まっていた。ラミアはガイドブックを手にしながら、一台の馬車を指さす。

 ガイドブックは、ここまでに乗車した馬車の中、座席に備え付けられていたもので、自由に持ち帰って良いものとなっていた。元々あのキャラバンは、ユニスの港町パルスから、西のデリシア王国王都までを結ぶ南部街道横断便だ。その道中宿泊する町に関して、特徴や成り立ち、観光名所やグルメガイドがまとめられているものだった。

 ラミアは、温泉に目を付け、そちらに向かいたいとのことだった。

 二人は乗合馬車に乗り換える。料金を先に払い、空いている席を探す。左右両側、前から一番後ろまでまっすぐのロングシートだった。席はほぼ埋まっており、ラミアだけ座ることができた。アルフはその正面で立ち席となり、ラミアはアルフの荷物を預かり膝の上に置いた。

「重くないか?」

「大丈夫よこれぐらい。一時間ぐらいかかるから、疲れたら言ってね? 代わってあげるから」

「ああ、ありがとう。そのときはよろしく」

 間もなくして馬車が走り出した。

 既に夜になっているが、街灯は明るく街路を照らしている。更に御者が明かりの魔法も使い、運行の支障は無かった。

 温泉街までは何度か停留所で停まる。そのときに乗客が降り、そして乗り。住宅街で一気に人が減り、席が空く。ここでようやくアルフも着席した。それからしばらく走り、ようやく目的の温泉街に到着した。

 温泉街特有の匂いが、あたりを包んでいた。

 馬車を降りたラミアは、しっかりとした足取りだった。ゆっくり進む馬車だったからか、それほど酔わなかった模様だ。

「あははっ、何これ何これ、くっさーいっ」

 ラミアは上機嫌で前を歩く。アルフはやれやれ、とつぶやきながらも、どこか嬉しい気分で付いていくのだった。

 今晩の宿は、ラミアが部屋を取ると宣言した。これから旅を続けるのだから、その練習にということで、アルフも了承した。

 ラミアがガイドブックで目を付けていた宿は、こぢんまりとした温泉宿だった。部屋数も少なく、四組泊まればそれで満室だ。二人は暖簾をくぐり、ラミア一人でカウンターへと赴き、部屋の内容と料金を聞き、しばらく悩んだ末に決めたようだった。

「夕食と朝ご飯あり、温泉は好きな時間に入ってよし。料金もこの価格だったから、比較的安めだと思うわ」

 と、ラミアは成果を発表する。価格に対しての充実度は思った以上の成果だと、アルフは思った。だが、妙にそわそわとして視線を合わせなかったことに、一抹の不安を覚えた。

「……ダブル」

 そして両手人差し指をツンツンとしながら、顔を真っ赤にして、部屋が安い理由を語った。

「ダブルの部屋、選んだ」

「……は?」

 その部屋しか無かったではなく、選んだ、である。ラミア本人はその方が料金も安いと話すが、どうやら別の思惑もあるようだった。

 二人は宿の人に部屋へ案内された。

 部屋の造りは、広めの一部屋のみ。窓側に大きめのダブルベッドがあり、扉側に荷物を置けるスペースがある。また、タオルや簡単な着替えなども用意されていた。温泉に入った後は、これに着替えるようだった。

 温泉は男女別。タイミングによっては他の部屋の人と一緒になる。予約して一組で借り切って入ることもできるが、その場合は追加料金がかかる。宿泊代と同じぐらいかかるので、さすがに遠慮した。

「良いのか?」

「うん。……ある程度克服しないと駄目だって分かってるし」

 お腹にある大きな傷跡。誰かに見られるにはまだ抵抗がある。できれば誰にも見せたくは無いが、いつかは克服する必要がある。まずは小さな宿で練習し、次第に大きな宿や大衆浴場などにも入れるようにと、ラミアは考えていた。

