第97話 軍議
次の日の朝、フェイは城に呼ばれた。
通されたのは、謁見の間ではなかった。窓の少ない、細長い部屋だった。真ん中に大きな机があって、その上に、色の褪せた地図が広げてある。机のまわりを、鎧を着た男たちと、立派な服の貴族たちが囲んでいた。
フェイは、壁ぎわに立たされた。借りた上着の袖が、少し短い。
「魔導国の軍は、およそ1万。国境の川の向こうに、陣を張っております」
地図の前で、年寄りの将軍が言った。指が、川の線の上をなぞる。インクと、蝋燭の煤の匂いがした。
「こちらが4日のうちに集められるのは、辺境伯の兵を合わせても、その半分に届きません。しかも、向こうは魔法使いの数が違う」
部屋の空気が、ずしりと重くなった。誰かが、小さく「和睦を」とつぶやいた。
「和睦など、ありえぬ」
低い声が、そのつぶやきを踏みつぶした。
机の向こうで、大柄な男が立ち上がっていた。
フェイは、その顔を覚えていた。ヴィクトリアの冤罪が晴れた日、謁見の間で「子爵の独断だった」と言って、自分の子分を切り捨てた男。王家の剣、ヴァルモント公爵だった。
公爵のすぐ後ろには、鳶色の髪の青年が控えていた。息子のレオンハルトだ。王子アルベルトの親友で、あの次の日、学園の階段の踊り場から、フェイに軽く手を上げてみせた人。目もとが、父親にそっくりだった。
「王家の剣の名にかけて、我がヴァルモントの軍が、最前線に立つ。魔導国の犬どもを、1匹残らず屠ってご覧に入れましょう」
おお、と、部屋がどよめいた。何人かの貴族が、机を叩いて賛成した。
「それと、陛下。もう1つ、お願いがございます」
公爵が、ゆっくりと振り返った。
目が、壁ぎわのフェイで止まった。
「あの者を、前線へお連れしたい。学園祭で、王妃殿下をお救いした武勇。王都に置いておくのは、惜しゅうございます」
「何を言ってるの!?」
王妃が、椅子を鳴らして立ち上がった。
「フェイさんは、まだ15歳の学生よ! 戦場に連れていくなんて……!」
「准男爵は、貴族でございます、王妃殿下。国の大事に剣を取るのは、貴族の務め」
公爵は、穏やかに頭を下げた。笑っているようにも見えた。
フェイは、その目を見ていた。
謁見の間で、子爵を振り返ったときと、同じ目だった。
国王は、何も言わなかった。机の上で指を組んだまま、公爵の顔を、長いあいだ見ていた。それから、フェイのほうを見た。
「フェイ。そなたは、どうしたい?」
「行きます」
すぐに答えた。
「辺境伯様の街には、知っている人がたくさんいますので」
国王は、ゆっくりとうなずいた。
「許す」
「陛下!」
王妃の声を、国王は、片手を上げて止めた。
軍議が終わって、貴族たちが部屋を出ていく。フェイも続こうとしたとき、袖を、後ろから軽く引かれた。
国王付きの侍従だった。
「准男爵様。陛下が、お部屋でお待ちです」




