待合せ
奏都が待っているカフェは、大学の最寄駅周辺にある。
ジャズが流れる静かな店で、マスターの淹れるオリジナルブレンドが美味しい。
大学の近くにあるわりに、客層が落ち着いているところが魅力だ。
テスト前や、二人きりでじっくり話したい時などは、決まって訪れている。
二人の行きつけであり、二人にとってとても大切な場所だと言える。
カランコロン……。
素朴なベルの音が、晴夏の入店を知らせた。
すると、「いらっしゃい」とマスターの穏やかな歓迎が向けられた。
「マスター、こんにちは。奏都、来てますか?」
奏都が微笑みと共に挨拶を返すと、寡黙なマスターは返事の代わりに視線を窓際のテーブル席へ向けた。
そこに…いた。
下がった眉尻。不安げに握り込まれた両手。
携帯は机の上に置いているが、触ろうとはしない。
人を待っているというよりも、何か思いつめている…そんな様子で奏都が座っていた。
「カナ、お待たせ。」
「ハル…?」
いつになく不安定そうな姿に、心配する気持ちが加速する晴夏だったが、態度には出さない。
何も特別なことはないという風に、ごく普通に声をかけて到着を知らせた。
「ごめんなさいね。待ったでしょ?」
「え、ううん…全然…。」
「嘘。ほら、コーヒーがすっかり冷めてる。って…一口も飲んでないの?これ。」
「あ…うん。もうそんなに時間経ったんだ。ごめん。なんか、ボーっとしてて…。」
奏都の心ここに非ずといった様子は、声をかけてみても変わらない。
休日の急な呼び出しで、おかしいとは思っていたが、ここまで様子がおかしくなっているとは思わなかった。
一体何があったと言うのか。しかし、何があったにしても真っ先に自分を頼ってくれたらしいことが嬉しい。
「別に謝ることないわよ。あたしも注文していい?」
「あ、うん…。ハル、ごめんね。」
「なぁに?どうしたのよ。なんだか謝ってばっかりね?」
「だって、いきなり来てほしいなんて…びっくりしたでしょ?」
俯きがちだった顔が、そっと上を向く。
おずおずと、顔色を窺うように言葉を向けてくる奏都に、晴夏は不満な気持ちが湧き出るのを感じた。
「別にいいわよ。用事があったわけでもないんだし。」
「でも…。」
親しき仲にも礼儀ありとはよく言ったものだ。
しかし、親しい相手からの過度な遠慮は、なんとももどかしく…悔しくもある。
頼られることが嬉しいと、そう感じる相手であればなおさらである。
「カーナ。」
「……っ。」
「いいのよ。あたしは気にしてない。だからそんな顔しないの。わかった?」
「…うん。ハル、その…ありがと。」
「どういたしまして。」
いつもは溌剌としている奏都のらしくない姿に、晴夏は内心動揺していた。
人の迷惑になることを嫌がるのはいつもの通りだが、いつもの気の使いよう加えて、どこか卑屈さを感じる。
強い自己嫌悪。自分への苛立ち。そんな負のオーラが、奏都から伝わってくるのである。
ここで卑屈な物言いを説教しては、この態度を加速させるだけだ。
晴夏は、いつも通りのオネエ口調で、明るく振る舞うことにした。
この雰囲気に、流されやすい奏都が引っ張られればいい。そう考えて。
「マスター。オリジナルブレンド一つお願いします。」
とにかく、注文を。
そう思い、男口調で注文をする。
静かな店内だ。おそらく、晴夏がオネエ口調で話しているのも聞こえてはいるのだろう。
しかし、そこは客商売。マスターは、何事もなかったように「かしこまりました」と返事をする。表情一つ動かさずに、だ。
二人が、この店を行きつけの店にしてからずっとこの対応が続けられている。
そんないい意味で客に無関心なところも、晴夏がこの店を気に入っている理由の一つだった。
「ふふ。ちょうどここのコーヒー飲みたいなって思ってたのよ。カナってば、いいタイミングじゃない?」
「…そう?」
「ええ。呼び出してくれてありがとね。」
嘘ではないが、まるっきり本当でもないことを、優しく告げる晴夏。
奏都も、それを全て信じたわけではないだろうが、晴夏のだから気にするなという意図は伝わったらしい。
「それなら良かった」と、かすかに微笑みを返した。
「で、どうしたの?」
「……。」
やや直球すぎるかもしれないとは思う。
それでも、変にまどろっこしくするよりも、早く状況を把握するべきだと感じたのだ。
「ふふ、あんたが無口なんて、明日は雪かしら?」
だから、茶化すようにして重たい空気を跳ね除けながら、言葉を促してみた。
「………。」
それでも口が重たい様子の奏都。
テーブルのコーヒーカップの前。
強く、不安げに握りしめられた手が見える。
儚げに映るその姿に、晴夏の胸は締め付けられる。
―…なんとかしてやりたい。
晴夏は、奏都の両手をそっと包み込み、さらに言葉をかけた。
「…どうしたの?」
柔らかなオネエ口調に反して、硬く大きな男らしい手。
それにすっぽりと包まれる自分の小さな手。
…奏都が感じたのは、オネエの母性か、男の頼りがいか。
とにかく、強張っていた両手からふっと力が抜けたのは確かだった。
「…ハル…。」
「うん?」
勇気を出して口を開いた奏都を褒めるように。
甘やかな眼差しに、包み込んだ両手を親指でそっと撫でる動作。
静かで優しい晴夏の返事は、奏都の言葉をそっと引き出した。
「ハル…、私、告白された。」
随分お待たせいたしました。
少々忙しい日々が続いておりまして、とぎれとぎれの更新になっております。
結末までの流れはもう決まっておりますので、温かい目で見守っていただけると幸いです。次回の更新はできるだけ早くできるよう頑張りたいと思います。