 この宿は、最大四組までの宿泊だ。そのため必然的に泊まり客は少ないはずである。そうした理由もあって、ラミアはこの宿を選んだのである。

 二人は早速、荷物を置いて温泉へと足を向ける。男女別なので、温泉の入り口で一旦別れた。

 ラミアはすべての服を脱ぎ、カゴへいれる。そしてタオルを体に巻き、温泉へ。妙にその扉の向こうが暗いため、湿気のため明かりが点されていないのかな、と最初はそう思った。そして扉を開け、その光景に目を丸くした。

 天井は星空で、目の前には湯気の上がる池、温泉がそこにあった。

「……これはすごい」

 いわゆる露天風呂だった。ラミアにとっては、人生初の露天風呂である。扉を開けたままの姿勢でしばし固まっていたが、我に返って扉を閉め、左側にある洗い場で、体の汗を流す。

 近年急速に普及しつつある、魔導式の簡易水道だ。水瓶の低い場所に蛇口が取り付けられ、魔力を注ぐことで水温と吐出量を調整できるものである。魔力が強ければ熱湯にもなるし、弱ければぬるいお湯になる。ラミアはまだその加減が解らず、最初は熱湯から水蒸気へと変化させてしまった。

「うわっと!?」

 一人悲鳴を上げ、壁向こうから何やってんだとアルフの声が聞こえてくる。

「な、何でも無いわよ!?」

 と慌てて答えるラミアだった。

 魔力を取り戻してから、この型の蛇口に触れるのも人生初だ。最初こそうまくいかなかったが、数回ほど試していくうちに、徐々に慣れてきた。

 なんとか適温のお湯を出すことに成功したラミアは、その感触を覚えておいた。桶に出されたお湯に、体に巻いたものとは別のタオルを浸し、部屋に用意されていた小さい石鹸をこすりつける。数回使えばなくなってしまうぐらいのものだが、最近は体を拭くことしかできていなかったので、とても嬉しかった。

 全身を泡だらけにして体を綺麗にし、お湯を頭からかぶった。

 タオルを体にまき直し、いざ温泉へ。

 足の先端を付けたところで、思わぬ方向から声がかかった。

「おっと、タオルのまま入るのは、マナー違反って奴だぜ?」

 ラミアは驚き、そちらに顔を向けた。

 そこには一人の女性がいた。彼女は温泉に肩まで浸かり、ラミアを凝視していた。気配を絶っているようでも無く、ただそこに座っているだけのはずだったのに、ラミアは今まで全く気づけていなかった。単純に、温泉に気を取られ浮かれていたためだ。

「あ、えっと。お腹に傷があって。……宿の方には許可もらってるんだけど」

「そうか? ……この宿はそういう風なのか」

 と女性は微妙に納得しきれず、首をかしげた。

 女性は、ラミアよりもずっと年上の印象だった。背も高く、見え隠れする肩や腕にもかなりの筋肉が付いていた。所々傷跡が刻まれているが、何よりも顔に傷跡があり、アイパッチで隠した左目を貫いているのが印象的だった。

「俺はアニーっていうんだ。冒険者で、戦士だ」

 アニーが先に自己紹介をした。特に名字を話さなかったので、ラミアも名前だけで答えることにした。

「私はラミア。同じく冒険者。なったばかりだけどね」

 冒険者の登録時、何を主体にして戦うかで、それに似合った職種が登録証に記される。剣なら剣士になるし、拳なら戦士。ここは自己申告で、俺はこういう戦い方をするんだという意思表示に過ぎない。特定の枠にはめられない場合や、どんな戦い方をするのか決めかねている人は特に名乗らないし、空欄にしていることも多い。ラミアの取得時は後者だったが、現在は前者に近い。

「魔法も剣も使えるから、ちょっと悩んでる」

 と、苦笑して答えた。

 ラミアはタオルを巻いたまま湯船に沈み、大きく息を吐いた。

「ふああぁぁぁ~、溶ける~……」

 風呂自体が久しぶりだし、温泉は人生初。更に四肢をしっかりと伸ばせる広い湯船も久しぶりだ。

 完全に脱力したラミアは、そのまま浮いてしまう。

「浮くなマナー違反」

「うっ」

 小さく呻き、ラミアは体を少し起こし、湯船の底に座ろうとする。しかし体が軽すぎるのか、うまくいかなかった。何とか姿勢を整え、底に正座をする形でようやく落ち着くことができた。

