第90話 肝試し
合唱が終わると、ソフィアは、廊下の壁に貼られた案内図を指さした。
「次は、ここ。2年生の肝試し」
「きもだめし?」
「暗い部屋を歩いて、お化けに驚かされるの。……クラリッサ先輩のクラスよ」
2年生の教室の前には、黒い布が垂れていた。入り口の看板に、赤い字で「呪われた館」と書いてある。中から、ときどき、きゃあっという悲鳴が聞こえてきた。
黒い布をくぐると、中は真っ暗だった。
足もとに、小さな灯りが点々と置いてある。壁には、破れた布や、作り物の蜘蛛の巣が吊るしてあった。ひんやりとした風が、どこからか首筋をなでていく。
「……フェイ」
「なに?」
「なんでもない」
ソフィアが、フェイの袖を、ぎゅっとつかんでいた。
角を曲がったところで、奥の暗がりから、楽しそうな声が聞こえてきた。
「うらめしや〜……うふふ。次のお客は、誰かしら。とびきり驚かせてあげるわ」
聞き覚えのある声だった。
次の瞬間、棺の形をした箱の蓋が、ばたんと開いた。
「わああああああっ!」
白い布をかぶった人影が、両手を広げて飛び出してきた。顔を白く塗って、目のまわりを黒く囲んでいる。灰色の縦ロールが、布の下から、ばねのように揺れていた。
「きゃあっ!」
ソフィアが、フェイの背中に隠れた。
「あ、クララ先輩」
人影が、両手を広げたまま、ぴたりと止まった。
足もとの灯りが、2人の顔を下から照らした。
「…………フェイ?」
「はい。すごいですね、その格好。本物のお化けかと思いました」
「み、見た……?」
「え?」
「今の、見たの!? うらめしや〜って……うふふって……!」
「見ました。すごく楽しそうでした」
クララ先輩の白く塗った顔が、みるみるうちに赤くなっていった。白粉の上からでも分かるくらい、真っ赤だった。
「わ、忘れなさい!」
「え、なんで……」
「忘れなさいって言ってるのよおおおっ!」
白い布の裾が、ひるがえった。
つま先が、まっすぐに、上へ。
熊の爪も、紅蓮爆砕も、フェイの体には効かない。
けれど、1つだけ、例外があった。
「――っ!!」
声が出なかった。
フェイは、ゆっくりと、床に膝をついた。それから、横に倒れた。足もとの灯りが、ころんと転がった。
「フェイ!?」
ソフィアの悲鳴が、暗い教室に響いた。
どこかで、別のお化け役の生徒が、「今の、本物の悲鳴だ……」と呟いた。
「あ……あ……ま、またやってしまったわ……」
クララ先輩が、口もとを両手で押さえて、震えていた。
ソフィアが、フェイの腕を、自分の肩に回した。ナース服の白い袖が、暗がりの中で、ぼんやり光って見えた。
「保健室! 保健室へ行きましょう、フェイ!」




