↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
89/216

第89話 合唱

 ナース服の王女様が、男子生徒の手首をつかんで、廊下をずんずん歩いていく。


 すれ違う人が、みんな振り返った。ソフィアは、前だけを見て歩いていた。帽子の下の耳が、ずっと赤い。


「ソフィ、どこ行くの?」

「……決めてないわ」

「決めてないの!?」

「い、いいの!」


 ソフィアは、ぴたりと足を止めた。それから、つかんでいた手首を、ぱっと離した。


「……ごめんなさい。痛かった?」

「ううん、全然」

「そうよね。フェイだものね」


 ソフィアは、ふうっと息を吐いた。肩から、少しだけ力が抜けた。


「メイがね。今日くらい、姫様がわがままを言ってもいいんですよ、って」

「わがまま?」

「なんでもない! 行きましょう。まずは、外の屋台」


 中庭から門のほうへ、屋台がずらりと並んでいた。串焼きに、果物の蜜がけに、輪投げ。王都の町の店も、届けを出して何軒か入っている。


 門の近くまで来たとき、フェイは、ふと足を止めた。


 風が、生ぬるかった。


 夏の終わりの乾いた風の中に、ひと筋だけ、人の肌みたいな温かさが混じっている。国境の街の中庭で、緑の石の小山から漂ってきたのと、同じ温かさだった。


 人の列の向こうに、小さな屋台が1つあった。愛想のいい男が、来る人来る人に、何かを手渡している。


「フェイ? どうしたの?」

「ソフィ、あの屋台……」


 そのとき、中庭のほうから、澄んだ歌声が流れてきた。


「あっ、始まっちゃう!」


 ソフィアが、またフェイの手首をつかんだ。


「シエルたちの合唱よ! 朝からずっと、楽しみにしてたんだから!」


 引っぱられながら、フェイは、もう一度だけ門を振り返った。屋台は、人の列に隠れて、もう見えなかった。リアの家の人が、見張っているはずだった。


 中庭の真ん中に、木の台が組んであった。


 白い服を着た生徒たちが、2列に並んで歌っていた。前の列の真ん中に、シエルがいた。両手を胸の前で組んで、目を閉じている。高い声が、中庭じゅうに、まっすぐ伸びていった。


 後ろの列の端に、ブリジット先輩がいた。


 背がいちばん高いので、すぐに分かった。顔が、がちがちにこわばっている。口は動いているのに、声が聞こえない。


「先輩、歌えてないね」

「しーっ」


 曲の途中で、シエルが、ちらりと先輩のほうを見た。小さく、うなずく。


 先輩が、すうっと息を吸った。


 次の瞬間、低くて、よく通る声が、シエルの声の下に重なった。剣を握ったときと、同じ顔をしていた。


 2つの声が、絡みあいながら、空へのぼっていく。中庭のざわめきが、いつのまにか止んでいた。ソフィアが、隣で、小さく息をのんだ。


 手首に、ソフィアの指が、まだ触れていた。離れていくかと思ったら、そのまま、するりと下りてきて、フェイの指に絡んだ。


 フェイは、前を向いたまま、その手を握り返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。