「ごめんなさい」

「いや、俺こそなんかすまん」

 アニーは、なかなか落ち着けないでいたラミアに苦笑していた。

 ラミアはアニーのすぐ近くまで移動した。水に透けて見える範囲で、結構全身傷だらけだった。それをぼーっと眺めていると、アニーはにやっと笑った。

「なんだい? 俺に惚れちまったか」

「まあ、見とれたっていえば、実際そうなんだけど」

 と、ラミアは割と真剣な表情で返す。

「……傷、隠さなくても平気なの?」

「これか? 別に平気だぜ? ……まあ、目の方は普通の人だと怖がられちまうから、こうしてアイパッチはしているけどな」

 と言ってアニーは笑う。

 この傷とアイパッチは、隻眼の戦士としての頼もしさは引き立てているが、女性としての魅力を貶めている。ラミアの場合はお腹のため隠すことはできているが、アニーの場合は、隠しきれるものではない。それこそ顔の左半分を隠すマスクを被るほかないだろう。どのみち悪目立ちしてしまう。

 アイパッチの部分は仕方ないとしながらも、アニーは堂々としていた。

 色々困惑しているラミアに、アニーは口を開いた。

「……とっておきの話があるんだが、聞いてくれるか?」

 しばし目を合わせていたラミアは、この目の傷の話だろうかと考え、頷く。

 アニーはにかっと笑って話し始めた。


 アニーは、数人の仲間と共にパーティを組んで旅をしていた。一緒に各地を回り、一緒に切磋琢磨し。数年ほど、皆で助け合いながら旅を続けていた。

 昨年の暮れごろ、魔物の討伐の依頼を受けた。彼ら彼女らにとっては、いつもどおりのものだ。魔物もそこまで強い類いではなく、ほぼ全ての魔物を倒しきった。だが、油断したところで、倒れていたはずの魔獣に襲われた。咄嗟のことで反応しきれず、この時に顔を負傷したのである。アニーは倒れ、頭を打って意識が飛んでしまったらしいが、一緒に参加していた別パーティの協力もあり、アニーたちは何とか拠点へと戻る事はできた。しかし、旅の仲間にも拠点にも、高度な治療魔法を使えるものがいなかったため、傷を完全に治療することはできなかったという。

 アニー自身は、顔の怪我はともかく、転倒時に気絶しただけで命に別状はなかった。だが、見た目が相当ひどかったため、相方はひどく慌ててしまい、アニーがいなくなったらどうしたら良いだの、アニーがいないと自分は生きていけないだの、かなり小っ恥ずかしいことを口走っていたそうだ。

 意識を取り戻したときに、左目を失明していたことに落胆したアニーだが、それでも絶望はしなかった。まだ右目が見えるじゃん、見えなくなっても生きてるじゃん、と相方に話しかけたが、相方は爆弾発言でアニーを黙らせるに至ったという。

「付き合ってたわけじゃ無かったんだけど、そいつに好意を寄せられてたってのは前から気づいてたんだ。だからこんな傷を負って、嫌われたらパーティを解消しようって話したんだけどさ、これが見事に裏切られちまってさ」

 そこまで言って、アニーは最高の笑顔で続けた。

「……プロポーズされちまったよ、傷なんてどうでも良い、俺の心に惚れてるんだってさ、……さすがにそのときは嬉しくて泣いちまってさ、ははっ、こりゃ惚気になっちまったかな」

 嬉しそうに笑うアニーだったが、すぐに真剣に、しかし自信ありげな、そして優しい眼差しでラミアを見つめた。

「どんな傷かは知らんけどさ。……お前さんのことが本気で好きだって言ってくれる奴が現れて、その傷を見たとしても。それで嫌われるってことはないって、俺は思うよ。……自分のことを俺とか言っているがさつな俺だけどさ、そうした奴と巡り会えたんだ。お前さんみたいな可愛らしい女の子なら、なおさらってもんだろ?」

