第94話 銀の鎖
廊下の端まで走ると、足音は、頭の上で散らばっていった。追っ手は、フェイがどこへ逃げたのか、見失ったらしい。
突き当たりに、小さな扉があった。フェイは、肩で押して中に滑りこみ、後ろ手に閉めた。
倉庫だった。古い机や椅子が、天井近くまで積み上げてある。窓は、高いところに1つだけ。埃と、古い木の匂いがした。
フェイは、王妃を下ろした。王妃は、自分の足で立とうとして、ふらついた。
廊下を、足音が近づいてきた。
フェイは、王妃を、積んだ机の陰の壁ぎわへ寄せた。右手を、王妃の顔の横の壁についた。自分の体で、扉のほうから王妃を隠す。
足音が、扉の前で止まった。
王妃が、息をのんだ。肩が、小さく震えている。
フェイは、王妃の耳元に、顔を寄せた。
「動かないでください」
囁き声しか、出せなかった。
「王妃様には、指一本触らせません。おれが全部やりますから」
扉の向こうで、誰かが舌打ちをした。足音が、遠ざかっていく。
フェイは、壁から手を離した。
「行きました。もう、だいじょうぶ……王妃様?」
王妃が、壁に背中をつけたまま、ずるずると床に座りこんでいた。両手で、頬を押さえている。守り石のせいで青かったはずの顔が、耳の先まで、真っ赤だった。
「王妃様!? どこか、痛いんですか!?」
「……ちがうの」
王妃は、指の隙間から、フェイを見上げた。
「……ずるいわ。そんなこと、そんな声で、耳元で言うなんて」
「え?」
「なんでもないわ……少し、腰が抜けただけよ……」
フェイは、首をかしげた。それから、左の手首に目を落とした。
細い銀の鎖に、小さな石が3つ、並んでいる。緑の丸い石。金の、雫の形の石。紫の、角ばった石。
学園祭の、3日前のことだった。
「あなた、それ、ずっとポケットに入れてるの?」
昼休み、ギュンターさんの石を出して眺めていたら、リアに見つかった。
「執事には持たせて、私たちには無いの?」
次の日、リアは紫の石を持ってきた。その次の日の朝には、ソフィアが金の石を持ってきた。2人とも、対になったもう片方を、自分で持っているという。
「3つもあったら、失くすでしょ」
リアが、細い銀の鎖を出してきて、3つの石をつないだ。
「……手、出して」
鎖をフェイの手首に巻いて、留め金を留めたのは、ソフィアだった。留めたあとも、しばらく、フェイの手首を離さなかった。
フェイは、金の石を指でつまんで、口もとに寄せた。冷たくて、澄んだ石だった。
「ソフィ。聞こえる?」
少しの間があって、石の中から、かすれた声がした。
『……フェイ!? お母様は!?』
「だいじょうぶ。一緒にいる。倉庫に隠れてる」
『よかった……。こっちは、会長が生徒とお客さんを外へ出してる。ノエル先生は、敵の居場所を探してくれてるわ。シエルとブリジット先輩も、こっちに向かってる』
フェイは、紫の石もつまんだ。
「リア」
『聞こえてるわ。門の屋台は押さえた。……でも、守り石はもう配り終わったあとだったの』
「敵は、まだ校舎の中にいる。王妃様が狙いだと思う」
『分かってる。それで、どうするの?』
フェイは、床に座りこんだままの王妃を見た。
「学園のことは、みんなに任せていい?」
『最初から、そのつもりよ』
『任せて』
2つの石から、同時に声がした。
「おれは、王妃様を連れて、外に出る」