 ややあってから、ラミアは苦笑した。今アニーに聞かされた経緯とは違うが、自分自身もプロポーズされ、それに答えたのだ。

 ラミアは少し躊躇したものの、この人なら傷口を見せても大丈夫だろう、と感じた。

 正面に移動し、体を包んでいたタオルを取る。

 月明かりが、ラミアの肢体を神々しく照らし出した。小柄で華奢。真っ白に輝く肌。右胸から左脇腹に走る、三本の醜い傷跡が妙にくっきりと浮かぶ。

「……小さな頃、ガーゴイルにね」

 アニーは想像を超えた大きな傷跡に、息をのむ。

 小さな頃だったとすれば、ガーゴイルに対してトラウマもあるだろう。お腹だからこそ他人に見せる機会は殆ど無かっただろうが、思春期を迎えてから一体どれほどの苦悩を抱えてきたのか。

 想像に難くない。

 自分も、事情を知らない第三者から怖がられ、後ろ指すら指されたことだってある。理解してくれた相方、いや、相棒が隣にいてくれたからこそ、そうした連中を笑い飛ばすことができた。

 そうした、理解してくれるものが彼女にいるのだろうか。

 先ほど彼女が体を洗っている時、壁越しで誰かと軽く話をしていた。

 その相手が彼女のことをどう考えているかは分からないし、彼女自身もどう考えているかも当然分からない。そうした間柄ではなく、兄弟かもしれない。 

 深入りはすべきでない。そう考えるも、彼女は自分を信じて傷を見せてくれた。

 同じように大きな傷跡を持つもの同士、何かアドバイスができるかもしれない。だからアニーは、傷を見せてくれた勇気に応え、彼女の内情に踏み込む。

「相方はこれを知っているのか?」

 ラミアはうなずき、少し照れながらも左手を見せた。

 そこに鈍く光るのは、防御系の指輪だ。ただし、左手の薬指に填められている時点で、婚約した証だ。これにより、アニーが考えていた杞憂は、見事に吹き飛ばされる。

「……ぶはっ、何だよそりゃ!」

 ラミアは照れくさそうに微笑み、その笑みにアニーは笑いをこらえきれなくなった。

「わははっ、俺ピエロじゃんっ、こりゃ一本取られたねぇ!」

 そして大爆笑だった。


「いやもう、俺一人勝手に暴走して撃沈しただけだったぜ。……なんか、色々済まんかった」

 ラミアは、タオルをまき直すことはせず、アニーの横に座った。

 アニーは苦笑しつつ、謝罪の言葉を発したが、ラミアは頭を軽く横に振った。

「私も、この傷を見せるのは少し怖かったわ。だけどちゃんと理解してくれる人がいて、それなら大丈夫だって考え直せたの。……だから、私も少しだけど、前に進めたって気分だから、だから、私からはありがとう、よ?」

「ははっ、そう言ってくれると、俺も嬉しいな」

 アニーは腕を頭の上で組む。水面が揺れ、反射する月明かりも揺れた。

 その後二人は、まったりとした時間を過ごした。交わされた言葉はない。いや、言葉を交わす必要は無かった。こうしてただ並んで湯に浸かっているだけで、何となくの安心感を感じていた。

 この感覚は、何が近いのだろうか、とラミアは考える。もし、自分に姉がいたのなら。きっと、アニーみたいな人だっただろう。アルフとの事で悩んでいると、どかんと背中を叩いて、にかっと笑っている。そんな光景が目に浮かんだ。実際、今はそんな気分だった。

 のぼせそうになったとアニーは一言つぶやき、立ち上がった。

「俺、そろそろ行くよ。……そうそう、俺、名字名乗ってなかったの気づいてたか?」

「まあね。だから私も名乗らなかったわ」

 二人、笑う。

「ははっ、まあ理由は単純でね」

 アニーはどこか照れくさそうにして、続けた。

「俺は冒険者を引退するんだ。今日はお世話になったタルファームの協会に挨拶したところでね。それで実家に戻るんだけどさ、そしたら姓が変わるんだ。あと数日の姓を名乗っても仕方ないだろ?」

 と、アニーの笑みは、とても幸せそうだった。ラミアも何だそういうことか、と笑った。

「おめでとう。……改めて、私はラミア・スナーよ」

「俺も改めて。アニー・ネリス。数日後はアニー・ステア、かな? へへっ。オレの実家がデニアスの港湾区で漁師宿兼酒場を営業してるんだ。銀のランタン亭っていうんだ。デニアスに来たときはよしなに、な?」

 二人固い握手を交わし、そして別れるのであった。


 ラミアも温泉から上がり、部屋へと戻った。既にアルフは戻ってきており、のんびりとしていた様だった。

「ずいぶん長かったな? 大分話し込んでたみたいだったが……」

 アルフは、ラミアがアニーと話をし始めたところで、早々に退散していた。彼は、長風呂は得意ではない。そのため彼女とどんな会話をしていたのかまでは、知らない。

「ま、いろいろね」

 ラミアは軽く返事をして、アルフに肩が当たる距離で座った。

 石鹸の香りが、アルフの鼻腔をくすぐる。髪はしっとりとして乾ききっておらず、湯上がりということもあって妙に艶めかしく見えてしまった。

 アルフは健康的な男子だ。ちょっとした色気をだすラミアに、一瞬くらっとしてしまう。それをごまかすためだったのか、彼はラミアに、何と無しに尋ねていた。

「どんな人だったんだ?」

「えっとね、アニーって、冒険者さん。これから実家に帰るところだって」

 一呼吸おいてから、ラミアは言葉を続けた。

「全身に細かい傷があって、左目を失明してて。でも本人はその傷跡を全然気にしていなくて。……ちょっと見習いたい人」

「……そうか」

 ラミアはそのまま、アルフにもたれかかり、無言でまったりした時間を過ごしていた。

くー。

「っ!」

 しかしその時間は、突如潰される。

 ラミアのお腹が鳴ってしまったのだ。そういえばまだ夕食食べていないな、とラミアは苦笑し、ご飯に行こうと言って立ち上がるのだった。色々台無しだな、と二人とも心の中で呟くのだった。


 この温泉宿は、酒場兼宿とした経営ではなく、食事は宿泊客にだけというスタンスだった。二人とも、ここしばらくは騒がしい中での食事だったため、少し新鮮でもあった。食事内容はパン、クリームシチュー、そして果物だった。シチューに入っている肉は家畜肉で、そのままでは魔獣のようなワイルドさも堅さもない淡泊な味わいだが、代わりに香辛料やその他でしっかりと味付けされており、とてもおいしく調理されていた。内容的には軽いものではあったが、それでも十分な量だった。

 なお、アニーは先に食事を摂ってから温泉に行っていたようで、ここで彼女に会うことは無かった。

ラミアはアルフにも紹介したいな、と考えていた分残念な気分になってしまった。

 夕食をしっかり堪能した二人は部屋に戻り、ベッドに再び並んで座る。

「……さっきから、どうしたんだ?」

 アルフは、肩が触れあう距離のラミアに尋ねた。

 風呂から上がってから。もっといえば、この宿に宿泊をするとき、ダブルベッドの部屋を選んだことも含めて、微妙に様子がおかしいと、アルフは感じていた。

 その質問に対し、ラミアは質問で返してきた。

「私達、恋人同士だよね?」

「まあ、その通りなんだが」

 ラミアが気持ちを打ち明け、あの事件を挟んでから、アルフの意趣返しを含んでのプロポーズ。恋人をすっ飛ばしての婚約者ではあるが、ラミアは敢えて恋人同士、と話した。

 ラミアは、照れくさそうに続ける。

「恋人同士になれたのは、う、嬉しいのだけどね? ただ、その前後で何も変わっていないというのが、その」

 二人の距離は、元から近い。これは幼なじみ同士であり、許嫁だと知っていたことも理由だろう。ただ、恋人になってからもその距離感は、ほぼ変わっていない。ラミアが隣に座るとき、肩が触れあう距離に縮まったぐらいだ。全体を見れば、さほど変化はない。

 逆に言えば、この二人の距離感は最初から、普通の男女が恋人同士になって縮めた距離感よりも近かった。だからこそ、変化がなかった、というより変化する必要が無かった、ともいえる。

「……恥ずかしいから一度しか言わない。……もっと恋人らしくイチャイチャしたい」

 と、顔を逸らし、耳まで真っ赤にさせてそう話した。その仕草に、アルフは溜まらずラミアを抱きしめた。

「ふやっ」

「まあ、実は俺も」

 少し驚きの表情を見せたラミアだが、アルフのつぶやきに、ふにゃっと顔が緩む。アルフにとっては、今まで見たことがない反応だった。

「……えへへ」

 力が抜けた、相手を完全に信用し完全に安心しきっている、そんな表情だった。おそらく、これまでは家族にだけ見せてきたものだろう。それを向けられたアルフは、やはり嬉しくなる。

「だけどね……」

 ラミアは、軽くアルフの胸を押した。彼が力を緩めると、ラミアは彼から身体を離す。そして視線を合わせ、真剣な目で、言葉を続けた。

 「だからこそ、ずっと。悩んでいるの」

 ラミアは考えていた。

 恋人同士になって、その前後で大した変化はない。それはそれで良い関係ともいえるが、ラミアはもう一歩踏み込み、恋人らしい関係を築きたいと、そう願ってしまった。ただ、そうした関係になるには、克服しなくてはならない問題を、自分が抱えている。

「……お腹の傷」

 その言葉に、アルフは息をのむ。

 傷の話自体はアルフも知っていることであるし、それを含めても婚約はしてくれた。だが、今現在どのような形で傷が残っているのかは、アルフは知らないはずである。多分、彼が想像するよりもずっと醜く、ひどい傷なのだと、ラミアはそう考えている。

 アルフのことを好きになって、そしてアルフが自分のことを好きになってくれたからこその、悩み、いやむしろ、恐怖というべきだろう。傷跡を見せて、その醜さ故に嫌われてしまうのではないかと。

 先ほど出会ったアニーは、傷口を見せたからといって嫌われることは無い、とそう断言してくれた。それで勇気をもらい、背中を押された気分だった。だからこの話を切り出したんだと、アルフに告げる。

「……また先を越された気分だなぁ」

 アルフは苦笑する。

 告白はラミアが先。ラミアへの勇気づけもアニーが先。どちらも本当は自分が先にしたかったことだが、先に奪われている状況だ。

 アルフは、真剣な表情となる。

 やはり、ラミアのことは、自分が何とかしてあげたいと考えているからだ。すべてについて、自分が真っ先に、と。独善的かもしれないし、ただのエゴかもしれない。それでも、彼はラミアにとって一番の存在になりたいと、心から願っている。それだけ彼女のことが好きなのだ。

「ああいや、大丈夫だからさ」

 アルフは、傷のことは大丈夫だから、と念を押す。が、ラミアは小さく首を振った。

「……見て、判断してほしい」

 ラミアは、浴衣の腰紐に手を添える。そして震える手で、ぎゅっと顔をしかめながら、ゆっくりと解き、それがベッドに落ちる。そして浴衣の裾を軽く持ち、はだけさせていった。

 アルフの前で、その古傷をついに晒す。恥ずかしさと恐怖がない交ぜになり、アルフの顔を見られず逸らした。

 透き通るような白い肌に、赤黒く走る、三本の傷跡がそこにあった。

 ラミアは閉じていた目を開け、アルフを見る。彼は、真剣な表情を崩していない。

「……なあラミア」

 アルフは極力声を落ち着かせて、話す。

「……幻滅、した?」

 表情を崩していないアルフに、ラミアは、やはり多少怖いのだろうか、声を震わせて尋ねた。


「興奮した。押し倒したい」

「……はい!?」

 ラミアは目を剥く。完全にその答えは予想外だったからだ。

「それが俺の素直な感想。まあ、傷口に関しては看病もしていたし、ある程度は分かっているつもりさ」

 こほん、とアルフは咳払いをする。

「傷があろうが無かろうが、俺の気持ちは揺るがない。好きだぞ、ラミア」

「……あう」

 ラミアは照れくさくなり、ぎゅっと自分を抱きしめてしまった。それとは別に、涙もあふれそうだった。思い悩んでいたことが、今、氷解したためだ。

「イチャイチャしたい、だったか?」

 ラミアは、顔を真っ赤にさせてしまった。ややあってから、小さく頷く。我慢していた涙は、結局流れてしまった。

「俺、俺龍族の血が混じってるからさ」

 アルフは手を伸ばし、その涙を拭いながら話しかける。

「うん、それは知ってるけど?」

 ラミアは、龍族について、実は余りよく知らない。力が強い、人によっては龍の姿を取ることができる、はたまた人龍に近い部分龍化という形態を取ることもできる、といった表面的な部分ぐらいだ。

「龍族っていうのは、子供ができにくい」

「そ、そうなんだ?」

 そんな発言に、ラミアは照れてしまう。できる出来ない問題を別としても、まだ子供早いよ、と。でもそれに至る過程に関しては、実は興味津々だ。人それを、むっつり、という。

「だから、必然的に龍族というのは相手を何度も求めてしまって、歯止めが利かなくなることもあるんだ」

「そっ、そうなんだっ?」

 ラミアは声が裏返ってしまった。それで涙も止まってしまう。

「それで、イチャイチャするのは良しとしても、歯止めが利かなくなったらどうしようかって思っててね」

 龍族のそうした衝動は、かなり強い。気分が高揚してしまい、そのまま乱暴に押し倒してしまうことを、アルフはずっと恐れているのだ。だからこそ、アルフの方からラミアを求めることはしなかった。アルフはそう伝える。

 その優しさに、ラミアは改めてきゅんっと心がなる。やっぱり、彼のことが大好きだ、と。

「その時は、どんとこいっ」

 ラミアは笑顔で、彼にそう告げた。そしてぎゅっとアルフに抱きつき、視線を絡める。

「アルちゃん、大好き」

「……俺もだ」

 そしてラミアは目を閉じ、アルフも目を閉じて。二人は初めて、唇を重ねた―――


 ラミアにとって、そしてアルフにとって。夢のような時間を過ごすことができた。大好きだった人と初めて一線を越え、結ばれることができたのだ。

 アルフは、今はまだ一緒に旅する時間を優先しての行為としたが、ラミアは子供ができてしまい旅をそこでお終いにしてもそれで良い、という覚悟を持っていた。だから、アルフがそうしたくなったら、自分はそれを受け止める。そんな覚悟を彼に伝えていた。

「……なあ」

「ん?」

 ラミアは、アルフの右肩に頭を乗せ、余韻を楽しむようにまどろんでいた。幸せそうに微笑むラミアに、アルフは何を言おうとしていたのか、忘れてしまった。

「悪い、何を言おうとしてたのか忘れた」

「……謝罪だったら聞かないよ?」

 ラミアはちょっと目をつり上げたが、アルフは首を振った。

「いや、違う」

「んー?」

 ラミアはごそごそと這いずり、アルフの上へと乗っかっり、少し体を持ち上げて視線を合わす。

 小さく絞ったランプの明かりが、ラミアの瞳をゆらす。綺麗で華奢な肌、お腹の傷。それらどれもが、アルフにとっては愛おしいものだった。

「多分、感謝かな」

「じゃ、私も感謝」

 ボスッと音を立て、ラミアはアルフの上に突っ伏した。そしてそのまま上目遣いで、アルフの顔を見上げる。どこか照れくさそうな表情をしながら、ラミアは目だけで訴えた。アルフはその頬に触れ、軽く撫でる。ラミアはそのまま目を閉じ、口づけを交わす。

「えへ。大好き。愛してる」

「ああ、俺も。愛してる」

 好きから、愛してる。二人の気持ちは今、そう昇華した。

 ラミアはその言葉に照れながら、アルフの横へと転がり落ちる。その上に、アルフが覆い被さった。

「えっと、……アルちゃん?」

「ごめん……その、さ」

 アルフは言い淀むが、ラミアは意図を汲む。

「……いいよ、何度でも」

 ラミアは照れくさそうに、微笑むのだった。


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